第七十七話 僕は自信過剰かも知れない
ゴンッ
その男の姿が見えなくなった途端に僕の頭の上にオヤジの拳が落とされた。
「分かったか、もうあんな不用意な発言はするんじゃないぞ、あの男は危険なんだからな」
僕にサーベルを見せつけた男はトビアスと言って、この街を裏で支配しているウルブル一家の中で最近になって頭角を現した若手の有望株だそうだ。
頭の良さだけではなく剣の腕前も相当なものらしい。
「分かりましたよ、ただそれでもビテックをどうにかしたいんですが、何か方法はありませんか」
「その気持ちは分かるけどよ、奴隷は合法となっているし、相手はウルブル一家だろ此処の領主でも太刀打ちできないぞ。無理なんだよ」
昔の奴隷の中には誘拐された者を無理やり奴隷に落としたり、戦争の捕虜を奴隷にした事もあったが今はそんな事は行われていないそうだ。殆どが自分から牢屋から解放される為に希望した犯罪者であったり保護者が商品として売った者でちゃんとした契約書を交わしている。その契約書がある限りどこも手を出せない。
「保護者が売ったって意味が分からないですよ、自分が奴隷になればいいのに」
「その辺は曖昧なんだよな、ただ皇帝が認められたことだからな」
「あの皇帝か、やっぱり好きになれないな」
「おいっ声に出すなよ、誰かに聞かれたら捕まるぞ」
そうは言っても僕が少ししか会っていない皇帝に苦手意識を持ったことは間違っていなかったようだ。
「あの、それよりウルブル一家って怖いんですか」
「そりゃそうさ、あそこのトップは公爵家の血筋だからな……おいっ耳を貸せ」
血筋のつてで貴族が表立って出来ない事を受け持っているのがウルブル一家でその見返りとしてそこそこの犯罪行為を見逃して貰っている。兵士の目の前で殺人を起こさない限り一家の者が捕まる事は無いと噂されているらしい。
「ねぇどうしようか……」
ラウラは未だに震えているビテックを見ながら悩んでいるようだが、僕は何とかなりそうな気がしてならない。
「考え過ぎだって、別に僕達はウルブル一家を潰そうとする訳じゃないし、奴隷制度をどうにかしようなんて考えなくてもいいんだ。ただビテックを解放出来ればいいんだろ」
ウルブル一家がまともな商売をしている人達ならこれから僕がやろうとしている事に抵抗は生まれるが、悪人でしかない彼等なら何の抵抗も感じない。
僕は闇さえあれば何処にでも行けるし、例え捕まっても簡単に逃げだす事が出来る。闇がずっと一切ない場所などありえないからだ。
「何を考えているのか知らないけどよ、ここでそれ以上話すな、俺は小僧が呪印を持っている限り手伝えないからな」
「えぇ呪印が無くなればいいんですよね」
僕がオヤジと話している間にラウラはずっとビテックを抱きしめて落ち着かせていたが、ビテックは震えながらもゆっくりと立ち上がった。
「あのこれ以上はご迷惑をおかけできませんので、僕は諦めて戻ろうと思います」
「ねぇ君はいくつなのかな、僕より小さいのにしっかりしてるよね」
「年齢ですか、どうでしょうか分かりません」
獣人族とはそういう概念が無いのかと思ったが、オヤジの顔が悲しい色を浮かべ始めたのでビテックの育った環境が特殊なのだろう。子供を売り飛ばしたのだからまともな環境の訳はないのだが。
「君はさ、本心で戻りたい訳じゃないんでしょ」
「そうですけど、僕にはどうにも出来ません」
「大丈夫だよ、契約書を燃やせばいいんでしょ」
僕がそう言うとオヤジは猛反対してきた。確かに契約書を処分してしまえばビテックの呪印は消えるが、契約書を破棄する行為は重大な犯罪行為となるからだ。
「そんなことしたら坊主が処刑されるか一生奴隷になっちまうぞ、例え逃げたとしてもこの国ではまともに暮らせなくなるんだぞ」
「大丈夫です。僕の仕業だと分からないようにやりますので」
これ以上この場所にいると迷惑が掛かってしまうので三人で宿に戻る事にした。戻る途中でラウラにはちゃんと僕の考えを説明したが、それでもかなり心配している。
どうにか別の方法やアールシュ様に頼もうとまでラウラは言ってきたが、今回の事は正攻法では無理だと思うし、この事にアールシュ様を巻き込む訳にはいかない。
「分かったよ、ちょっと僕も冷静に考えるからさ、何か食べる物を買って来てよ、ビテックは人目に触れない方が良いからね」
「そうよね、ちょっと待ってて」
◇
ラウラが出て行った後で僕は真顔になって、不安な顔をしているビテックには悪いがこれだけは言わないといけない。
「仮に僕が捕まったらさ君は此処から出て行ってくれないか、ラウラには君を守れないし共犯と思われたら大変だからね」
「分かりました。ただあなたが捕まったと言う事は分かりますかね」
「それなりの事をするつもりだから、街の中が大騒ぎになるんじゃないか」
一応最悪な事を考えてはいるので僕とラウラが繋がっている事すら分からないようにするつもりだし、勿論捕まるつもりは無い。
さて、どうなるか。




