第百十二話 僕は勇者になる
姿を見せた皇帝は前に見た時よりも肥えてしまっていて、その人相もだらしないように変わっていた。
そして僕達を見渡しながら玉座に座り、面倒くさそうに話し始める。
「なぁアールシュよ、貴様の跡継ぎはその三人の内の誰なんだ」
「彼になります。身体は小さいのですが……」
「説明はいい。黙っていろ」
皇帝は目を細めながら僕の隅から隅までじっくりと観察をして、その間はこの部屋の誰もが息を潜めてただ黙っている。僕とは初対面では無いのだがまるで初めて見るような目つきで見てくる。
「ふ~ん」
どれぐらいの時間が過ぎたのか分からないが、仮面の中から汗が流れ、床に落ちてしまった頃にようやく話し出した。
「面白い小僧になったな、ここまで魔法に特化したのか、だがなアールシュよ、その弱点についてはどう考えているんだ」
「この二人がいれば補ってくれるでしょう」
皇帝は今度はトビアスとルートゥを見たが、僕に比べてさっと見た程度だった。
「あのな教会の連中はこやつが勇者になるのをかなり反対しているが、そんな事は気にしなくていいからな、ただ一つだけ条件を付けさせてもらうがな」
「それは何でしょうか」
僕が聞いた方が良いのかも知れないが、皇帝はアールシュ様にしか目線を送っていないのでただ事の成り行きを黙って見ている事にした。
「この二人だけではつまらんな、勇者の仲間が二人というのは寂しいからな、いいかせめてあと二人ぐらいは仲間に入れろ、それが揃ったら出征式を行うからな」
「かしこまりました」
それだけ言うと皇帝は奥に下がってしまった。僕は皇帝と一度も会話する事もなく勇者と認められたらしい。
◇
マザーと会話をする時間は与えて貰えず、王の間の隣に隣接されている会議室のような場所に連れて行かれ、その中に集まられたのは宰相や参謀長官といったこの帝国でのお偉い方達が揃っていたが、その中にはやはり教会関係者は一人もいなかった。
「アールシュ様、パーティに入れる者の目星はついておりますかな」
「そんな者はいる訳なかろうが、一先ず三人で国内の治安維持に当たらせようと思っていたのだからな、まさか皇帝があんな事を言い出すとは思わなかったわい。厄介な奴じゃな」
「ちょっとここでは……」
周りが少しだけどよめくが、その表情から誰もが皇帝に対して思っている事らしい。何で僕達が此処にいるのか分からないが、これからの僕達の行動を話し合っている。
「兵士の中から選びましょうか」
「駄目だな、こいつの言う事を聞くと思うか、上手くいく訳無いだろうが」
「そんな事ありませんよ、赤竜を倒したことは誰もが知っておりますし……」
「あの、ちょっといいですか、僕の魔法は特殊なんでそれに合わせられる人じゃないと厳しいんですよ、ですから僕に時間をくれませんか」
僕に当てがある訳じゃないが、これ以上押し付けられてはやりにくくなりそうだ。
◇
僕は必死に探していた訳では無かったが、十日もしない内に一緒に旅をする仲間が決まった。
一人目はクルナ村時代からの友達でもあるエサイアで、僕が王都に居る事を知ったエサイアが宿舎に尋ねてきた時にトビアスが気に入ってパーティに入る事になった。
二人目はエレナで、彼女もまた僕を尋ねてきた時に今度はルートゥが仲間に入る事を誘った。ただエレナは光属性なので僕と相性が悪いので断ろうと思ったが他の三人は僕の意見を無視して入る事を進めた。エレナ自身が断るのかと思ったが何故か乗り気になってしまったので僕はもう何も言えなくなった。
ただエレナに関しては気になる事があり、バルナバスとはあれから関係を絶ってしまったそうだ。そのうち分かってしまうと思うがバルナバスがこの事を知ったら何を思うのだろうか。
結局、僕の身内ともいえる二人で決めてしまい、皇帝に二人を見せると簡単に了承し反対意見を言う者はその権力で黙らせた。
この皇帝が何を考えているのか僕には分からない。
◇
これで再び勇者が六人となったので大袈裟なほど派手派手しい出征式が行われた。
僕の隣にいるアールシュ様は自分の事の様に嬉しそうにしてくれている。
「いよいよだな、最初は獣人族の国に行くんだろ」
「ええ、挨拶をしに行くだけですけどね、その後は連絡が来るそうです」
「面倒なら無視しても構わんからな」
アールシュ様なら出来るかも知れないが、ある程度は帝国の意向に従わないと活動費が制限されてしまう。まぁそれに帝国からの指令は勇者の仕事なのだから断る事はないだろう。僕達が自分の考えで自由に動けるのは実績がないと無理に決まっている。
「新たな勇者よ、頑張ってくれたまえ」
何故か掌を返した法王が僕に笑顔で話し掛けてきて、その隣には張り付いた笑顔を浮かべたルカス神官とフレット神官がいる。
僕は一言言ってやろうと思ったが、その事は口にせずに声援を身体に浴びながら王都から旅立った。




