第四十八話 僕は連れて行かれる
ゆっくりと観客席の方を見ると、女性の悲鳴が上がり始め、僕に対しての非難の声と称賛の声が入り混じりながら聞こえてくる。
隣のバジリスクは既に討伐されていて、身体中に矢が刺さり魔法による攻撃の傷跡もあるが、それよりも身体全体が氷の中に閉じ込められている。
「参加者は入口に戻って下さい」
観客席からの声が余りにも五月蠅いので指示を出す兵士も怒鳴り声を上げている。
僕はゴブリンの池の側を通りながら歩き出すが、僕の側には誰も近寄って来ない。
何だよ、折角手助けをしたというのにお礼も無いみたいだね。
ロンメル達の態度を見ると僕は昔のを思い出してイライラし、盛大に溜息をついた。
「貴方は随分と醜悪な魔法を使うのね、でも目立過ぎじゃないかしら、あそこまでしなくてもゴブリン程度なら倒せたでしょうに」
いつの間にかルートゥが僕の隣を歩きながら見下ろして言ってきたが、僕だってこの事は少し予想から外れている。
「仕方がないんだよ、あのままだと危なかったからね」
すると、後にいたロンメルが怒鳴ってきた。
「何だよ俺達が悪いって言うのか、そもそも前衛がいないんだからしょうがないだろうが」
ロンメル達は自分たちの作戦ミスを棚に上げて文句を言ってくるが、元からそのように言われているのだから、それに対応できない彼等が悪い。
「無様ねあんた達は、申し訳ないけどもう姿を見たくないので消えてくれないかしら、先輩」
この発言でルートゥは僕の後輩であると言う事が分かったが、それにしてはエラそうな態度を見せてくる。
「何で貴方にそこまで言われなくてはいけないのよ」
「もういい止めろ、一旦ここから出て考えよう」
ルートゥに文句を言い始めた仲間を押さえつけ、ロンメルは此処から去ろうとしたが、その背中に向けてルートゥは更に追い打ちをかける。
「この事は父にも言いますし、あなた方の上司もあの戦いを見ているはずです。ですので魔法省に戻っても、これまでとは立場は変わっているでしょうね、あなた方は魔法省の権威を失墜させたのですよ」
「おいおい、彼等は実戦を知らないだけだろ、何でそこまで言うんだよ」
「だって私はルートゥですよ」
でやがった、私はルートゥ。
僕には何て返して良いのか判断が出来ず黙ってしまい、周りもそれには反応はしないままロンメル達は去って行ってしまった。この先、彼等は魔法省での居場所がなくなってしまうのかは僕は知らない。
「皆さん、ご苦労様でした」
拍手をしながら姿を見せて来たのはルカス神官で、皆には笑顔を振りまいているが、僕と目が合うとその笑顔は氷の様に冷たくなった。
「おじさま、私の戦いを見て頂けましたか」
ルートゥが親し気に走って行くので、あんなに態度が大きいのはこのせいなのかも知れない。
ルカス神官はルートゥの肩に手を置きながら談笑をしていたが、僕がその横を通過すると冷たい声で話し掛けて来た。
「レーベン君、ちょっといいかな」
「……はいっ」
ルカス神官に連れられて歩いて行く。更に僕の後ろを衛兵がついてくるのでまるで犯罪者のようだ。
入った事にない扉を開けてさらに進んで行く、この通路は装飾こそ無いが、かなり綺麗に清掃をしているようだ。
「あのっ何処に」
「いいから黙って付いて来るんだ。何で私が……」
僕と一緒にいるのが不満なのかも知れないが、目の前で文句を言われると気分のいい物では無い。すると神官が立ち止まり大きな扉の前で立たされた。
「いいかね、この中に入ったら余計な事は話さないようにするんだ。変な事をすると牢獄行きになるかも知れないぞ」
そんな事を言われてしまうと、何だか緊張してきた。このまま逃げ出した方が良いのではないかとすら思えてしまう。
「到着致しました~」
衛兵が中に聞こえるように叫ぶと、扉がゆっくりと開いて行く。直ぐにその部屋の中からは闘技場の地下にあるとは思えない程のいい匂いが漏れてきた。
「さぁ行くぞ」
ルカス神官が歩き出したので僕はその後をついて行く。この部屋はかなり広く作られていて、一番奥にある壇上の上にはあからさまに豪華な椅子があり、そこに一人の男が座っている。
部屋の両脇には何人もの偉そうな大人が立っていて、その中にはマザーの姿もあった。
「あっマザー」
「静かにするんだ」
思わず声に出してしまったが、直ぐにルカス神官から注意を受けてしまう。
マザーがいる事で僕の緊張が少しだけ和らぎ、そこにいる者達の顔に注目する事が出来た。僕が知っている顔は引退する勇者のアールシュ様やバザロフ、そして法王ぐらいだ。
昔なら法王の姿を見たら膝を付いて目を合わせる事など出来ないが、今の僕にはただの老人にしか見えない。
ただ、仮にも法王を立たせて椅子に座っているとは、もしかして……。




