第6話 夕食
魔王は再び人間の姿に化けて掘っ立て小屋に戻ると、居間のテーブルに夕食が並べられていた。
キュールは二人を出迎えると、グラスにワインを注ごうとしていた。
「おかえりなさい。温泉はいかがでしたか?」
「気持ちよかったよ。キュールも後で入ってくるといいよ」
ヒスクは温泉の感想を簡潔に述べると、キュールにも勧めて夕食が並べられたテーブルに座る。
その隣に魔王が座ると、ヒスクは一人分のグラスにワインが注がれたところでキュールを止めた。
「すまないが、マオは酒が苦手なんだ。代わりにジュースを出してやってくれ」
「あら、そうでしたか。お酒は強そうに見えましたので、食料庫から代わりのお飲み物を持ってきますね」
キュールは一礼すると、掘っ立て小屋のすぐ近くにある食料庫に足を運んでいく。
魔王はグラスに映し出された自分の顔を見ると、表情を変えながらヒスクに訊ねる。
「俺の顔って、酒が強そうに見えるか?」
「顔もそうだが、黒の法衣に髑髏の錫杖のセットは勘違いされても仕方ないよ。俺も勘違いしたからな」
「見た目って大事なんだな。お互い魔王や暗黒騎士なのに、全然それっぽくないのも笑えるな。暗黒騎士って騎士の中でも悪者のイメージがあるけど、実際どんな事をするんだ?」
「別に普通さ。腕が立つ連中は城内の警備や国王の身辺に配属されるよ。地方の村に常駐する派遣部隊から国境警備隊も暗黒騎士が担当する。心に闇を抱えてなくても問題ないからな」
「それを聞いたら幻滅するなぁ」
「現実はそんなもんさ。後は盗賊や魔物退治といった治安維持活動かな」
ヒスクは淡々と暗黒騎士の業務を喋ると、ワインが注がれたグラスに口を付ける。
魔王はパンをちぎってスープに軽く浸すと、つまらなそうにパンを口に運ぶ。
「まあ、それも昔の話になるさ。これからは自給自足の生活に切り替えないといけないからな」
「そういえば、何か生計を立てる手立てはあったりするのか?」
「食料庫と畑は用意してあるから、当面は食料に困ることはない。ここは気候も恵まれているし、魔物もさっきの楔のおかげで問題ないだろうから、畑を耕すには好条件だよ」
「脱サラして田舎に引っ越して来た都会の人間みたいだな」
「まあ……そんな感じだ。余裕ができたら、何か商売でも始めてもいいかもな」
二人は今後の生活について語りながら食事をしていると、キュールが食料庫から戻って来た。
二本の瓶を両手に抱えて、キュールは魔王に訊ねる。
「お待たせしました。グレープとオレンジがございますけど、どちらになさいますか?」
「ああ、悪いね。それじゃあ……オレンジにしようかな」
オレンジジュースの瓶を開けると、キュールは空のグラスに注いでいく。
「ありがとう。あと、私の事は畏まらなくていいよ。お互い無職になった身だからね」
「そうですか……それではマオ様の事をマオと呼ばせてもらいますね」
キュールは照れながら魔王の名前を口にすると、ヒスクの背後に立って控える。
ヒスクは席を立つと、キュールをヒスクの隣に席に座らせてキュールの食事を台所から運ぶ。
「キュールも一緒に食べよう。貴族のしきたりとかないのだからね」
「よろしいので?」
「お互い無職になった者同士だ。貴族も何もない」
ヒスクは空のグラスにワインを注ぐと、キュールに手渡して乾杯の音頭を取る。
「二人共、これからよろしく頼むよ。新たな新生活の門出を祝って乾杯!」
貴族の社交界で何度も乾杯の音頭を見てきたが、今日は本当に乾杯を祝いたいと心から思うヒスクだった。