第百十三話 僕が勇者になって一年が過ぎた
僕が部屋で休んでいると誰かが部屋の扉を激しく叩いてきた。その音で目覚めたがまだ身体が思うように動かない僕の代わりに不機嫌なエサイアが起き上がる。
「五月蠅いな、こんな時間に何だよ、いい宿なんだから静かにしろって言うんだ」
乱暴に扉を開けるとこの街の衛兵が大量の汗を流しながら一通のメモを渡してきた。
「緊急の知らせが届きました。直ぐに勇者様にお渡し下さい。それでは失礼します」
「ご苦労だったな、有難うよ」
衛兵の様子が余りにもおかしいのでエサイアは不機嫌な顔を影を潜め、僕にそのメモを投げて寄こす。
サイドテーブルの上に乗っている水を一気飲みして目を覚ますと、急いでそのメモに目を通した。
「何て書いてあるんだ。只事じゃ無いんだろ」
「皆に説明をするから起こしてきてくれないか、僕はその間にアールシュ様に連絡をするからさ」
僕は指輪に魔力を込めてアールシュ様に連絡を取ると、アールシュ様はクルナ村にも知らせてくれると言ってくれ、後はこの事が嘘であって欲しいと願うばかりだ。
「おいっ隣の部屋に全員集めたぞ、ルートゥはかなり不機嫌だからな、大したことが無かったら凍らされるぞ」
「大丈夫だよ、大事だからね」
エサイアは軽く冗談を言ってくるが、今の僕にはそれを受け止める気力は無い。顔色は悪くなっていると思うがそのまま隣の部屋に入って行く。
部屋の中のトビアス達は眠そうな顔をしているが、直ぐに目を覚ます事になるだろう。
「あのね、緊急連絡の内容なんだけど実は魔国が大群を率いて攻め込んできたそうだ。もう幾つか襲われた街もあるらしい」
その言葉だけでこの部屋の中の温度は下がり、張り詰めたような緊張感が漂っている。
僕が生まれた頃にあった人魔大戦は両軍が一ヶ所でぶつかり合ったそうだが、今回は三つに分かれているそうだ。
そのために六人の勇者も分散する事になり、僕達は此処からほど近いヤザニク砦のエゴン総司令官の指揮下に入って魔人と戦う事になる。
エゴン総司令官は僕が子供の頃、王都から出なくてはいけない時にお世話になった人だが、その時以来の再会は懐かしさに浸っている時間は無いようだ。
ただ信頼できる人の指揮下に入るので変な気を使わなくて済みそうだ。
「それで、一緒に戦う勇者は誰ですの? リントとかでしたら使えないから邪魔なんですけど」
「僕にも誰だか分からないんだよ、けどね総司令官は良い人だからそこは心配しなくていいよ」
ルートゥは情報の薄さに不満げのようだが、僕にも分からないのだからそれしか言えない。僕だって一緒に戦いやすい勇者とだったらいいが相性が悪ければ面倒な事になる。
「なぁ、それでいつ出発するんだ」
「出来れば直ぐにでも向かいたいんだけど、トビアスはどう思う?」
「お前の好きなようにしろよ、俺達は付いて行くだけだ」
その一言で直ぐに荷物をまとめ、まだ入ったばかりのこの街を飛び出していく。城門では衛兵から見送りを受けたが軽く頭を下げたままで止まる事なく過ぎ去った。
僕達が夜の内に居なくなったことでこの街の人達に動揺を与えるかもしれないが、それは彼等衛兵に任せるしかない。
「お兄ちゃん、ヤザニク砦ってどれぐらいで到着するの?」
「何度も馬を乗り換えなくてはいけないけど、三日ぐらいかな」
「おいおい、あんなに遠いのに三日で行くのかよ、補給は大丈夫なのか」
「途中で兵士が待ち構えていてくれるそうだよ」
多くの兵士達が僕達のパーティが最速で行けるように努力しているはずなので、僕達は街道を真っすぐ進むだけだ。ただ唯一の心配は僕の体力という事になる。とてもじゃないが三日間を走り続ける事など無理だ。
日が昇り街道には商人達がいてもおかしくないのだが、その気配すら見えない。僕達の通行の邪魔にならないように封鎖しているそうだ。
僕達が寝ていても進めるように途中で高速馬車に乗り換えたので、思ったほど体力は奪われずに済みながら順調に一日目と二日目が過ぎて行く。
「勇者様、今日は宿を準備してありますので先導致します。ただ早朝の出発になりますのでお願いします」
「だったらこのまま砦に行っても良いんだけど」
「いえ、砦に迫っている魔人の部隊が遅いようなので、此方で体調を整えて下さい。ちなみに総司令からの命令です」
もう戦いが始まっている場所もあるが、僕達が担当する場所はまだ始まっていないのが幸いした。少しは馬車の中で眠ったが、体力はほぼ失っていたので心の中は感謝でしかない。
街の人達に見つからないように宿に入ると、もう食事の用意もされていた。
「すげぇな、こんな豪勢な飯は久し振りだぜ」
「これだから平民はみっともないねぇ」
「何だとルートゥ、文句あるのか」
「止めなさい二人とも、これから魔人と戦うんだからいい加減にしてよね」
エレナがエサイアとルートゥに怒鳴ると二人は黙って食事を始めている。このパーティの中で断トツに戦闘力は低いのだが怖さとなると一番飛びぬけているように見えるのは気のせいなのだろうか。




