第7話 畑を耕す
翌朝、ヒスクは個室のベッドから目覚めると裏手にある井戸水を汲んで顔を洗う。
遅れて魔王も眠そうな眼を擦って裏手の井戸水を汲みに現れると、ヒスクに朝の挨拶をする。
「おはようさん。俺は異世界転生しても朝は弱いな」
「おはよう。寝癖がひどいぞ」
「ああ……いつものことだ」
「前世と違って、今は女性なんだから髪形や身だしなみは気を付けた方がいいぞ。後で髪を整えてやるよ」
まるで母親になったみたいだなとヒスクは思いながら、井戸水で顔を洗う魔王にタオルを渡してあげた。
魔王はさっぱりした顔をヒスクに向けると、「ありがとう」と一言。
酒と朝に弱いとは人間っぽいところがある魔王だが、少々寝ぼけているのか変身魔法が解けて角が見えている。
「魔法が解けてるぞ。変身魔法で角を隠せ」
「あっ……本当だ。すまん、朝は思考回路が鈍るから、大体いつもこんな感じなんだよ」
「気を付けてくれよ」
魔王は変身魔法を唱えると、人間の姿になって角を隠した。
とりあえず一安心するヒスクは魔王と共に居間のテーブルで昨日と変わらずにメイド服を着こなして、朝食を並べているキュールに朝の挨拶をする。
「おはよう。昨日はゆっくり休めたのか?」
「ヒスク、おはようございます。温泉にもゆっくりと浸かって眠りましたので問題ありませんよ」
「それならいいが……朝食を含めた家事はこれから当番制でローテーションを組もうと考えている」
「それは良いアイデアですが、ヒスクに料理はできるのですか?」
「ば……馬鹿にするな!? 目玉焼き程度はできる」
ヒスクは言葉を詰まらせると、隣にいる魔王は顔が引きつった。
キュールも深い溜息をつくと、ヒスクの提案に異を唱えた。
「御心遣いは感謝しますけど、食料は限られています。家事全般は私が引き受けますので、ヒスクとマオは畑を耕すのをお願いします」
「だそうだ。一緒に畑を耕すとしよう」
半ばキュールと魔王に押し切られる形になったが、ヒスクは渋々了承した。
朝食はすでにキュールが作っていたようで、手際良くテーブルに食事が並べられる。
魔王は食事に手を付けながら、ヒスクに畑を耕すのに必要な事を聞き出す。
「畑を耕すのは初めてなのだが、ヒスクは経験があるのか?」
「領地の農民から、それとなく教わった。今日は土を耕して畝を作る工程までやろう」
ヒスクは畑を耕す手順を魔王に説明する。
まずは雑草と小石を取り除いて、土を掘り起こす作業から始める。
硬い土のままだと、野菜は育ちにくく、ミミズのような虫がいるかもしれないので、二十cmぐらいを目安に掘り起こしを行う。
掘り起こし作業が済んだら、土を柔らかくするために、鍬で土を耕していく。
水や栄養素等を十分に送り込むために必要だからだ。
魔王は真剣に説明を聞くと、手を挙げて質問をする。
「聞くだけ野暮だが、耕運機なんて便利な代物はないよな?」
「あるわけないだろ。スコップと鍬は用意してあるから、全部手作業で進めるぞ」
ヒスクは説明を続けようとするが、キュールは朝食が冷めてしまうから先に食べて欲しいと横から口を挟む。
三人は揃って朝食を取ると、キュールは家事の仕事に取り掛かって、ヒスクとキュールは部屋に戻って作業服に着替えた。
二人は着替え終えると、食料庫から鍬とスコップを取り出して畑へと繰り出した。
「まずは雑草や小石を取り除こう。手分けして……」
ヒスクは魔王に指示を出そうとしたが、魔王は呪文を唱えると畑に風を巻き起こして雑草や小石を器用に取り除いていく。スコップの代わりに、魔王は昨日の楔を取り出して畑の四方に打ち込むと、虫を畑から追い出してしまった。土を柔らかくするために、魔王は鍬の代わりに禍々しい剣を召喚すると、気合を込めて一振りする。
一通りの作業を終えた魔王はタオルで汗を拭くと、ヒスクは呆気に取られている。
「とりあえず、ヒスクの注文通りに畑を耕してみた」
「……仮に魔王をリストラされても、田舎で農家ができると証明できたな」
畑に入ると、土はフワッとした感触がある。
後は肥料を入れて土と混ぜ合わせて、畝を作れば土台は完成だ。
一瞬でここまで作業を終えた魔王に、ヒスクは先程の禍々しい剣について訊ねた。
「鍬の代わりに使ったあの剣はなんだ?」
「ああ、魔剣ジャンスルーヌだ。硬い岩も粉々に柔らかくできる代物だ」
「多分、畑を耕すのに魔剣を使用したのはお前が初めてだよ」
魔王は魔剣の召喚を解くと、二人は肥料を畑に巻いて畝を作り始めた。