第六話 僕は旅の途中で考える
乗合馬車の旅は快適とまではいかないが、僕にとっては見るもの全てが新鮮でとても刺激的だった。それもそのはずで外の世界など僕の記憶には殆どないからだ。
最初に暮らした孤児院から王都に向かった事は少し覚えているが、それが何処の街だったのかは全く分からず、勿論、僕が両親と暮らしははずの故郷など全く覚えていない。人魔大戦の影響で孤児になったと僕は思っているが、それが本当の事なのか確かめる方法も無い。
僕が今以上に小さかった頃は、色んな夢を持っていたが、魔法学校すら追い出されて、教会に入る事も許されない僕には何に希望を持てばいいのか全く分からない。
つい先日の水晶検査では僕はほんの少しだけど、あの状況が好転するのではと思っていたが、そんな自分が嫌になって来る。そんな事を考えながら一週間ほど過ぎた頃、いくつ目か分からない村が見えてきた。
「目的地であるナウン村に到着するが、君はまだ先に行くつもりなのか」
「はい。何処かで野宿したらクルナ村方面の馬車に乗ります」
「宿にも泊まらずにかね、そんな思いまでしてどうしてあんな村に行きたいのかな」
僕が幼く見えるせいなのか馬車に新たな人が乗って来るたびに行先を聞かれ、その度に驚かれてしまう。情報をまとめるとあそこは特に産業がある訳でもないし、ギルドだってある訳じゃ無い。只の閉鎖的な村だというのが僕の得た情報だ。
それよりも問題なのは僕の路銀が少し心もとなくなってきた。始めは他の客と一緒に宿に泊まり、目新しい屋台についいろんな物を買って食べたりしてしまったのでかなり散在してしまった。今迄はこんな経験をした事が無かったので浮かれすぎてしまったようだ。
やはり何かのギルドで登録をして、少しでも稼ぎながら移動をした方が良いと思うが、どうしても王都での出来事が頭をよぎってしまいギルドに入る事が出来ない。
そうなると僕に出来るのは乗合馬車でお金を使う以外はひたすら我慢するしかない。しかし、今まで食べたことのない匂いには何度も誘惑に抗えず、僕はクルナ村までもう少しというところで今度こそ真面目に考えなくてはいけなくなった。
バザロフに盗られたあのお金があれば余裕だったのに。さてどうするか。
1、勇気を振り絞って冒険者ギルドで仕事をする。
2、冒険者ギルド以外のギルドで仕事をする。
3、これから何日も絶食して馬車に乗る。
4、食事は普通に買い、その代わりに歩いてクルナ村に向かう。
5、この剣を売ってしまう。
まず、1と2は早々に考えから消した。1は怖く、2だと短期の仕事は難しい。僕は少しでも早くクルナ村に行きたい。
そして3だが、ただでさえ楽しみが無いのに、この先絶食するなど気が狂ってしまいそうだ。僕はこれも却下する。
そうなると4を選ぶしかなくなる。此処迄の道のりを考えると、事件などは全くなかったし、盗賊が出たというような話も聞かなかった。明るい内に移動して村や街に入ったら端の方で野宿すればいいだろう。
絶対に5だけはありえない。
答えが決まったのでこの村で野宿する事は止め、早速歩きだす事にした。まだ明るい時間のせいか、街道には少人数ではあるけど人がいるので僕の中の恐怖心は全くと言っていい程出て来ない。
それから三日が過ぎたが、やはり僕は夕方になる前に近くの村に入り軒先で休んでいるため、思った以上に進まない。馬車ならもうクルナ村に到着したと思うが、この分だとまだ数日はかかるだろう。
結局絶食してクルナ村に行った方が正解だったのかも知れない。僕はとうとう歩きながら絶食しなければいけなくなった。街道から見える森の中にはいくらでも食べ物があると思うが残念ながら僕にはその知識も獲物を捕まえる方法も何一つ頭の中にない。
こうなってしまったら一刻でも早くクルナ村に到着したいので、夜も歩く事を決めた。
昼間に比べて歩き易い気候なので最初は軽快にすすんでいたが、暗くなってくるとやはり不安になってくる。何が正解なのか分からないが小走りで少しでも先に進むことにした。
「お~い、どうしたんだ。何かから逃げているのか」
進行方向の街道の端で三人の男が火を囲んでいるが、僕は近づかないようにする。
「急いでいるだけで~す」
そのまま速度を上げ通過しようとしたが、目の前に男が立ち塞がった。
「俺達が用事があるんだよ。んっ小さいと思ったら本当にガキじゃね~か」
「兄貴、このガキの腰を見てくださいよ」
僕の短剣を見て、この男達の目の色が変化したように見えた。
「ガキのくせに凄い剣じゃないか。そんなのを見たら……分かってるよな」
「お金を全て渡すからこのまま行かせてください」
殆ど空だが、財布を投げて視線をそらして逃げようと思う。
「それも貰うに決まってるだろ、家出小僧」
その男は切れ味の悪そうな剣を抜いて迫って来る。僕を殺して奪う気なのだろう。
「ちょっと助けてよ」
森の中にでも逃げ込もうとしたが、僕の脚は絡まり転んでしまう。立ち上がる事も出来ずにただその男の顔を睨みつける事しか出来ない。
「情けないガキだな、だったらこんな時間にうろつくなよな、まぁあの世で後悔しな」
「やめろ~」
只叫ぶ事しか出来ないが、何故か僕の身体から黒い煙が溢れ出てきた。
「何だよこいつは、気持ち悪いな」
煙がその男の身体に触れるとその男は必死に煙を振り払おうとする。
「熱い、熱いじゃね~か、何をしやがった。うわぁぁぁぁぁぁ~」
煙がその男を包み込むとその男の姿は完全に見えなくなった。
「おいっ何だか知らんがこれは不味いぞ」
「あぁ逃げようぜ」
奥にいる男は僕やその煙に近づこうとせずに森の中に姿を消した。
「何なんだよ……」
その男がどうなったのか知らないし、それからどれぐらい時間が過ぎたのか知らないが、僕は一心不乱に走り出していると、僕の眼前に村の灯りが見えてきた。