初めて欲しいモノを手に入れて、失わないように必死だが、何か
アルン目線
物心ついた時には、全ては確定していた。
知力に長け全て難なくこなせる長兄、武力に長け周囲を惹き付ける次兄、話術に長け流行を作り出す長姉、魔力に長け周りを抱き込む次姉、冷静で物覚えが良い弟、賢く人の内心に入るのが上手い長妹、無邪気に周囲を魅了する末妹。
生まれた順位も何事にも全てが平均である者など、実力主義の世界などでは埋もれてしまうのは当然だろう。
生みの母は既に亡く、身を守る者達と共に生活をする。
何事も普通に無難に過ごし大した失敗もなく、帝国第三皇子としての体裁を一応保ちつつ過ごす。
そこそこの見掛けと極上の身分があれば、上っ面だけでも人は集まってくる、良いモノも悪いモノも、全ては与えられたモノ。
そんな私でも皇家の社交界に出れば、時折聞く隣国の噂。
エルドラドン国第一王子と不仲で有能な婚約者、大公令嬢クレリット・エルランス。
剣術や魔法、礼法、舞踊、座学まで完璧なのだという。
話半分に聞いても、どれほど嫌味な人物なのだろうかと思う。
将来の王妃としては立派なのだろうが、婚約者の第一王子と不仲というのも、ほんの少し理解できるような気もした。
知力に長けた長兄のように、他人の機微に疎いのではないか?
武力に長けた次兄のように、力でごり押しすぎるのではないか?
話術に長けた長姉のように、己の意に添わぬものを外しすぎるのではないか?
魔力に長けた次姉のように、周囲を顧みないのではないか?
冷静で物覚えが良い弟のように、自分の世界に入り込みすぎるのではないか?
賢く人の内心に入るのが上手い長妹のように、人を遣いすぎるのではないか?
無邪気に周囲を魅了する末妹のように、心無い言葉で傷付けてはいないか?
まぁ会う事もないだろうが、関わりたくないと心底思う。
だが……。
「アルン、お前エルドラドンに留学してこい」
「留学ですか?」
帝国の学院を卒業したその日に、皇帝に呼ばれ突然そう言われた。
「このままここにいても腐るだけだろうが、何年か遊学してこい。 で、可能なら大公令嬢を連れ帰ってこい」
「……は?」
留学はともかくとして、え? 大公令嬢? 連れ帰って?
エルドラドン国第一王子の婚約者をザーク帝国に連れて来い、と言っているのかこの人は!?
「陛下、冗談が過ぎます」
「何が冗談だ、向こうがイランと言ってるモンを拾って何か悪いのか」
「要らないとは言ってないでしょう」
「王妃になる女と不仲なんて噂が流れるほど取り繕ってないんだ、似たようなモンだろ」
「外交問題になります」
「固ってぇなぁ」
「陛下が緩すぎるんです」
「んーお前に合うと思うんだがなぁ」
カラカラと豪快に笑う男は、一体何を言っているのか。
唯一無二の剛腕とそのカリスマ性で、皇帝への階段を駆け上った破格の人物。
直感的なものは鋭い、だがその感覚は凡人である私では到底分からない、というか理解したくないのが本音だ。
「ま『可能なら』だからな、気楽にやってみろ」
何はともあれ、あれよあれよと言う間に、エルドラドン国への留学が決められていた。
エルドラドン王にも挨拶をすまし、一部の者以外には帝国第三皇子の留学は秘密にされていたため、歓迎の宴は大公のタウンハウスで催される事に。
その晩餐会で護衛人達から、私と同じような持て成しを受けたと聞いて驚いた。
挨拶だけに顔を合わせたクレリット嬢の印象は、良くも悪くも立派な貴族令嬢で、毅然とした態度と寸分の隙もない礼儀作法は王妃に相応しいものだが、人間味に欠けるように感じられた。
だがそんな彼女が使用人任せにせず、率先して平民上りが多い護衛人達と談笑をし歓迎したというのだ。
私の無関心さを一番危惧していた護衛人から『何としてでも嫁に貰えっ!』と両肩を叩かれた。
私は一年として学園に留学したから、三年のクレリット嬢とはそう会うことはないのだが、時々は見かける。
噂に違わず第一王子に邪険にされている様子だが、それには構わず騒がず荒らげることもなく、ただ淡々と過ごしていた。
様々な噂も聞いた。
座学はトップクラス、剣術や魔法も申し分ない腕前、礼法や舞踊は言わずもがな。
その上、大公令嬢の身分があっても決して奢らず、見下さず、ひけらかすようなこともない。
高位貴族令嬢にありがちな取り巻きを侍らすこともなく、ただ一人そこに凛と立っていた。
積極的に他人と関わるようなことはしないが、困窮した者がいれば躊躇なくその手を差し伸べる。
他人の機微に疎い? 力でごり押しする? 意に添わぬ者を排除する? 周囲を顧みない? 自分の世界に入り込む? 人を遣いすぎる? 心無い言葉で傷付ける?
誰だ、そんなことを考えていたのは。
「クレリット・エルランス、貴様との婚約破棄を言い渡す!」
『向こうがイランと言ってるモンを拾って何か悪い』
「私は真実の愛を見出した。 ここにいるローズ・リアン男爵令嬢を、私の婚約者とする」
『んーお前に合うと思うんだがなぁ』
そうだ、私はクレリット嬢が欲しい。
「では、私が名乗りを上げよう」
『可能なら』だったようです父上。
「アルンでっ……様」
「何故わたくしに求婚されたのですか」
「……包み隠さず述べて頂いて、ありがとうございます」
クレリット嬢の特大の猫が、私の言動によって剥がれていく様が嬉しい。
「己から女性に求婚する理由など一つ『真実の愛を見つけたから』だろう」
「……はぁ!?」
思いっきり胡散臭げに見る彼女に対し、にやけるのが止められない。
「ならば私が帝国に帰ってから臣下に下れば問題ない」
「公爵、侯爵、伯爵と複数の爵位を持ってるが、『爵位は伯爵以下で、できたら子爵』か。 流石に子爵は持っていないから伯爵になるが」
「ん? ホラ、婚約解消後の嫁入り先の伯爵が出来上がったぞ、他に何かいるか?」
逃がしたくない、逃がさない、初めて求めた欲しい女、何としても手に入れる。
「帝国貴族は一夫多妻が基本だそうですが」
「いいえ、何人奥様を娶られても構いません」
「これから第二夫人、第三夫人、第四夫人を迎えようとも……いっその事、わたくしを第四夫人あたりでお願いしますわ」
彼女は何を言っているのだ?
第一王子のせいで、男は複数の女性を抱えるものだと思ってしまっているのか!?
「あのアルン殿下、あと一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ、何でも言ってくれ」
何でも言ってくれ、何でもしよう、私は貴女の証が欲しい。
「もしアルン殿下が皇帝になるようなことになったら、わたくしと離婚してくださいませね」
嗚呼、よく分かった肝に銘じておこう。
そんな皇帝位より、真実の愛が欲しいのだ。
とにかく男の不実を払拭するために、彼女からの信頼を得るために、何事においてもクレリットの意志を汲もうと決めた。
帝国に戻ったその足で皇帝と面会し、伯爵として臣下に下り、持っていた他の上位の爵位は弟妹に譲り渡した。
「お前、面白いぐらいに生き返ったな」
と皇帝から腹を抱えるほど大笑いされたが、気にならないどころか、むしろ誇らしかった。
エルドラドン王家では、王家の血を引く者が臣下に下ったり、他家に嫁いだり、家の創始者になる場合、家名の頭に『エル』を名乗る因習があるのは知っていた。
だからザラン伯爵となった私は、クレリットを迎えに行った時『エルザラン伯爵』と名乗った。
彼女の驚いた表情が、徐々に解けて弛んでいく様子がたまらなく嬉しかった。
帝都に到着した翌日には結婚式を行う予定で、準備を進めてもらっていた。
長年、皇家の噂に上っていた大公令嬢を生で見れるのだ、姉妹が異常なまでに張り切っていたから、彼女を迎えるのに何ら遜色ない式の用意はできていたが、あの人達の性格を失念していた。
長姉はクレリットを見るなり
「まぁぁぁ、なんて可愛らしいの、お人形のようだわ」
ザーク帝国は多民族国家だ。
様々な民族が交じり合って優良な体が受け継がれていくので、女性も長身で骨格が大きい。
次姉は
「凄いのね、何種類もの魔力が調和しているなんて」
早速、魔力測定を兼ねた腕輪をクレリットに取り付けていた。
長妹は
「ふーん」
「あの」
「隙が無いのね、もしかして魔力でガードしてる?」
「あっ、ごめんなさい、つい習慣で」
「へぇ、面白いじゃない」
興味を覚えてニヤリと悪辣な笑みを浮かべるのは、本当に勘弁してほしい。
末妹は
「素敵、素敵! これでこそお姫様のお姉様であるべき姿なの」
クレリットの縦ロールを弄んで、キャイキャイと歓声を上げていた。
そして全員一致の発言が
「「「「アルン(兄様)には勿体ないから、わたくしに譲って(りなさい)」」」」
折角の良き日に、一瞬にして四人の敵ができた。
クレリットを得てからの私は、まさに水を得た魚のようだ。
全てが順調で、全てが上手く巡っている。
家族との接し方に、領地の経営や領民との付き合い方。
だがそれらの事を教え気付かせてくれたのは、勿論クレリットだったが。
エルザラン領までついてこようとする、あの姦しい姉妹達を言い含め、納得させた上で帝都に留めた手腕は実に見事なものだった。
私ではとてもとても、尻尾を巻いてこっそり逃げるのが関の山だろう。
今まで自分の回りの事は、全て護衛人達に任せっぱなしで、それで裏切られるのならその時までと思っていた訳ではないが、とにかく全てにおいて関心がなかったのだ。
領地を経営してくれていた代官も、屋敷を管理してくれていた家令も、護衛人達の知り合いだったり関係者だったりしていたらしい。
クレリットからは『人に任せてるのはいいがちゃんと報告は受けろ、諸々に目を通せ、疑問に感じたことは聞け』と叱られた。
そして彼女は私などよりもすぐに代官とも、屋敷の者とも、領民達とも、親しくなっていく。
どうやらクレリットは、長妹よりも人心を掌握する事に長けているようだ。
最もその人心掌握の魔力に一番絡め捕られているのは、他ならぬ私なのだが。
土地がいると探していたので、オアシスの一等地を用意しようとしたら、屋敷近くの荒野の方が良いと言い切られ。
砂漠にゴミを撒くけど止めないでと願われたので、領民を使って大々的に撒こうと言えば、一人でやるから放っといてと釘を刺され。
苗がいるから航路が必要だと考えていたので、港を作ろうと他領地の買収を計画したら、何処の領地でもない寂れた岬に波止場だけを作ってくれればいいと断言された。
いっその事、ドレスや宝石や豪華な品々を強請ってくれればいいのに。
それらを私が捧げて、安心したいのに。
クレリットは物にも権力にも身分にも興味がないどころか、忌避してしまう。
私には何も与えさせてくれない。
それなのにクレリットは砂漠を緑地化して、苗を植えて、農地を作り、航路を開いて、港町に育て上げる。
彼女の足跡がこの地に刻まれるのは、単純に嬉しい。
だが私が一方的に甘受するばかりで、いつかクレリットがいなくなってしまいそうで恐ろしい。
だから臆病な私は毎夜毎夜願いを込めて、最愛の妻と体を重ねる。
早く早く彼女の胎に、ここへと縛る鎖となる者が宿るようにと。
念願叶って生まれた赤子は、金髪緋色の目で私に瓜二つの双子の男児。
正直、クレリットに似た女の子が欲しかったが、それでも我が子は可愛らしかった……三歳位までは。
私と似たのは姿形だけではないらしく、女性の好みも継いでしまったらしい。
我が子が物心ついたころから、新たな敵が二人増えてしまって、しかも勝率と旗色は悪い。
他ならぬ我妻の介入によって、そうなってしまうのは厳しい限りだ。
私には敵が多すぎる。
皇帝は私を揶揄っているだけだし、兄弟には妻に手を出したら寝首を掻く! と本気で暗殺宣言しているのでそこまで愚かではなかろうが、姉妹は隙あらば余計な手出しをしてくるので油断できない。
領地や領地外の者がエルザラン伯爵夫人の英知を求めたせいで、私とのひと時が潰れてしまう事も多々あって参る。
そして最終的には、似通った二人の男子との母の取り合いとなるのだ。
勿論、国を越えた最大の恋敵の存在も忘れてはいないが……。
君の隣を確保するのは中々に難しい、だがそれでも私は死力を尽くす。
水を得た魚が水を失えば、後はもう干乾びるしかないのだから。
それでも、この極彩色の世界は貴女がくれたものだから、心の底から愛おしい。