友達は石油王
「タツヤ!」
往来でふり向くと予想通りの人物が立っていた。
悪友のアスランである。
中東の人間だとはひと目でわかるだろうが、襟付きの青いシャツにジーパン、スニーカーというラフすぎる格好から、彼は無宗教の一般人だと誤解する者は多いだろう。
「アスランか。すっかりなじんでるな」
最初に出会った時とは大違いだ。
あの頃のアスランは自販機や電車そのものをブラックカードで買おうとした世間知らずだった。
今はちゃんと徒歩や自転車で歩き回ってるらしい。
「タツヤのおかげだよ」
笑顔でアスランはハグをしてくる。
海外だと友達をハグするのは普通らしいので、儀礼的に応じた。
こいつが産油国セルジュークの王族だって言っても、たぶん信じる人はいないだろうなぁ。
なんてことを思いながら。
助けたお礼に油田の権利書を渡されそうになった時は焦ったものだ。
「今日はどうしたんだ?」
とたずねてみる。
「特に予定はないからぶらついてたんだ。そしたらタツヤに会えたんだからラッキーだったよ」
なんて言いながら白い歯を見せてくる。
「そうか。じゃあ一緒にゲームでもするか?」
「喜んで」
アスランはオタクが昂じて日本に来たタイプだけに、日本のゲームも得意だ。
アニメや漫画にも詳しいのはちょっとうれしい。
俺の家は安アパートで、アスランは物珍しそうな顔をしている。
「アニメでこういう建物見てたけど、本当にあるんだね」
と彼は言った。
こういうところをフィクションにしてどうすると思うのだが、外国人の感覚は違うんだろうな。
「そうだよ。砂漠だって本当にあるんだろ?」
「アハハ」
彼は笑って肯定する。
狭いアパートでも、余計なものを置かなきゃわりと快適なもんだ。
「しまった! 何か手土産を持ってくればよかったかな」
「いいよ。不動産の権利書やスーパーカーなんて持ってこられても困る」
初めて会った時は本当に苦労したもんだ。
「ハハハ、やだなあ。そこはもう学習したよ」
アスランは笑って俺の肩をバシバシ叩く。
「神戸牛か松阪牛でどうだい?」
「市販品だよな? 生きてる奴とか、牧場丸ごととかじゃないよな?」
相手がアスランとなると、つい確認してしまう。
「おっと。生きてる牛のプレゼントはまずいのか」
アスランは失敗失敗という顔になる。
やっぱりまだわかってない部分が多いじゃないか!
「もらっても対応しようがないからな。君が悪いわけじゃないんだが」
アスランに悪気はまったくない。
だからこそ頭を抱える程度ですむのだ。
しかし、アスランは懲りてなかった。
「そうだ、牧場ごとプレゼントするというのはどうだろう? 管理する人間もつければ、君は困らないんじゃないか?」
その発想はなかった……。
たしかにそれなら俺の手間はかからんかもしれない。
「だが、勝手に雇用主かわるのも気の毒じゃないか?」
「どうして? 給料は今までどおり僕が払うよ」
それって持ち主変えた意味あるのか?
「贈与税とかどうするんだよ」
「こっちで何とでもするよ。何、日本政府がいやだって言うはずがないさ」
アスランはウィンクをするが、俺は笑えない。
こいつ資源大国の王族特権をふりかざす気満々じゃないか。
こんなことで外交摩擦なんて日本政府は起こしたくないだろうな。
そっとため息をつく。
「気にせず楽しもうじゃないか」
「よし、日本人の倫理観ってやつを教え込んでやる」
「ハハハ、タツヤはまじめだねえ!」
アスランは笑いながらも拒否しなかった。
俺の家でゲームをしながら、こんこんと言い聞かせる。
たぶん右から左に聞き流されただろうが、言わずにはいられない気分だった。
日が暮れるまで遊んだ後、アスランは立ち上がる。
「よかったら晩ご飯一緒にどうだい? 一人で食べるのは味気なくてね」
「高級レストランコースはしばらくいいよ」
アスランのおごりであちこち食べに行ったのだが、緊張で味がわからなかった。
何でドレスコート指定があるような店ばっかなんだ。
一応スーツは持ってるけど、それだけだぞ。
「じゃあルームサービスを頼むさ。それなら気兼ねしなくていいだろう?」
「宿泊客以外を部屋に入れてもいいんだっけ?」
アスランの提案に首をひねる。
基本面会はロビーくらいで、客室にあがることは禁止してるホテルが多いと思うんだが。
「聞いてみたら許可が出たよ?」
アスランはさわやかに言うが、腹の黒いオーラはごまかせない。
圧力をかけたんだろうな。
「で、今はどこに泊まってるんだ? 帝王ホテルか?」
「そこは飽きたからね。今は覇王ホテルだよ」
おそろしいことをさらりと言ってのける。
どっちも国内最高級のホテルだぞ。
スイートルームなら一泊二百万円くらいするんじゃなかったか?
そこに一か月以上滞在……うっ、頭が。
カラオケ行った帰りにタピオカ飲もうなんてノリで、変えられるようなレベルじゃないんだが。
こいつとつき合ってても、俺は相変わらず庶民感覚のままだから時々おかしくなりそうになる。
「いいじゃないか? 晩飯、どうせ外で食べるつもりだったんだろ?」
「まあな」
何度も家に遊びに来てるので、自炊なんてしないことはすっかりばれていた。
「じゃあいいじゃないか」
どういう理屈だと思うが、外堀は埋められてしまってるので強硬に断る気にもなれない。
俺のこういう性格、見透かされている気がするんだが気のせいだろうか?
まだ知り合って一か月程度のはずなんだよなぁ。
「仕方ない。ちょっと待っててくれよ」
「衣装、よかったら貸すよ。何ならあげようか」
「いらない」
もらっても使い道なんてないよな。
一着数十万のオーダーメードなんて。
そもそもオーダーメードだと俺にフィットしないから、そこは既製服なのかな。
アスランと一緒に外に出ると、見計らっていたように黒塗りの高級外車が姿を見せる。
いつもの執事さんが運転しているのだ。
もうつっこむ気力が残ってない……。
「さあ、出発だ」
アスランはぽんと肩を叩く。
「おう」
そう言って後部座席に乗り込む。
財布に何円入ってたっけと思ったが、すぐに忘れる。
どうせ俺には一円も出させてくれないのだから。
俺なんかだと友達におごってもらいっぱなしだと落ち着かないんだが、アスランの感覚は違う。
友達のためにいろいろやるのは友情として当然。
受け取ってもらえないのは彼らにとって侮辱に当たるらしい。
遠慮しながらも突っ張り通さないのもそのためだった。
彼の好意を拒絶する気はないというのもあるが、王族の好意を無下にし続ける勇気がないというヘタレな理由もある。
連れて行かれたのはリッチな外観の覇王ホテルだ。
とがめられるかと思ったが別にそんなことはなく、スイートルームに到着する。
「スイートルームを来るのは初めて?」
「もちろんだよ」
俺は即答した。
一泊二百万なんて、下手すりゃ年収レベルじゃないか。
一か月三十日計算だとそれだけで六千万だぞ。
そんな金を平然と払える人って現実に存在してるんだなぁとしみじみ。
来世は俺も石油王になりたい。
ルームサービスのメニューを見てため息をつき、切実に思った。