湯気の向こう側で・後編
そこは、ぼくの田舎に近い感じがした。
と言っても、田舎の山とは違って裏側には鬱蒼とした竹林が広がっていたのだけど。
ううん、違いはそれだけじゃない。
「わっ、凄い」
「幻想的……」
すっかり目が覚めたらしいショータが声をあげ、ルカも続く。
吊り下げられた赤や黄色い提灯の明かりに混ざって、青い火の玉がゆらゆらと揺れ踊っていた。狐火だ。
まるで真夏の夜のお祭りのようで、冬の寒さもどこかに消えてしまっていた。
「ナオさまとご家族の方々をお連れしました」
「ご苦労様」
子ギツネが鳴けば奥から応える雅な声があり、全員の視線が集まっていく。
明るい竹林の中に浮かび上がったのは、何匹ものキツネ達。やや開けた場所に敷物が敷かれ、座布団を置いてちょこんと座っている。
一番奥に座るキツネが「ようこそ」と笑いかけてきた。美しい着物姿のキツネだ。
「こんばんは。今夜はお招きありがとう」
ぼくがお礼を述べると、影の中から子ギツネがわらわらと出てきて、手前に座布団を六つ並べてくれる。前に二つ、後ろに四つ。
みんなはひそひそと話をしながらも、おっかなびっくり席に着いた。
「急なお招きにもかかわらず、我が主の願いに応じて頂けたこと、お礼申し上げます」
ということは、招いたのはお稲荷様だろう。改めて感謝を伝えれば、再び子ギツネ達が現れて、朱塗りの食器に盛り付けられた茶菓子が並べられる。脇には甘酒も添えてあった。
「お話は食事を楽しみながらゆっくりと致しましょう」
キツネが甘酒を一口飲んだのを合図に、どこからか笛の柔らかな音色が流れ始め、宴が始まった。
「……どうしてぼく達を招いてくれたの?」
「同胞がこの地を訪れたのです。おもてなしをするよう、我が主に命じられまして。ナオさんは以前にも社にお越し下さったでしょう?」
「あの時はちょっと来て、『こんにちは。お邪魔します』って挨拶しただけどね」
「礼には礼を持ってお応えするのが、私達の矜持なのですよ」
お菓子はとても美味しかった。梅や桜や椿といった花を模したおまんじゅうは目にも楽しくて、甘さも控えめで優しい味がする。
中身も粒あん、こしあん、白あんの他に、さくらあんやゴマあんなんかもあった。
状況があまりのみ込めていないタカヤたちも、びくびくしていたのは最初だけで、甘酒を飲んでからはパクパクとお菓子を口に放り込んでいる。
ルカだけは「これ、実は葉っぱだったりして」なんて言ってるけど。
しばらくすると子ギツネがやってきて、今度はおかきとお茶が振舞われる。至れり尽くせりだ。
「お口直しにどうぞ」
「ありがとう」
お菓子の入れ替えが終わったのを見計らって、キツネがまた口を開く。
「私達一族の婚儀の際にはお祝いをして下さり、ありがとうございます」
「それだって、天気雨の時に『良いお式になりますように』って思ってるだけだよ?」
「十分です。そのように思って下さるだけで嬉しいのです」
神さまや妖には、その気持ちが大事なのだと雅なキツネは言った。
「人間の方と生きるとは、如何なるものですか?」
「楽しいよ。ね、ユキ?」
ずっとぼくと話していたキツネが、うんと頷くユキを見て目を細める。
「そちらは土地神さまの眷属の方ですね。彼の山の神さまも御息災のようで、誠に喜ばしいことです」
こんこんとキツネは笑い、密やかな宴は夜明け近くまで続いたのだった。
◇◇◇
家に帰り着くなり、一家はそれぞれの寝床に飛び込んだ。
道中は冴え冴えとしていた意識も、さすがに緊張の糸が切れたのか、強烈な眠気に襲われたみたい。
「僕もう限界! お休みぃ~」
「私も~」
子ども達はパジャマにも着替えないまま、あっという間に寝息を立て始めた。ママさんも今日ばかりは小言を言おうとしてやめていた。
「まさか、温泉旅行に来てキツネの宴会に呼ばれることになるとはな」
「そうね。でもちょっと面白かったわ」
ぼく達はというと、移動中にキャリーの中で寝ていたから眠くない……はずなんだけど、くわわと欠伸が出てしまった。
今日はタカヤ達のところで寝ようかな。
「ん、来るか?」
『にゃ~』
白黒揃って布団にすっぽりと入れて貰う。うん、ぬくぬくだ。
キツネ達とのやりとりを思い出しながら、ぼくは思った。山での暮らしもいいけど、人間と生きるのもやっぱり楽しいものだよって、ね。
〈おしまい〉
お読み下さり、ありがとうございました。
このお話は詩「あまつぶ」に関連させて書いてみました。
「あまつぶ」はこちらです→https://ncode.syosetu.com/n7508gq/




