第六十一話 僕にも意地がある
彼女達の視線は僕の心を傷つけるのには充分だった。確かにあの魔法は見られた物では無いけど、折角助けたのだからそんな目を僕に向けなくても良いと思う。
「まぁ助かったんだから良かったじゃないですか」
「良くはありません。セシリアお嬢様を助けるのであればもう少し考えて頂かないと」
「お止めなさい。それより早く私のベッソの街に帰りましょう」
落ち着きを取り戻したお嬢様であるセシリアがこの場をまとめ始めたが、この後の行動を勝手に決めて欲しくはない。
「あの僕はアシタカ村に戻るのでベッソの街に行きたいのであればそこから帰って下さい。それにもう少し調べる事がありますのでちょっと待っていて下さい」
スケルトンにはここで敵が来たら迎え撃つように指令を出し、僕はこの村にある小屋を調べようと思う。
「何をしているのです。セシリア様のお父上であらせるイーグ様が心配なさっているはずです。先に私達を送り届けてから此処を調べればいいでしょう」
先程までカオス状態だったのに今では強気に命令をしてくるので、これが貴族なのだろうか。
「そんな偉い方のご息女なら捜索隊が出ているんじゃないですか、山を下りて行けば案外いるかも知れませんよ、じゃっ」
まだ文句を言ってくるのでスケルトンに間に入って貰った。攻撃の指示など出してはいないがスケルトンに近づきたくない彼女達にはいい防波堤になってくれている。
僕がこの村を調べたいのは、感染源のワーウルフは本当に一体だけなのかという事と、まだ無事な者がいるかだ。
うわっ汚いな、もっと綺麗に使えないのかよ。
この中で一番大きな家はワーウルフが使用していたと思われ、小屋の中には食べかけの獲物や骨が転がっている。使っていたと思われる寝床は一つしかないので、だったら一体と思っていいだろう。
他の小屋も念のために調べると、ここは盗賊のアジトというよりも仮の宿のようだ。なぜなら戦利品は殆ど見当たらないし、生活用品も僅かしかない。それでも牢屋はしっかりと作られていたので誘拐した者を閉じ込める場所の可能性が高い。
そうなると何処かにちゃんとしたアジトはあると思うが、それは探すのは別の仕事だ。
「まだですか」
「うわぁ」
いきなり後ろから話し掛けられたので驚いてしまうが、侍女がいつまで経っても戻って来ない僕に痺れを切らしたようだ。
「君はよそから来た冒険者なんですね、ベッソの街のイーグ様と言えばかなりの権力者んですよ。悪い事は言わないから直ぐにお嬢様をお送りした方がいいです。今なら感謝されて謝礼もたんまりと貰えますよ」
「あの、そんな権力を振りかざされたら嫌な気持ちしか生まれないんですけど」
僕の言葉で侍女は顔を赤らめながらセシリアの元に行ってしまった。どんどん貴族に対して苦手意識が芽生えてくるが、それでもアシタカ村までは無事に送るつもりだ。
それにそもそもベッソの街が何処か僕は知らない。
気が進まないが二人の元に行くと、文句は言ってこないものの、冷たい空気が漂ってくる。
確かに希望通りでは無いかも知れないが、命の恩人である僕に対してその態度はあんまりだと思う。
「今からだとあなた方が危険なので明日の早朝にアシタカ村に向かって出発しようと思いますが、どうしますか」
「君は本当に貴族である私の命令を聞かないようですね、それもミルソー家の私がこれほど丁寧にお願いしているのに」
いつ丁寧にお願いされたのか知らないが、僕達が通ってきた地域にベッソの名は無かったのでそうなるとラウラから黙って離れてしまう事になるし、報酬もアシタカ村に行かないと貰えない。
「あのですね、僕は捜索隊ではありませんし、別の依頼を受けて仕事をしていますのでそちらを優先します」
冷たい言い方かもしれないが、もし彼女達が別のお願いの仕方をしていたら何か方法を考えたに決まっているが、この態度を取られたらそんな気分になるはずもない。
「そうですか、それではせめて見張りはお願いしますね」
完全に怒っているようで、二人は僕とスケルトンが目に入らないかのように動き始めている。暫くすると二人だけで食事をしているし、二人だけで助かった事を喜んでいるようだ。
この感じは久し振りだな、まさか助けたのにこんな目に遭うとは思わなかったよ。貴族って言うのはそんなに偉いのだろうか。
いっそ僕だけで帰ってしまおうかと思ったが、そこまで出来る訳はなく、スケルトンに手紙を持たせて先に村に帰って貰ってから僕は闇の中で眠る事にした。




