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これは何エンドですか?

「今帰ったぞ、体調はどうだリット」

「お帰りなさいませ、問題ありませんわアルン」


 屋敷の屋内庭園でゆったりと紅茶を飲んでいたクレリットは、久方ぶりに帰宅してきた夫の唇にキスを一つ。

 アルンはそのまま妻の横に座ると、さりげなく腰に手を回して場所を固定する。


皇帝陛下おとうさまのご様子はいかがでしたか」

「相変わらずだったな。 リットが中央に寄与してくれないのを残念がっているが、君の手腕は誉めていた」

「政権協力は……」

「ちょっ、待った、ちゃんと分っている、だから離婚はしないぞ!」


 抱く腕に力をこめ懸命に言い募るアルンに、クレリットは曖昧な笑顔を返す。


 十年一昔とはよく言ったもので、あの婚約破棄騒動は日々の忙しさにかまけて既に遠い記憶となっている。

 アルンは帝国に帰った直後、クレリットに宣言したように伯爵位以外の爵位を下の弟妹に譲り、帝国の伯爵となってとんぼ返りしてきた。 

 与えられた領地は、オアシスを含む町がある砂漠の経由地、ザラン伯爵領。

 だがアルンがエルドラドン国の因習に倣って『エルザラン』と名乗ったことに、クレリットは驚きつつも嬉しく思ってしまったのは自分でも意外だった。


 エルザラン領に嫁いできたクレリットは、さっそく領地改革に取り掛かった。

 とは言っても、アルンが領地管理を任せていた代官は優秀な人物だったようで、経営自体に問題があるわけではない。

 クレリットが行ったのは土地改革、砂漠の緑地化というやつだ。

 だが所詮は他国から嫁いできた小娘がやる事であるし、大々的にやって失敗してさらに砂漠化したりしたら目も当てられない。

 だから試験的運用として、すく近くの半砂漠化している荒地に、屋敷から出た有機ゴミを撒いた。 

 前世の記憶に『ゴミを砂漠に撒いて農地を作る』とそんな知識があったのだ。

 何でもゴミ自体が、シロアリの餌になり、雨水を含み、飛砂を防ぎ更に受け止め砂が堆積し、中に含まれている種が育つのだという。

 向こうの世界で通用したことが、こちらの世界でも通用するか分からなかったが、上手くいかなかったらそれはその時程度の感覚で試してみたら、一年後にはちゃんと下草が生えるようになっていた。

 下草が生えた場所には低木の苗を植え、ゴミは新しく隣の土地に撒いた。


 そんなことを繰り返して十年。

 今では協力者も得て範囲も規模も広がり、砂漠だった土地が大分緑地化していて、最初の場所ではそろそろナツメヤシの収穫が見込めそうだし、中にはちゃんと農地として活用できている場所もあるほどだ。

 だが今はとある理由で、自分の活動は停止している。


「大体、こんな体のリットと離婚とか、絶対有り得ないからな」 


 アルンは腰を抱く手とは反対の方で、包み込むようにクレリットの腹を撫でる。

 しっかりと固く膨らんだそこには、小さな命が宿っていた。


「まぁわたくしは、今の生活に十分満足しておりますから」

「そっ、そうか」


 クレリットが薫り高い紅茶を口に含みニッコリとほほ笑んでみせると、アルンも安心したように自分の前に給仕された紅茶に手を伸ばす。


「……ですので今更、内乱が起きそうな生国には戻りませんから安心してください」

「っ!」


 声を詰まらせたアルンの視線が、とっさに給仕をしていた侍女とクレリットの背後の大剣を背負った女性の警護人に向くが、侍女はその視線に否の意味を込めて小さく首を振り、護衛人は音が鳴りそうなほど大きく首を横に振っていた。


「情報漏れは彼女達ではありません、父からの手紙にそれとなく書かれていたのです。 アルンが帝都に呼ばれていたのも、その事に関してなのでしょう?」


 エルランス大公の手紙にはこう書かれてあった『剣を廃し竜を推す風あり、暫し見る』と。

 剣も竜も、クレリットが秘密裏に使っていた隠語だ。

 剣はアーサー王伝説の『これを引き抜いた者は王となる』のくだりで、竜はジークフリードの『竜の返り血』のくだり、どちらも元の世界の話。

 いつ父親が自分の隠語を知ったのか、ちょっと尋ねてみたいが……。


「……はぁ、妊娠しているから内密にしておきたかったのだが」

「まぁ、いずれはこうなっていた事です。 十年、持った方ではありませんか」


 実はこの流れもアルンルートの一つにあり、薄々危惧したことではあった。

 アルンと共に領地で暮らしているローズの元にアーサーが亡命してくる、そんな流れ。

 だが流石に、今回その流れは無理だろう。

 今から三年前、エルドラドン王が病に倒れアーサーが王太子として政権を担ったのだが、七年間何をしていたんだ!? と言いたくなるぐらいお粗末なものだった。

 その最たるものが、ザーク帝国との国交を制限したことだろう。

 まさかとは思うが、元悪役令嬢憎しで目が眩んでいるのではないだろうな? と思って少し調べてみたら、その読み通りだったようで頭を抱えた。

 七年間冷遇されていた第一王子と攻略対象者達が、ようやく日の目を見てはっちゃけてしまったらしい。

 以前ならば、東から物の流通がなくなるザーク帝国の方が色々と厳しかっただろうが、クレリットが砂漠の緑地化を始めてから近隣の領地でも真似する所が出てきて、物資の不足はない。

 それとクレリットが個人的に欲しい苗があったので、領地外にあって寂れて放置されていた岬に小さな波止場を作った。

 そこから流通が生まれ、今では小さいながら港町として立派に機能していて、輸出入共々なんの問題もない。

 国交制限は、むしろエルドラドン国の方に不利に働いている。

 北に山、南に海、東に森があるのに、西のザーク帝国と国交を制限して、南の港湾も諸事情により疎遠にしているらしいから、さぞかし王都の物流は悪くなって民の不満は高まっていることだろう。


「それで義父殿は何と? 亡命するつもりなら、屋敷を用意するが」

「領地に留まる気みたいですわ。 中立でどちらに与する気はなく静観するようですが、周囲は父を第二王子派として見ている様子ですが」


 さもありなん、とアルンは頷いて納得する。

 第一王子は、最愛の愛娘と婚約破棄をして貴族令嬢の名誉を傷つけた男。

 それでも七年間『国王とは何たるか』と教育しただろうに、結局は全て徒労に終わってしまった訳だ。

 王が倒れた三年ほど前から、第一王子に距離を置かれていると聞いている。

 大公領は国の南にある港湾だ、そこと疎遠にするなど、首に死刑執行の縄をかけて自分で引っ張るようなものだ。

 つくづく第一王子もあの時の高位令息達も、何をやっているのか。

 それを止める貴族はいないのか? と実力主義の帝国の者としては、そう考えてしまう。

 また第二王子も今の所は静観している様子だが、あの王子が本気を出したら第一王子などあっという間に喰い尽くされてしまうのは、火を見るより明らかだ。

 実際アルン個人からしていれば、第二王子が国を制した後の方が恐ろしい。


「今更、リットを返せなどと言われても応じないがな」  


 確固たる意志を持って、本気でそんなことを心配するアルンに、クレリットは困ったように笑う。


「そんな事、言うわけありませんわ」

「しかし」

「だって、もうわたくしは……」


 クレリットが何事か言おうとしたが。


「「母上」」


 八歳ぐらいの子供が二人、屋内庭園に駆け込んできた。

 金髪の男の子達はアルンとは反対側からクレリットの腰に抱き付き、同じ緋色の瞳で久しぶりに会う男を見る。


「いたのですか、父上」

「父上、帰ってたのですか」

「お帰り、と言う気がないのかお前達は……誰に似たのか」

「勿論、父上にですよ」

「顔も目も、父上そっくりではないですか」

「「少しぐらい、母上の要素が欲しかったのに」」


 拗ねて腰に強くしがみつく双子に、クレリットは微笑ましげに目を細めながらその金髪を優しく撫でる。


「髪質はわたくし譲りですわ、父上の髪はもっと固いですから」

「そうですか、嬉しいです」

「僕、母上の髪が好きです」

「あら、髪だけですの」

「「母上が大好きです」」


 ぎゅーっ、と抱き付く息子達が可愛らしくて頭を撫でる力を強めれば、ぬっと自分の目の前が赤一面になって。


「硬さが違うかどうか触ってみなければ分かるまい、んっ」

「えーっと」


 我が子と張り合って不機嫌そうな顔を隠すことなく晒して、自分の頭を撫でろと要求するのは何処の犬だ。

 頭を引き下げる様子もないので、撫でてやると満足そうに眼を閉じた。


「見苦しいです、父上」

「父上、いい年をして母上に甘えるのはお止めください」

「妻に甘えて何が悪い。 お前達こそ幼子ではあるまいに、母に甘えるのは止めるべきだな」

「母上は僕達の母上です」

「父上こそ甘える妻が必要なら、第二夫人でも第三夫人でも迎えて、そっちに行けばいいではありませんか」

「残念ながら第三子ができるほど、私とリットは仲が良いのだがね」

「……チッ」

「……クソ親父が」


 人のお腹の前で、大人びて言い募る双子の息子と、大人げなく御託を並べる夫。

 そっくりな美形達に争奪されるクレリット。


(あれ、これって逆ハーエンド?)

本編終了、他目線で後二話予定

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