第9話 教会のシスター
ヒスクと魔王は村を散策するために、適当に歩き回っていた。
村の中央には立派な教会が建てられて、クシュル教を布教するためにシャンドゥールの公認を得ている。
この村に熱心な信者はいないが、教会で神父とシスターが文字の読み書きを教えている。
魔王は教会を見上げると、ヒスクに些細な疑問を投げかける。
「神がいるとしたら、やっぱり俺達の異世界転生も神様の仕業なのかね?」
「さあな。魔王がいるのなら、神様もいるような気がするよ」
仮にいたとしたら、戦争のない平和な世界を願うばかりだとヒスクは思う。
教会から子供達が小さな袋を大事そうに抱えて出て来ると、修道服のシスターが子供達を見送りに手を振っている。
シスターはヒスク達に気が付くと、丁寧に挨拶をしてきた。
「こんにちは。今日は良いお天気ですね」
「ええ……そうですね」
「冒険者の方ですか? ここはのどかな村で何もありませんが、静かで聖書を読むには最高の環境ですよ」
「いえ、私達は最近ここに引っ越して来た者です」
「あら、そうでしたか。若い女性が珍しいですね」
たしかにシスターの言う通り、若い女性なら首都を目指して華やかな暮らしをするのは憧れるだろう。最初は首都も視野に考えたが、毎月の家賃が高いし、定職を見つけないと永住はできない。
その点、この村は静かで空き家だった土地を買って掘っ立て小屋を建てたのは正解だった。
近場に天然温泉、自給自足に必要な畑、ヒスクの過去を知る人物はいない。
ヒスクは怪しまれないように、シスターに話を合わせる。
「私も読書が好きでして、静かな環境を探していたら、この村を見つけました」
「あらあら、意外な趣味の共通点ですね。私も聖書以外の本も大好きですので、よろしければ教会の中に入って、お茶でもいかがですか? 本好きな同性とお話しできる機会なんて滅多にない事ですので!」
興奮気味にシスターはヒスクを教会へと誘い込む。
畑の手入れは魔王が終わらせてしまったし、村を散策して時間を潰そうと考えていたから、ヒスクはシスターのお言葉に甘えることにした。
「では少しだけお邪魔させてもらいます」
「遠慮なさらず、こちらへどうぞ」
教会の中に通されると、礼拝堂にクシュル神の象徴である彫刻が中央に安置されている。
礼拝堂の先には小さな個室が設けられており、どうやら休憩室として利用されているようだ。
「適当にお掛けになって下さい」
シスターはヒスクと魔王を持て成すと、お茶の用意を始める。
ヒスクと魔王は個室を見渡して本棚を見つけると、聖書や文学書の他に子供向けの絵本が並べられている。
試しに聖書を一冊パラパラめくって見ると、クシュル神が古の魔王を打ち倒して世界を救った聖戦の出来事等が延々と詳しく書かれていた。
隣にいる魔王は複雑な表情で聖書を眺めていると、シスターはテーブルにお茶を置いて二人に近付く。
「聖書に興味がありましたら、一冊差し上げますよ」
「ああ……いえ、勝手に覗いたりしてすみません」
「構いませんよ。知識は平等に与えられるものですからね」
ヒスクは聖書を閉じて元の本棚に戻すと、用意してくれたお茶に手を伸ばした。