第1話 プロローグ
ガルファンセ大陸の南方に位置するロンソール王国にヒスク・マクシャルと言う暗黒騎士は儀式の間に召集されていた。
魔王の召喚とか、この国も後がないかもしれないなと、ヒスクは内心そんなことを思いながら、冷ややかな目でこれから魔王を召喚する儀式を見守っている。
ヒスクには誰にも言えない秘密を抱えていた。
前世の記憶を継承していることだ。
俗に言う異世界転生と言う体験をしてしまったのだ。
前世は高校生として目立たない存在の男子学生だったが、学校の登校中に暴走した車に激突されて不運な事故死を遂げた。
意識は一旦そこで途切れたのだが、次に目を覚ますと異世界に飛ばされてロンソール王国の有力貴族であるマクシャル家の長女として異世界転生を果たした。
最初に目覚めて驚いたのが、五歳児の幼女だったので生活や言葉遣いは次第に慣れていった。
やがて有力貴族の力で暗黒騎士として登用されると、出世街道も道を歩んで現在の十八歳になる頃には騎士団長まで上り詰めていた。この身体は前世と比べて体力や運動神経にも才能が恵まれていて、武術の習得は意外にも苦労はしなかった。
容姿にも恵まれて長髪の金髪に漆黒の鎧を纏った暗黒騎士として、戦場を駆け抜けてきたが周辺国の三か国を同時に相手にするのは無謀な策略だ。
開戦の火蓋が切られた時には武力で勝っていたロンソールが優勢だったが、戦況が長引くと情勢はあっという間にひっくり返っていった。
そして、対抗するために魔王を召喚すると言う現在に至る訳だ。
数人の魔術師が召喚に必要な魔法陣と呪文を唱えると儀式は開始された。
別にこの国と心中する覚悟はないので、今まで勝ち戦に乗れたから付き合っていたにすぎない。
召喚に失敗すれば、適当に理由を付けて国外逃亡を謀るつもりだ。
仮に召喚が成功しても、三か国とまともに張り合える戦力にならなければ同様だ。
いずれにしても、国外逃亡する準備は整えているので、召喚の結果を見てから行動に移すつもりだ。
魔術師が呪文を唱え終えると、魔法陣は青白く光って反応を示す。
前世でも似たような経験をしたが、リアルな魔王召喚ガチャと言えるだろう。
さて、最高ランクの魔王でも引ければいいのだが――。
魔法陣から物凄い突風と雷が舞うと、次第に魔法陣から人の姿が現れた。
「私を呼び出した馬鹿は誰だ?」
女性の声だ。
しかもかなり不機嫌な感じに受け取れる。
魔術師を押し退けると、国王は自ら名乗り出る。
「私だ。お前の力を貸してもらいたい」
「断る。勝手に呼び出して力を貸せだなんて理屈が通るか」
魔法陣の光は収まり、完全に姿を現した魔王はやはり女性だった。
頭に角を二本と銀髪の長髪に黒の法衣を纏って禍々しい髑髏の錫杖を持っている。
意外とまともな事を言う魔王だなと感心するヒスクは魔王と目が合ってしまった。
「お主……どこかで出会ったような?」
意味深な事を呟く魔王は目を細めてヒスクに近寄ると、手を握って見せた。
すると、ヒスクは前世で高校の時に親友だった小林栄吉の顔が浮かんだ。
魔王も似たような体験をしたようで、互いに名前を呼んだ。
「まさか……小林なのか?」
「お主……いや、君は神崎か!」
ヒスクの前世は神崎卓。
奇妙な再会を果たしたが、周囲の暗黒騎士が二人を取り囲んで国王は怒鳴り散らした。
「ヒスク! 貴様、密かに魔王と通じておったな? この国を乗っ取ろうと画策しておったのじゃろう!」
「ち……違います! 誤解ですよ」
完全に誤解している国王だが、弁明したところで聞き入れてはくれなさそうだ。
さすがにこの状況はまずい。
「神崎、場所を移そう」
ヒスクを前世の名前で呼ぶ魔王は魔法を瞬時に唱えると、二人は儀式の間から見知らぬ大地の上に立っていた。