第百十話 僕なりの勇者
アールシュ様が僕を後継者に指名してくれた事は正直に言うと嬉しいが、僕には何年も旅を続ける体力は無いし、この先に努力を続けてもそれほど伸びないだろう。それに僕の姿は暫く子供のままだ。
「あんたねぇアールシュ様が指名したんだからもう無理じゃないかな、王都での出陣式は楽しみだね」
「ラウラは他人事だから言えるんだよ」
◇
アールシュ様は全ての仕事を放棄してクルナ村に行っていたので、戻って来てからはかなり追い詰められたように仕事をしている。だからこの街に戻って来た日にしか話す事は出来ていない。
アリアナさんは特に何をする訳でもなく、此処に来てからはのんびりと過ごしている。ラウラと一緒に帰るそうなのだが、いきなり来てしまったのでラウラは今までに頼まれた仕事だけはやり遂げようとかなり無理をして仕事をこなしていた。
「アリアナさん、ようやく目途がつきました。これで何時でも帰れます」
息を切らせながらラウラが家に帰ってきて、嬉しそうに報告をしているが、それを聞いている僕は嬉しくもあり少し寂しさもある。
「そうかい、それなら帰るかい、出て行った時に比べて住民が増えたからね、驚くと思うよ」
クルナ村を守っているのはドラゴンゾンビだと噂が広まったのと、貴族しか使う事の出来ない施設があるという事が行商の商人を通して広まったので、近隣の街や村から移住する者が増えたようだ。ただ中には不埒な物も現れたが、それらはスケルトンが全て対応しているので治安も乱れてはいないそうだ。
「何だか帰るのが楽しみだな」
「あんたの婚約者が待っているよ」
「えっ……」
アリアナさんに言われて思い出したが、ラウラには婚約者がいた。だが、その事はラウラ自身もすっかり忘れていたようで馬鹿みたいに口を開けている。
「どうしよう、それは嫌なんだけど」
「婚約者がいたんだよな、もう結婚するしか無いんじゃないか」
村に戻る事を選んだのなら結婚は仕方のない事だと思う。僕にはこの事に関しては何の力も貸してやれない。
「冗談さ、もう婚約破棄になってるよ、勝手に出て行ったあんたを何時までも待つ訳無いだろうが、まぁ親にはお礼を言うんだよ、ちょっとは揉めたからね」
「ですよね……」
◇
村に戻る事に障害の無くなったラウラは翌日にはあっさりとドラゴンゾンビに乗って帰ってしまった。
僕もラウラも同じ気持ちなのか、悲しいのは心の奥にしまい只散歩に出かけるのを見送るかのように軽い挨拶しか交わさなかった。
ラウラ…………。
「抱き締めなくて良かったのか」
「うわっ、いきなり現れないで下さいよ」
僕がドラゴンゾンビが見えなくなってもずっと空を見ていると、アールシュ様がからかうように言ってきたのでもっと文句を言いたいが、それは出来ない。
「儂の仕事が落ち着いたからの、これから勇者の指輪の引き継ぎをしないとな」
「えっ本当に僕でいいんですか、問題が多いと思うんですが」
特別な存在である勇者にこの僕がなって良いのか未だに信じられないし、自信が無い。
「安心しろ、皇帝には了承を貰っているしその容姿の事もちゃんと考えてある。それよりも指輪を使いこなせるようにならんとな、ちなみにバザロフは二週間かかったぞ」
その言葉で僕の中の何かが燃え上がった。僕はあの男が嫌いだが、僕と奴の力の差がどの程度なのかを確かめたくなったからだ。
◇
直ぐに訓練を始めたが僕が合格を言い渡されたのは一ヶ月を超えたからだった。
「そんなに落ち込むなよ、しょうがないだろうが」
「こんな結果なのに勇者の資格はあるんですか」
最初の頃は順調に進んでいたが、指輪の力で身体能力を飛躍的に上げる訓練になるとそこでつまずいてしまう。他の勇者は少なくても熟練の兵士の二倍の身体能力を指輪の力で身に着ける事が出来るのだが、僕は力を引き出しても新人兵士と大差がない。
グレゴールの副作用がこれほど影響するとはアールシュ様も驚いたようで、この事にかなり時間を使ったが結局は普通の兵士と同じぐらいの身体能力を手に入れただけで限界を迎えてしまった。
そうなると六人いる勇者の中で魔法を使わなければ断トツに僕が一番弱いという事になる。勇者の中で唯一の女性であるマーゴットにも片手で倒されてしまうだろう。
「まぁお前は魔法に特化した勇者だからな、身体能力は気にするな。魔法なら一番お前が強力なんだからな」
「そうかも知れないですけど、人前で見せられる魔法は少しだけなんですが」
後方から魔法を撃つだけの勇者って……いいのかな。




