第八十話 僕はトビアスと戦う
奴隷達の前に立っているのはたしかトビアスと言って屋台のオヤジが危険人物だと言っていた男だ。
トビアスは剣を鞘に入れたまま自分の肩に乗せて笑いながら奴隷達を見ている。
「何見てるんだよ、早くその男から逃げないと……操闇」
多分無理だろうと思いながら闇を飛ばしたが、トビアスは手刀で僕の闇を切り裂いた。
えっそれだけで対処出来んのかよ……闇ってそんなものなの……。
「ぐわっ」
「いてぇ~」
トビアスがその位置から剣を振り下ろすと、奴隷達の身体から血が噴き出し始めた。
「夜中なんだぜ、大人しくしてくれよな」
「幻闇」
トビアスを包み込むように広げた闇だったが、今度はその細い剣で僕の闇を切り裂いてしまった。
「これは君の仕業なのかい。随分と面白い魔法だね」
僕はどうしたら良いのか必死に考えていると、トビアスは奴隷達に近づいて行く。
「うわぁぁ来ないでくれ」
「ひぃぃぃぃぃぃ」
「逃げても生きていけないだろ、面倒な事はしないでくれるかな」
僕が中途半端な真似をしてしまったせいで奴隷達が鞘に納められたままの剣で頭を打ち付けられている。連れ戻される前に何かをしなければいけないが、その男の怖さを僕の身体が感じているようで上手く動かせない。
「くっそ~動けよ……幻……」
まだ杖の先に魔力がまとまりきっていないのに僕の脇腹に剣が突き刺さった。今迄経験した事が無い痛みに目から涙が溢れ涙が止まらない。
僕が後ろ向きに倒れると同時にわき腹から生えた剣は抜けて行くが痛みは激しくなっていく。
「魔法はもう止めようか、君には聞きたい事があるからそのまま動かないでね、多分奴隷を解放したり部下を殺したのは君だよね、背後には誰がいるのか楽しみだよ」
にやけたその顔を見せつけながら奴隷達の服を切り裂き紐代わりにして彼等を縛って行った。全ての奴隷達を縛り上げた後で僕の番となるのだがもう僕は姿を消した後だ。
「さて次は坊主なんだけどな……逃げても無駄なのに」
あの人たちには悪いと思ったが、縛られている間に闇に潜らせて貰った。ただわき腹の痛みのせいで移動は出来ないのでこのままでいるしかない。
この先の事は……先ずは傷を癒してからだな。
「上手に隠れるものだね……けど無駄なんだよね」
トビアスの顔は僕のいる場所とは違う方向を向いているので単なるはったりなのだろう。光属性であったらこの辺りを照らすだけで僕は地上に出てしまうが彼はそうでは無いようだ。
今の内に闇の中で回復薬が入っている魔法陣を手探りで探し何とか瓶を見つける事に成功した。高価な回復薬ではないので傷が完全に治る訳では無いのだが、この痛みが和らいでくれたらそれでいい。
「…………ぐぅわぁぁぁぁぁぁぁ」
いきなり背中と両足に衝撃が走り、思わず闇の中から飛び出てしまう。トビアスは僕の隠れている場所に気が付いていない様だったのに何をしたというのか。
「君の居場所は分かっていたよ、本当に珍しい魔法を使うよね、どうだい僕の部下になるのであれば命は助けてあげるんだけどな」
「僕はアールシュ様の弟子なので結構です」
ここでアールシュ様の名前を出すなんて情けなくて最低気分になるが……死んだらそれで終わってしまう。
「その嘘はいまいちだね、ねぇ誰の差し金なんだい」
トビアスがその場で剣を振り下ろすと、時間差で僕の身体が切り刻まれて行く。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
これは斬撃を飛ばしてるのか、僕には遠慮しない奴だな……あれっただの斬撃って事は魔法より下って事だよな。もしかして……。
「そういう事かよ、かすり傷なのに思わず叫んじゃったじゃないかよ」
「生意気だね、わざと威力を押さえてあげたのにさ」
「そうなんだ……刃闇」
魔法使いならどの属性だとしても特色にあった刃を作成し飛ばす事が出来る。威力は人によって違うが魔法が付与されているので普通の斬撃より遥かに性能は上だろう。
ここにきて初めて作った【刃闇】は漆黒の闇が三日月のような形で飛んで行く。余りにもつまらない魔法なので今までは使ってこなかったが、このトビアスと戦うのであれば先ずはこれで行くしかない。
僕とトビアスの中間あたりで何かが割れる音がしたので、飛ぶ斬撃を破った証拠だろう。トビアスの自慢の攻撃を破ったのでさぞ悔しがるかと思ったのだが……地面に倒れた僕が見上げるとトビアスは笑いながら僕の顔を踏みつけている。
「良い魔法何だけどね、あそこまではっきり見せちゃ駄目だよ、避けるに決まっているだろ」
「斬撃よりも速く動けるなんておかしいじゃないか、何で斬撃を飛ばしたんだよ」
斬撃は何となく飛んでくるのは感じられたが、トビアスの動きは僕には全く見えずに簡単に倒されてしまった。
「いやぁあの技は格好いいだろ、それが理由かな。それで背後には誰がいるんだい」
「アールシュ様だよ」
「つまらない嘘だね」
プライドも捨ててその名前を出したというのに、トビアスはまるで信じてくれず、折角塞がった傷の隣にその細身の剣を沈めてきた。




