人の心
僕はノエルの肩を抱き彼女のアパートへ送って行く。
足取りは重い。
「咲良、帰っちゃうの?」
「うん。
研究室に戻らないと。」
「もっと一緒に居て。」
彼女は僕の腕に強引に白くて細い腕を絡ませる。
そんな不安そうにしている彼女を僕は放ってはおけなかった。
「わかったよ。」
2度目の彼女の部屋で、沈黙のまま時間が過ぎていく。
空気が重い。
そう思っていたのは僕だけだろうか?
彼女はウトウトとし始め、寝てしまった。
彼女を抱き上げベッドまで運ぶ。
皆に何も言わずに出てきたのだ。
研究室の皆は、僕を待っているだろう。
研究室へ戻ろうと考えていた時、
「帰らないで。」
彼女が僕の手を子供が母親を求めるかのようにしっかりとつかむ。
-しょうがないな。-
僕は彼女のその手を握ったまま付き添うことに決めた。
それから、どれくらいの時間が経っただろう?
僕は、いつの間にか寝てしまっていて彼女のキスで起こされた。
「ん…?
なに…?」
彼女からのキスは止まない。
「え?
ノエル。
ダメだよこんなことしちゃ!」
僕は顔を上げのけぞり、彼女を制止する。
「咲良、やっぱり私じゃダメかなぁ?」
「え?」
「私、咲良と付き合いたいの。」
真っ暗闇の中、彼女の表情がよく見えない。
でも、窓から入る月明かりにぼうっと照らされた彼女はノエルだとはっきりわかる。
「だから僕よりもっといい男つかまえろって。」
「咲良じゃないとダメなの!
咲良じゃないと!」
彼女のすがるような声。
「君と僕じゃ、だいぶ年も違うだろ?
なんで僕なの?」
「年なんて関係ない!
私は、あなたとお付き合いがしたいのよ!」
ハッキリとそれを彼女は言い放った。
「私は、ずっとニュースや雑誌で目にする咲良、あなたを目標に生きてきた。
冷たい家を転々とする。
それが嫌で小さな頃からずっとずっと早く大人になりたくて勉強を続けてきたの!
あの環境から抜け出したくて早く自立したくて努力してきたのよ!
咲良がサクラを誕生させるまで、賞賛と羨望の中が私の居場所だった。
なのにサクラが誕生してからは、私のもとに届く声はサクラへの賞賛ばかり!
咲が誕生してからはそれがもっと酷くなった。
努力も苦労も知らずチートで生まれて幸せに育ってきたサクラ達のことが私は大嫌いなのよっ!
何もかも最初から良いものが与えられたサクラ達には人の気持ちなんてわからない!!!!」
「咲良!
人はどうあるべき?
私は頑張ってきたのよ!
そこがどんなに冷たい場所でも私は1人で努力してきたのよ!
なのにあんなのができちゃったら立場ないじゃない!
私はどうしたらいいの?
どうして私の居場所を奪うの?
私は…、要らない子なの?」
彼女の悲痛な叫びに僕は胸が痛んだ。
華々しい道を歩んできた彼女にとって、サクラの誕生がどれほどの衝撃を与えたのだろう?
そして咲の誕生がどれほど彼女の持つ闇を大きな物に変えたのだろう。
冷たく暗い場所で大人に踏みつけられながら、彼女は咲こう咲こうと天を仰ぎ必至に花を咲かせていたんだ。
僕は今の彼女を1人にしておけなくて、そのまま朝まで付き添うことにした。




