春の花
「ママの名前は葉菜。
パパの名前は陽。
だからさーちゃんの名前は、春の花から咲良なんだよ。」
母に抱かれた僕の目の前には、満開の桜の木が凛とたたずんでいる。
風になびくように桜が舞い日本の美しさを教えてくれる。
空中を軽やかに踊るピンク色の花弁は幻想的で、大きな風が起こると共にあたり一面をピンク色へ染めていき僕達を白昼夢の世界へと誘う。
それはとても神秘的でこの世のものとは思えないほど神がかっていた。
紗倉咲良。
僕はこの名前が大好きだ。
世界で一番素敵な名前だってずっと思ってる。
さくらはこの世界で日本を象徴する名前。
カッコいいに決まってる。
サクラと咲にだって僕の名前をあてた。
そしてこの名前は、殆ど会えない父さんと母さんと繋がる唯一のもの。
僕だけに与えられた繋がり。
その繋がった糸に紗倉愛というアイシェの糸が絡まりブチンと繋がりを切られたように感じて、僕は何かで胸が押しつぶされていくような息苦しい感覚と戦っていた。
僕の家族はサクラと咲だけ。
なのに何故こんな気持ちになるのだろう。
求めても求めても手に入らない愛を僕の方から拒絶したじゃないか?
物思いに耽る僕をサクラが覗き込む。
「え?うわ…、どーしたの?」
サクラは、僕の気持ちを察したかのように
「さーちゃんの家族は、サクラと咲。
さーちゃんは、パパとママと愛ちゃんも家族に入れたいのか?」
と、僕に尋ねる。
「そうだったね。
僕の家族はサクラと咲。
他はなにも要らないよ。」
胸のつっかえが取れ、息苦しさが取れた僕はサクラに笑顔を向ける。
「愛ちゃんにも家族がいてよかったな。
家族は血の繋がり関係あるのか?」
「うーん、僕ん家の場合は、関係ない!」
その答えにサクラは満足そうに笑う。
その隣で咲も嬉しそうだ。
アイシェも喜びの表情で、サクラが言った家族という言葉をかみしめている。
対談は終わり、両親が僕達4人を迎えに来た。
僕は前もって用意していた誰にでも開示できる範囲のダミーの報告書類を渡す。
両親は、それを上層部に見せる。
上層部は時間を掛けてそれを読み、もっと的を得たものをとごねたが両親は僕の趣旨を理解したようで「いい報告だ。」と褒めてくれた。
母が僕を育てていた頃は毎日のように褒められていたが、それ以降親から褒められたことなんて片手で数えるほどだった。
趣旨を理解してくれたことに対しては満足だけれど嬉しいって気持ちはないし、何も感じない。
上層部はサクラと咲の情報開示を求めしつこく引き止めてきたたが、なんとか解放され帰路に着く。
ずっと気を張っていたからか、月明かりにホッとし一息つく。
サクラと咲は、そんな僕の右手と左手をとりそれぞれ繋いだ。
「家族って、いいね。さーちゃん。」
「うん。」
「幸せだねぇ。」
「うん。」
「さーちゃんは、サクラと一緒に守るからね。」
「うん。」
「ずっと一緒に居ようね。」
「うん。」
2人はきっとアイシェの話を聞いて僕を気遣ってくれているのだろう。
僕は、世界一の果報者だ。
心の傷は深くて、癒えたと思うとまたぱっくり開く。
だけど、それでも繰り返し僕の心を癒してくれるサクラと咲に僕の頑なだった心はだんだんと柔らかくなり生気を取り戻していく。
真っ暗な夜道を照らす天からの光のように、2人の存在が僕を照らしてくれていた。




