第百十八話 僕とエレナとバルナバス
今朝は兵士が僕達を次の戦いの場に案内してくれている。砦に攻撃を仕掛けている魔人達に横から攻撃を仕掛けて欲しいそうなのだが、僕達が砦が見える場所に到着した時にはほぼ戦闘は終わりかけていた。
『君達があまりにも遅いからこっちはもう終わりだよ、邪魔されたく無いからそれ以上は近づかないでくれよな』
指輪を通して僕の頭の中に直接バザロフの声が聞こえてくる。嫌見たらしい言い方に
嫌悪感を覚えるが、その感情を押さえながら大幅に迂回して砦の中に戻って行った。
砦の中にいた兵士達は僕達の成果を既に聞いていたようで、此処に最初に来た時より歓迎している空気が流れている。
「あいつらが上手く報告してくれたんだな」
トビアスは自慢げに手を振りながら僕達と一緒に行動した兵士の方を優しい目で見ている。いい感じの凱旋となったが、僕とエレナはその歓声に対する喜びよりも、一人から向けられる視線が気になって仕方がない。
「あいつが隠そうともしないであんな目を向けてくるとはな」
「私が結婚を断ったのはお兄ちゃんのせいだと思っているんじゃない。本当はそうじゃないのにね」
「やはり話さないと……」
だが直ぐにはその時間は取れそうもない。先ずはエゴンさんの所に行って報告をしなければいけないからだ。
◇
司令室で見て来た事を報告していると、静かに扉が開き、無表情のバザロフが入って来た。
「どうしたのかね、敵は壊滅状態になったのだからゆっくりと食事を楽しんでくれよ」
「私もそうしたいのですがね、残念ながら残党が森の中に隠れているようなのでそこの勇者の力を借りようと思いましてね」
バザロフはあれだけの魔人を倒したというのに全く気を緩めていなかった。僕よりもしっかりとした勇者みたいなのであの性格でなければまだ一緒に行動したいと思うだろう。
「彼は戻って来たばかりなんだ、精鋭部隊じゃダメかな」
「それは邪魔でしか無いですね、勇者とそっちのパーティだけでいいですよ。疲れていれも雑魚ぐらいは倒せるでしょ」
この部屋には一般兵はいないので、その性格の悪さを隠そうともしない。兵士を馬鹿にされたエゴン達は今にも怒鳴りそうなのでここは僕の出番だろう。
「直ぐに準備させて行きますよ、それでいいですか」
「あぁ早くしてくれよ、三つの戦場の中で一番に戦いを終わらせたいんでね」
剣呑な空気だけを残したままトビアスは部屋から出て行ってしまった。
「何であんなに機嫌が悪いんですか」
「若い兵士がちょっとミスをしてな、それが気に食わないんだろ」
「それだけなんですかね」
「分からんが、悪いが喧嘩だけはしないでくれよ、何か言われても耐えてくれ、後でちゃんと埋め合わせはするからな」
◇
トビアス達は個室に用意された食事を楽しんでいるが、これから嫌なお願いをしなくてはいけないと思うと気が重くなる。
「あのさ。食事中悪いけど、ちょっと残党狩りに行かなくちゃいけなくなったんだ……あれっエレナはいないのか」
「あぁバルナバスとやらと一緒に出て行ったぞ」
内容が想像つくのでその邪魔をしてはいけないに決まっているが、今はその時では無いので話の続きは終わってからにして貰おう。
二人が消えて行った方に走り出すと、小さな小屋の前で二人が話しているのが見える。僕の想像より嫌な展開になっているようで、バルナバスは顔を赤らめながら激昂し、エレナは涙を浮かべながら必死に抵抗しているように見えた。
「いつからレーベンが良くなったんだよ、やはり奴に乗り換えるのか」
「変な言い方しないでよ、どうしたのよあんたは」
「五月蠅い、俺とあいつどっちが良いんだよ」
僕はこんな風に激昂しているバルナバスを見たことが無く、ほんの一瞬だけ昔の姿が頭をよぎり悲しくなった。
「止めろよその言い方は何なんだよ、何を考えているんだ。お前らしくないぞ」
「知るかよ、大体な何でお前がしゃしゃり出てくるんだよ、ガキのくせに迷惑なんだ」
バシッ
僕は拳を握りしめている間にエレナがとうとう涙を流しながらバルナバスの頬を思いきり叩いた。
「おかしいよ、何でそんな事を言えるのよ」
苦しそうな声で叫んだエレナの声はバルナバスには響かない様でただ僕を睨みつけている。
「お宅の勇者がこれから残党狩りをするんだとよ、いいかそれが終わったらちゃんと話そう」
バルナバスはまだ睨んでいるので、答えを聞かないままエレナを手を取ってその場から離れる事にした。
「お兄ちゃん、バルはどうしたんだろ」
「魔人と戦った後だから興奮しているんじゃないかな、そうなると三人で話す時はもう少し時間を置いた方が良いかな」
「そうかもね、けど前はあんな人じゃ無かったのにどうしたんだろ、あの勇者の影響なのかな」
そのエレナの言葉が僕の胸ざわつかせた。もしかしたらいつからかバルナバスは操られている可能性もあるのだろうか。
それで焼きもちが怒りに……そんな訳ないな。それは都合が良すぎるだろ。
◇
準備を済ませた二組の勇者のパーティが砦を出て行くとき、バルナバスは何事も無かったかのように兵士達に笑顔を振りまいていたが、僕にはその笑顔を見ると背中に寒気を感じてしまった。




