第七十話 僕の答え
僕に手を差し伸べて来たのは第三方面軍のキリアン総司令官だそうで、相当なお偉いさんらしくて領主は椅子に座らずに床に膝をついている。
「あのご迷惑を掛けてしまって申し訳ございませんでした」
僕は直ぐに頭を下げたが、キリアン総司令官は笑いながら肩を叩いてきた。
「君は何も悪くないさ、それにアールシュ様も今回の君の行動に喜んでいたぞ」
「えっ僕は何も出来なかったんですけど」
「いいじゃないか、君は逃げ出せるはずなのに今後の事を考えて耐えていたんだろ、もし逃げてしまったらこいつにどんな罪を着せられたか分からんからな……そうだろイーグよ」
突然呼ばれた領主であるイーグはビクッと肩を動かし、気色の悪い笑顔を浮かべ始めた。
「そんな事は考えてもいません。ただ私はこの小僧……いやレーベン殿が何やらよからぬことをしているのではと思って調べていただけです」
その言い訳は苦しいが僕の経歴を調べたらそう思うのかも知れない。さて、このキリアン総司令官はどういう判断をするのかと思ら…………。 いきなりイーグの顔を蹴り上げた。
怖い……怖すぎる。
「嘘はいけないな、君の心は嘘だと僕に言ってくるんだけどな、どうなんだい」
ゆっくりと腰の剣を抜くと剣先を首に突きつけている。僕がやられている訳では無いのに冷や汗が顔中から流れ出してくる。
この部屋の中にいるセシリアは壁に寄りかかっているので随分と余裕があるように見えたが、どうやらとっくに気絶しているようだ。
「申し訳ありません。ただ最初は違いましたが途中からはそう思って行動していました」
「違うだろ、君はいいように彼を使いたかったんだろ」
剣先は首から肩に軌道を変えてゆっくりと吸い込まれて行った。そして肩を突き抜けると一気に剣を引き抜く。見ているだけで痛くなってくるが、イーグは必死に声に出さないように耐えているようだ。
「はっはい。申し訳ありませんでした」
「いいか、彼の後ろにはアールシュ様がいるし、彼の素性を分からなくしているのは……」
「いえっもう結構です」
キリアン総司令官がどこまで言おうとしているのか分からないが、領主は大声を上げてそれを妨害した。
「そうか、ならば君の処分だが……レーベン君、君はどうしたいんだ」
いきなり話を振られてしまったので心臓は氷を当てられたように冷たくなってくるが、ここは正直に答えた方が良いと思う。
「僕は何度も館の中を調べて弱みを握ろうとしたのですが、不正と思われるほどの事は発見出来ませんでした。そんな領主がどうしてこんな暴挙に出たかを考えたのですが……」
僕の話を真面目な顔で聞いていると言う事は、僕の話をキリアン総司令官は信じてくれるかもしれない。
「それで、何だね」
「もしかしたらこの領主はこの街の人にとってはまともなのではないかという事です。ただ娘の事でおかしくなってしまったのかも知れません」
領主は下を向いているのでその表情は分からないが、キリアン総司令官は笑顔を浮かべている。
「いいね、アールシュ様が見込んだだけあるな、その姿でそんな事を言うと違和感がかなり出るけどね」
僕を試したのかも知れないが、あえて気にしないようにするしかない。すると、イーグはゆっくりと顔を持ち上げ始めた。
「君はもしかして……」
「黙るんだイーグ、君には答え合わせを聞く資格など無い」
「すみません」
肩から流れる血をそのままにしているイーグを見ると、少しだけやるせなくなってきた。
「まぁいいか、イーグの処分はレーベン君が決めたまえ、君が望むなら処刑でも何でもいいからな」
ちょっと僕にそんな事を決めさせないで欲しい。ただキリアン総司令官の目は僕に何かを期待している様な目を向けてくるので、僕はその答えを間違えないようにしたい。
「そうですね、今後は僕に構わなかったらそれでいいです。僕の仲間を攻撃したのでしたら許さないところでしたけど、それは無かったので」
「そんなんで良いのかい、何ならお金を請求しても良いんだぞ」
「それでしたら、僕がこの街に来てからの全ての罪を不問にして下さい」
僕の言葉に領主が驚いた表情で見てくるので、ようやく最近の出来事が僕の仕業だという事に気が付いたのだろう。
「盗人は君だったのか」
「僕だとして罪はどうなりますか」
「約束通り不問にするしか無いだろう」
その言葉を聞いたので、折角ならと僕が行った事を全て聞かせると、キリアン総司令官はお腹を抱えて笑い、領主は苦虫を噛み潰したような表情になった。




