第五話 僕を助けてくれた人
背負い袋の中からお金を出してバザロフに手渡すと、中年の男がその先の道の方からバザロフに声を掛けてきた。
「随分とせこい真似をするんだな」
その男は服装から判断するとこの王都の警備兵で、バザロフを睨みながらゆっくりと歩いてきた。
「これは仕事なんですから変な事を言わないで下さいよ」
「仕事だと、俺には質の悪い強請りのように見えたがね、それにな、仕事というなら契約書を見せてみろよ」
バザロフは笑顔を絶やさないまま、警備兵には聞こえない程の音量の舌打ちを鳴らした。
「緊急事態なのでそんなのある訳無いでしょ、仕方の無い事じゃないですか」
「俺はなぁ最初から見ていたんだよ、お前は最近売り出し中の冒険者だからな、そしたらこれかよ、いいか、それ以上馬鹿な事を言うならギルドに報告するぞ」
「……はいはい分かりましたよ、ったく、だったらあんたが助ければ良かったじゃないか、どうせ最初から見ていたのは嘘なんだろ」
それだけ言うとバザロフは何処かに行ってしまった。僕はどうしたら良いのか分からないが、ギルドにはいかない事だけは確定した。
「坊主悪かったな、あいつはもっといい奴だと思っていたが、まさかあんな下衆野郎だったとはな」
「いえっ気にしていません、それでは……あっ」
僕はバザロフからお金が戻っていない事に気が付いた。
「あぁそうかお金は盗られたままか、すまんな坊主、直ぐに取り返すが、その前に家まで送ってやるよ」
その気持ちは有り難いが、この人も本当にいい人なのか分からないし、顔だけで判断したこの人の方が悪人のように見える。
「いえっ大丈夫です。これで失礼します」
「んっお前は……あ~君はあれじゃないか、ちょっと来い」
僕の腕を掴むともの凄い力で引っ張って行く。抵抗しても無駄なのである程度覚悟して身を任せると、城門の隣にある詰所に連れて行かれ、その中には他の警備兵が休んでいた。
「隊長どうしたんですか、もう勤務時間は終わりましたよね」
「仕方がねぇんだよ、それよりこの坊主の怪我を手当してやれ」
不思議そうな顔をしながらその警備兵は僕の傷口に回復薬を垂らしていると不意に驚いた表情に変化した。
「ああああ~君はもしかして指令書の子かい。確か名前はレーベンだっけ」
「はい、僕はレーベンですが、あのぉ捕まってしまうのでしょうか」
約束だと少しの間なら王都に居ても良かったはずだが、それは偽りだったのだろうか。
「そんな事はしないけど、他の街に入れる身分証を持たせたら直ぐに追い出せだってさ、なぁ君は何をしたんだい」
「いい加減にしろ、犯罪者じゃ無いんだからその指示に従って直ぐに身分証を作ってやれ」
隊長は部下を部屋から追い出すと、スープを温めている。そして警備兵の為だと思われる食事を僕の目の前にそっと置いた。
「これは……」
「いいから好きなだけ食べるんだ。パンもあるから遠慮はしなくていいぞ」
昨日の昼に宿舎で食べたきりで、それから何も食べていなかったし、食べる事すら忘れていたが、目の前にあるスープの匂いを嗅いでいると僕の食欲に火が付いてしまって、気が付くとかなりの量を腹の中に納めた。
「すみません、つい食べ過ぎてしまいました」
「気にするな、それよりも今回の指令書はおかしなことばかりなんだ。どうしてこうなったのか言えるか」
その指令書の全ての文言は知らないが、僕は魔法学校にいた事を口にしてはいけないとされているので、これは僕を試しているのだろうか。
「いえ、言えないですね、それにこれは僕の考えではありません」
「そうか、何かややこしい事に巻き込まれているんだろうな、それでここを出たら何処に行くんだい」
クルナ村に行かなくてはいけない事を告げるとかなり驚かれてしまった。
「あんな遠い村に君一人で行くのか、それにあそこは随分と特殊な村なんだぞ」
「特殊って何ですか、犯罪者しかいない村だとでも言うのですか」
「そうじゃないんだ。村と街の間のような規模の村なんだが、帝国の警備を必要としないんだよ、よく分からんが独自の自警団の方が優秀なんだとよ」
それ以外は特に問題はないようなのだが、あの村は帝国であって帝国では無いような気がするのだそうだ。
僕にとっては不安でしか無い情報だが、そこに行く以外の選択肢は無い。この日は此処で眠る事を許され、翌朝に隊長自ら乗合馬車の出発地点まで送ってくれた、
「なぁあのお金は俺が立て替えてやるぞ」
「いいんです、僕の責任ですので、お気持ちだけで大丈夫です」
「まぁそうだな、またここに来るときがきたら訪ねて来いよ、今は警備隊長だが、直ぐにエゴンと兵士に聞けば分かる位に出世してみせるさ」
僕に手渡された身分証は正式な王都の発行にはなっているが、そこには名前しか書かれていなかった。