追憶
ーさーちゃん…ー
ーさーちゃん…ー
思い出したくない声が空耳のように聞こえてきて頭の中をぐるぐると回る。
ーまた昔のようにこの記憶を封印してしまおうか。ー
僕はいつものようにそれを考えないようと努める。
だけど今日はそれがなかなか消えてくれなくて、この変化に少し慌てた。
しどろもどろになりながらどうしたらいいのか考える。
解決策が見つからないままサクラと咲にすがる。
ーサクラ、咲…、どうか僕を助けて。ー
「さーちゃん、そういえばさーちゃんのパパとママはどうしておるのだ?
サクラが誕生してから一度も会ったことがないぞ。」
サクラが目を背けたい現実を突きつけてくる。
ーサクラ、救いどころか僕を地獄に落とそうとすんなよ!ー
そう思ったが、サクラの言葉は不思議と嫌ではなく僕に事実と向き合うきっかけをくれた。
深呼吸をし、落ち着いて答える。
「サクラ、僕の両親はアメリカの研究機関で働いているよ。」
「アメリカで。
それでは会おうと思えばすぐに会えるではないか?」
サクラは興味深々だ。
「そうだね。
でも会おうと思わない。」
「さーちゃん?
さーちゃんのパパとママなのだろ?
家族なのだろ?」
なにも知らないサクラは何があったのかと聞いてくる。
そりゃそうだろう。
同じ国にいるのなら定期的に家族と会うのが普通だ。
同じ国に居なくったって、3年を超える月日は長い。
どんなに忙しくても、これだけの期間会わないのは不自然だと思うだろう。
「家族だったこともあったけど、今の僕の家族はサクラと咲だけだよ。
父と母が戸籍上の家族だとしても、僕は家族だとは思っていない。」
「一体、何があったと言うのだ?
さーちゃんは家族を大好きではないか?」
「綺麗事抜きで言う。
僕は両親が嫌いだ。」
サクラが僕の気持ちを察したのか口をつぐむ。
「サクラ。
そんな顔しなくて、いいんだよ。
サクラと咲に僕は両親のことを話したことがなかったからね。
誰もが気になることだと思う。」
サクラの頰にそっと触れる。
それからサクラの髪を撫でながら続けた。
「僕の両親は仕事で忙しく、なかなか会ったことがないんだ。
幼少期は母が僕を育てていたけれど、それ以降は黒人メイドに育てられたよ。
黒人メイドは両親にはとても愛想が良かったけど残酷な人で陰では経済格差から生まれる鬱憤を子供だった僕にぶつけていたんだ。
僕は理由のない折檻を受けた。」
「さーちゃん…。」
サクラは僕に抱きつき背中をさする。
咲も黙って僕の隣に座る。
僕は続けた。
「僕は両親に折檻を受けていることを訴えたけど、黒人メイドは隠蔽と工作が上手く、両親は黒人メイドの嘘の報告を信じた。
両親が気づいたのは僕の訴えの回数があまりにも多く、監視カメラと録音機を取り付けてからだよ。
その頃の僕は黒人メイドからの度重なる陰湿な折檻で既に心が壊れかけていた。」
心がざわつく。
まるで小鳥が心臓に巣を作ったかのようだ。
小鳥達は心臓をついばみ、食い荒らし、どんどん形を無くしていく。
胸の空洞になった穴からは鮮血が流れ、ドクンドクンと脈打つ。
ー痛い。ー
ー苦しい。ー
ー息ができない。ー
過去の折檻を思い出すと発狂してしまいそうだ。
僕は必死に平静を保とうとする。
だけど鮮血は止まることはなく、僕を空っぽにしていく。
咄嗟に目の前にいるサクラにしがみつき、子供が母親を求めるかのようにサクラを求めた。
サクラも僕をしっかりと抱きしめ、そのまま静かな時が流れた。




