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冤罪かけられたら他力活用したら、何か湧いて出た

半分ぐらいは「自力ガンバ」から流用。

「クレリット・エルランス、貴様との婚約破棄を言い渡す!」


 で、冒頭のアーサーの宣言である。


「私は真実の愛を見出した。 ここにいるローズ・リアン男爵令嬢を、私の婚約者とする」


 周囲を見回し得意げにアーサーは言い放ったが、扇で顔半分を隠したまま何の反応も示さないクレリットを見て、忌々しげに睨みつける。

 その背に庇われたローズが小刻みに震えながらこちらを見ており、傍には取り巻きとなった攻略対象者達が立ち並んでいる。

 彼らも、まるで親の敵でも見るかのような目でこちらを睨んでいた。 


 まるで魔女裁判。


 女一人に、向こうは六人。

 しかも、次期の国を担うべき高位貴族令息達。

 その人物達に敵視されるだなんて、覚悟なくばその威圧感は幾許のものか。

 普通の令嬢なら、耐えられるようなものではないだろう。

 それなのに、紳士な礼節は一体どこに行ったのだ。

 彼らの認識で言えば、自分達は被害者、こちらは加害者。

 しかも自分達の愛してやまない女性を害した、まさに魔女のような存在。

 同じ場所の空気を吸うことさえ、憎らしいと言うところか。


 馬鹿馬鹿しい、こんな茶番は早く終わらせて帰ろう。 


 クレリットは扇を顔から離すと貴族令嬢らしく感情を表に出すことなく、涼しげな表情のままアーサーに向かって静かにそして優雅に、まさに教科書のお手本のような淑女の礼をした。


「婚約破棄とローズ様とのご婚約、承知いたしました殿下。 では父にその様に伝えておきますので、ごきげんよう」


 言うだけ言って、その背を翻したクレリットにアーサーの怒声が突き刺さる。


「逃げるのかクレリット、卑怯者め!」

「ですが殿下、婚約破棄した元婚約者などもういらないでしょう」

「ならん、今から貴様が貴族にあるまじき卑しき奴と知らしめるのだからな」

「卑しい、ですか?」

「大公令嬢という身分を笠に着て、ローズを苛めたであろうが」

「いえ、記憶にございませんが」

「嘘を吐くなっ! ローズが貴様に苛められて、嘆いていることは確固たる事実」

 

 クレリットは再び扇で顔を隠しながら、アーサーの背後に隠れているローズに視線を移す。

 視線の先を確認したからか、取り巻きと化した男達も次々と糾弾の声を上げる。


「泥水を掛けたのだろう」

「ノートを破ったとも聞きましたよ」

「ローズのお母さんの形見のブローチを盗んだんだって? 最低だね」

「ドレスにワインを零して汚しましたね」

「あまつさえ、ローズを階段から突き落としたではないか」 


 男達の怒声がクレリットに突き刺さるが、彼女にひるむ様子は微塵もない。

 一方で皆に庇われているローズは、胸前で手を組み震えながら訴えかけてきた。


「クレリット様、私、一言謝っていただければ、もうそれだけで」


その儚げな様は男達の庇護欲をそそるらしい。


「愛しいローズ、安心するがいい」

「騎士の剣にかけて、お前を守る」

「可愛そうに、怖がらなくとも良いのですよ」

「でもローズは優しいね、謝るだけで許してやるなんてさ」

「神様は、いつも正しい者の味方ですから」


 怯える様子のヒロインを構い倒す攻略者達を尻目に、悪役令嬢は微動だにせず一言も発しない。

 そんなクレリットの振舞いに業を煮やし、男達のボルテージが跳ね上がる。


「貴様、何とか言ったらどうだ」

「無様だな」

「黙して語らずとは愚かなことを」

「やっぱり、アンタがやったんだろ」

「神は全てを見ておられます」


 それでも、クレリットは伏目がちの表情で何も答えない。

 彼女の前世は『君クレ』プレイヤー。

 今ここで何かを発言しようとも、間が悪ければ握り潰されることを知っている。

 そんな風になってしまうかもしれない、ゲームの強制力を一番恐れている。

 だから確実に自分の発言を通すためには……。


「えぇい、忌々しい! 何も言う事がないのなら、泣き喚いて床に這いつくばって、許しでも乞うてみたらどうだ」


 とうとうクレリットの態度に痺れを切らし、アーサーは彼女の扇を奪い取って床に叩き付けた。

 瞬間


「何をしておる」


 威厳のある声がホールに響いたのは、奇跡でも偶然でもない。

 お忘れかもしれないが、今は卒業パーティーの真っ最中で成人の祝いも兼ねたパーティーに、言祝ぐ者が訪れない筈もなく。

 エルドラドン王と王妃、後ろには宰相のローラント卿が続き、護衛としてだろうグレゴリー騎士団長にオリバー魔術師団長、そして一番最後に王弟でありクレリットの父親のエルランス大公が付き従い、ホール中央まで足を進める。

 大公は無表情で内情は推し量れないが、他の親達の態度は何処か挙動不審だ。

 祝いのはずの卒業パーティーが何故こんな修羅場と化しているのか、理解が追い付いていないのだろう。


 声の主を認識した皆は、さっと紳士淑女の礼をとる。

 そんな中、何故ここに陛下が!? と言わんばかりに呆然と立ち尽くしているのは、アーサーとローズその取り巻き達だけだ。 


「よい、皆、顔を上げよ」


 一声で、全員が姿勢を正す。

 王はアーサーの前まで来ると、訝しげな視線を向ける。


「これは一体どういうことだ、説明せよ」

「はい陛下、そこなクレリット・エルランスが、大公令嬢という身分を笠に着て、ローズ・リアン男爵令嬢を悪辣な手段で迫害しておりまして。 そのような者が私の横に並び立つなど、国母になど相応しくないと考え、また迫害にあっても己を律し優しく許そうとする、ローズこそ王妃に相応しいと思い至り、クレリットには婚約破棄を言い渡し、ローズ・リアン男爵令嬢を私の婚約者にしたく申し出ました」

「……ほぅ」 


 自信満々で発言するアーサーに、王のこめかみが引き攣っているように見えるのは、気のせいではないだろう。

 王はゆっくりとクレリットに視線を移す。


「クレリット嬢よ、申し開きがあるのなら言うてみるがよい」

「恐れながら陛下、影の直答を許して頂ければと存じます」

「ふむ、まぁ、それが早かろうな。 良い、許す」


 王がそう言うと、何処からともなくクレリットの側に全身黒尽くめの人影が突然現れ、王に向かって両膝を着いて傅いた。

 黒く染められた薄手の皮鎧に同色のトラウザーズ、コイフでさえ黒色で鼻から下を覆っているので人相どころか男女の区別もつかない。


「影、直答を許す。 他の者からの問いに答えよ」

「はっ、有難き幸せに存じます」


 影の声は、思いのほか高く若そうだった。


「なっ、何だこいつは」


 突然現れた異質な存在に狼狽えるアーサーに、クレリットは溜息を零す。


「王家の血に連なる物には、必ず影が付き従いますの。 身の安全を確保する為と、監督や監視も主な役目ですわ。 影は王、または己が決めた主に絶対服従の者、決して嘘偽りを言わない存在なのですわ」

「知らん、そんな奴は知らんぞ」

「あら、アーサー殿下にもジークフリード殿下にもおられますよ、影。 わたくしは彼女と顔を合わせるのは初めてですが、ちゃんと毎朝毎晩、お早うとお休みの挨拶はしておりましたわ、一方的にですが。 ジークフリード殿下は自分の影と顔合わせして、主と認められたと言っておられましたが」

「ぐっ」


 第一王子である自分が出来ていないことを、第二王子である弟は出来ている。

 それは悔しくはあるが、今はクレリットを下す事のほうが先決だ。


「よっ、よし影とやら、クレリットの非道振りを告白するがいい」

「……」

「何故、何も答えん!?」

「殿下、質問は的確でないと答えにくいものです。 一つ一つ確かめてまいりましょう、最初は何でしたか『泥水を掛けた』ですね、いつ頃のお話です?」


 ジャヌワンはローズと顔を見合わせてから、自信たっぷりに答えた。


「月ノ月三日、下校時間の裏庭だ。 ローズの悲鳴が聞こえて俺が駆けつけた時、彼女のスカートが泥水で濡れていたのだ」

「影、わたくしはその日その時間に何処にいましたか?」

「学園長と生徒会長と一緒に学園長室におられました」

「では、わたくしが『泥水を掛ける』のは無理ですわね」

「はっ!?」


 あれだけ胸を張って言い募っていたのに、一言で一刀両断された事にジャヌワンは言葉をなくす。


「次は『ノートを破った』でしたね」

「星ノ月一日の課題ノート提出日ですよ」

「影」

「その日クレリット様は、お屋敷と王城の往復で、学園には行っておられません」

「なっ!」


 ジルベルは色々言い分を用意していたのだろうが、取り付く島もない答えに唖然とするしかない。


「じゃぁ、ブローチの盗難はどうなのさ。 土ノ月一日、課外授業のあった日。 アンタが一番最後に教室を出たって目撃者もいるんだ」

「影、どうでしたか」

「確かに一番最後に教室を出て、施錠なされていました」

「ホラ!」

「ですがクレリット様は、一度もローズ様の机に近付いたことはありません。 勿論、盗みを働いた事実もありません」

「えぇー」


 ライルは、信じられないといった眼差しでクレリットと影を何度も見比べる。


「さて、次は」

「神の聖名において私が問いましょう」


 負け越している男達の前に、上から下まで真っ白な神の申し子アルラーズが影と対峙するかのように立つ。


「白ノ月十日、淑女の所作の授業で貴女がローズ様にぶつかり、グラスのワインを彼女のドレスにかけたそうですね。 スカートの裾が赤く染まったドレスを、私は見ているのですよ」

「クレリット様が故意にぶつかったのではありません。 ローズ様がクレリット様にぶつかったのです」

「……は」

「動いていたのはローズ様の方です。 クレリット様はその場に留まっておられました」

「……え」


 己の見た光景と予想の行動との違いに、理解が回らないのだろう、短い言葉を唯々繰り返している。

 狼狽えるアルラーズを乱暴に後ろに引き下げ、アーサーが再び前に出る。


「なんと言い逃れしようとも、これだけは誤魔化されんっ! 先月、貴様はローズを階段から突き落としたではないか。 階段下に倒れたローズをこの腕に抱きかかえた感触、忘れはせぬぞ!」


 クレリットは今までで最大の溜息を吐き、影も静かに目を伏せた。


「何だ、何が言いたい!」

「殿下、クレリット様は魔ノ月十一日の放課後、殿下と共に教室におられました」

「貴様、何を馬鹿な」

「他にもご学友がおられました」

「なん……だと」

「ローズ様の悲鳴が聞こえた時、クレリット様は確かに教室におられました」


 アーサーは自分の記憶を振り返る。

 教室にいた事、手洗いに行ったローズが戻ってくるのを待っていた事、廊下からローズの悲鳴が聞こえた事、階段下に倒れていたローズを抱き上げた事、腕の中のローズの視線を追えば階段上にクレリットがいた事。

 それが自分の目に映っていた事実だ。


「では誰が、ローズを突き落としたというのだ!?」


 アーサーの怒声に肩を震わせた影を庇うように、クレリットが半歩前に出る。


「殿下、ローズ様にお聞きになればよろしいのでは?」

「ローズは後ろから押されて見ていないと」

「それでは仕方ありませんわね。 ですが、わたくしでないことはご理解いただけましたでしょうか」

「くっ」

「さて、これで良うございますね。 わたくしがローズ様を苛めていたという事実も、泥水を掛けた事実も、ノートを破った事実も、ブローチを盗んだ事実も、ワインを故意に零してドレスを汚した事実も、ローズ様を階段から突き落としたという事実も、一切ございません」


 クレリットがゆるやかに幕引きを図ったのに、理解も反省も納得もしてない男が声を荒らげる。


「ふざけるなっ、貴様は影とつるんで王族を騙そうとしているのだろう! そうはさせぬぞ」


 アーサーが断言した言葉にクレリットは猫目の眦を吊り上げ、真正面から咎めるような視線を向ける。


「殿下、影は王と主に絶対服従する者。 その事に命と誇りを持っている者達なのです。 それを王族である殿下が否定してはなりません」

「何をっ」


 更に言い連ねようとした時、王がタン!と杖の先で床を叩いた。


「もう良い、分かった。 影は決して主に嘘をつけぬ、王家が代々そう躾けた。 人が息をせねば死ぬように、影が主に嘘を吐くことは死と同意語なのだ」

「しっ、しかし父上、それでは」

「黙れアーサー、しばらく口を開くことは許さぬ」

「……っ」

「さて」


 王はゆっくりとクレリットに顔を向ける。


「クレリット嬢、愚息が色々すまんな。 詫びに何か望みを叶えよう、儂のできる範囲ではあるがな」

「では婚約解消後の嫁入り先を融通して頂けましたら、幸いかと存じます」

「……解消するか、ジークフリードでも駄目か?」

「これほど嫌われてしまっているのですから、今更アーサー殿下の王権のお手伝いなどできませんでしょうし、第二王子殿下の元に嫁ぎましたら、争いの火種となりましょう」

「そうか」


 王は溜めていた息を軽く吐くと、為政者らしく眼光強く己と対面する者を見る。

 絶対権力者に一欠けも臆する様を見せず、毅然たる態度を崩さない者がこの手から逃れてしまうのは非常に惜しい、惜しいが……。


「あい分かった、公爵か侯爵か、それとも好いた男でもおるのか」

「いいえ、おりません。 爵位は伯爵以下で、できましたら子爵ぐらいがよろしいかと存じます」

「子爵? 何故だ」


 大公令嬢が下位貴族に好んで嫁ぐなど、通常ではありえない。

 それこそ好きになった男が子爵だった、としたら分からなくもないが。


「恐れ多い事なので、許されましたら」

「よい、許す」


 クレリットは、ふっとどこか超越したような笑みを湛える。


「政略の駒にされるのはもうたくさん、なのですわ」





「では、私が名乗りを上げよう」

「え?」


 今までになかった声がホールに響いて、クレリットはその主を確かめ思わず目を瞠る。


「アルンでっ……様」


 今ここにいるはずのない人物の登場に驚いて、思わずその名を呼びそうになってとっさに語尾を濁す。


「久しいなクレリット嬢。 直接逢うのは、あの日の晩餐以来だ」


 長身で赤髪に緋色の瞳に褐色の肌、明らかに隣国出身とわかる青年が大公令嬢と親しげに挨拶をしている。

 つまり、それ相応の身分という事だ。

 アルンと呼ばれた男は、クレリットと王の側まで歩み寄ると右手を胸に当て軽く頭を下げで腰を折り、礼の姿勢をとる。


「お久しぶりでございますエルドラドン王、此度は私めの留学の許可を頂きましてありがとうございました」

「確か身分を隠して学園に留学するのを希望していたはずだが、今この場でそれを口にされると言うことは、もう宜しいのかなアルン殿下」

「えぇ、最終的な目的は果たせそうですから」


 殿下、と王が言ったその言葉に周囲にさざ波のように密やかな声が広がる。

 アルン殿下、隣国風の容姿、アーサーがポツリと呟く。


「……ザーク帝国の第三皇子」


 エルドラドン国の西、草原から砂漠地帯を支配する大国、ザーク帝国。

 アルンはアーサーに向き直ると、わざと目線を会わせたまま軽くお辞儀をする。


「第一王子殿下にはお初にお目にかかる。 此度はクレリット嬢との婚約解消、及び新しき令嬢とのご婚約、心よりお祝い申し上げる」

「……」


 お辞儀する時、通常は目線は下げるものだ。

 ただし例外がある、相手にわざと非礼にしたい時に目線を合わせたままにする。

 周囲もそれが分かっていて、そんな不穏な雰囲気を王の一声が払拭する。


「それでアルン殿下、名乗りを上げるとは」

「言葉の通りです、クレリット嬢の結婚相手に私など丁度良いと思いまして……。 第一王子を筆頭にこの国の高位令息達が揃いも揃って、無実の令嬢の名誉を傷付け踏み躙り蹂躙したのです。 彼等はこれから裁きを受けねばなりませぬ」


 裁きのくだりで、アーサーと他攻略者達の顔色が変わる。

 それぞれが父親達の顔を見るが、皆一様に厳しい表情をしていて、ようやく自分達が何を仕出かしてしまったのか実感し始めているのだろう。


「そのような場所では、クレリット嬢も居心地が悪いでしょうし」

「ふむ」


 確かに、第三とはいえ帝国の皇子と大公令嬢との身分は十分釣り合いが取れる。

 クレリット程の優秀な人材を流失させるのは惜しいが、それでも同盟強化に十分釣りが来るものだ、だがそれは。


「陛下、わたくしの望みを叶えて下さるのではなかったのですか」

「そうさの」


 そう、恐らくクレリットは帝国の皇子妃など望まないということだった。

 一方クレリットは、表面は冷静を装っていたが、内心は非常に動揺していた。


 アルン・ザーク、ザーク帝国第三皇子、十八歳。

 配信直後の『君クレ』では物語上、名前が出るだけだった。

 だが褐色の肌の隣国皇子と言う、美味しい立ち位置のキャラクターをモブで終わらせるのは一般クリエーターが許さず、隠し攻略キャラとしてパッチ配信された。

 大体の場合、彼のルートが解放される条件は、攻略キャラ全員の好感度を上げたうえで誰のルートにも入っていない場合。

 こっそりローズを盗み見るが、攻略者達の顔面蒼白具合にオロオロしているだけでアルンの登場に喜んでいる様子はない。

 どうやら彼女は転生者ではなく、故意にアルンルートを狙っていた訳でもなさそうだ。

 アルンルートは細かいパターンもあるが、主は二つ。

 ザーク帝国は女性にも皇位継承権があり、アルンは上に姉二人兄二人、下に弟一人妹二人、第三皇子なのに皇位継承権五位という微妙な立場だ。

 その微妙な立場故に、ヒロインと出会って内政干渉して皇位に就くルートと、ヒロインと共にそのお気楽な立場のまま臣下に下って領地で暮らすルート。

 ただ静かに暮らす方は、ヒロインが逆ハーレムを築くための下準備の様なものだったが。


 だが彼が求婚したのはヒロインのローズではなく、悪役令嬢のクレリット。


 内政干渉して帝国の皇妃になる気なんて更々ないが、領地で静かに暮らすのはゲームからの影響力もなくなりそうで悪くない……勿論、逆ハーはしないが。

 クレリットは暫く考え、アルンと対峙する。


「アルン殿下、先程も申しましたように『政略の駒にされるのはもうたくさん』なので、本心を仰って頂けますか?」

「承知した」

「何故わたくしに求婚されたのですか」

「元々クレリット嬢の有能さはこちらでも話に上がっていた、婚約者との不仲な噂もな。 それで皇帝が『可能ならば連れ帰ってこい』と私に命じたのだ」

「……包み隠さず述べて頂いて、ありがとうございます」


 おおよそ予想通りの答えだった。

 ザーク帝国にも立派な学院があって、そこを修学した皇子が態々こちらの学園に留学する必要性が全くないのだ。

 見分を広げるためと言えば都合の良い言い訳だが、同盟国への諜報と監視は言い過ぎだろうが、何らかの目的があるのは明白だ。

 能力次第で皇帝になれるザーク帝国、隣国の大公令嬢を娶ればそれは大きな力となる事だろう。

 そう、継承権第五位を一気に覆せるほどの。

 まぁまさかあそこまで、正直にぶっちゃけるとは思わなかったが。

 さて、ならばどうやって断ろうかと考え始めているクレリットに、アルンはやや困ったような顔を向ける。


「だが、それはこの国に来るきっかけに過ぎん。 クレリット嬢に求婚した理由ではない」

「はい?」

「己から女性に求婚する理由など一つ『真実の愛を見つけたから』だろう」

「……はぁ!?」


 思いっきり胡散臭げに見るクレリットに対し、アルンはニヤリと笑う。


「最初は乗り気ではなかった、皇帝の命令で仕方なくと言った訳でもないが、隣国への遊学ついでの心持でな。 貴女に純粋な興味を持ったのは、あの晩餐会だ」


 アルンが秘密裏にこの国に留学に来た直後、その事を知っていたのは王族の一部と上位側近の一部ぐらいで、一般には身分を隠していたため王城で祝賀会を開くことはできず、大公が自邸のタウンハウスで小規模な晩餐会を開くことになった。

 大公は城を抜けられなかったため準備の殆は妻がいない以上、女主人の役目としてクレリットが担った。

 隠し攻略キャラである帝国の皇子と親しくなる訳にはいかなかったので、挨拶だけに顔を見せたが後は裏方に徹していたのに、一体どこで皇子の気を惹いたのか。


「クレリット嬢、貴女の手並みは見事だった。 見事すぎて私より先に、護衛の者達を惹き付けたほどでな」

「え?」


 確かに控えていた護衛の人達も屋敷内に招いて、皇子とは別の部屋でだがほぼ同じような待遇で持て成した。

 最初は護衛の人達も仕事があるからと辞退しようとしていたが、大公家にも十分な数の護衛騎士がいることもあり、皇子の許しも受け承諾してもらったのだが、何を惹き付けたというのだろう。


「私は八人兄弟の真ん中で、厳しい締め付けもなく気楽な存在だ。 それもあって警護の者達とは兄弟以上に共に育ち、もはや家族同然。 その家族を貴女は丁重に持て成してくれた」 


 何かを思い出したのか、アルンはふふっと楽しげに笑う。


「私の年のすぐ上で、姉のような女性の警護の者など『何としてでも嫁に貰って来い』と激励をくれたぞ」

「そっ、そうですか」

「それからは度々学園で見かけた、気にもした、学園での色々な噂も聞いた、貴女の賢さも強さも美しさも全て。 そしてこの茶番劇だ、第一王子が貴女を要らないというまでもなく、私はクレリット嬢が欲しい」

「っつ」


 真摯な表情と低めの声でそんなことを言われると、多少は心惹かれてしまう。

 だがここで、絆されてしまう訳にはいかない。


「……ありがとうございます、殿下にそう言って頂けるのは、とても名誉なことだと思います。 ですがわたくしは」

「『政略の駒にされるのはもうたくさん』だな、ならば私が帝国に帰ってから臣下に下れば問題ない」 

「は」

「公爵、侯爵、伯爵と複数の爵位を持ってるが、『爵位は伯爵以下で、できたら子爵』か。 流石に子爵は持っていないから伯爵になるが」

「あの」

「他の爵位は、弟と妹に譲ってしまうか」

「えと、アルン殿下?」

「ん? ホラ、婚約解消後の嫁入り先の伯爵が出来上がったぞ、他に何かいるか?」 

「……」


 そう言われて暫し考える。

 現在の大公領は元々母の家であるランス伯爵領で、そこに王弟が大公として下ったということで、現在は王家の血に連なる者の証として『エル』ランス大公領と呼ばれている。

 第一王子と婚約が決まった時点で、実家にクレリットの居場所はない。

 大公は一代限りでクレリットも家に残らなければ、次代はランス伯爵領に戻ることだろう。

 母方の親戚筋の従兄弟がいずれ領地を治めるために勉強中で、今更自分が戻って婿を取ったりしたら迷惑だ。

 だからどこかに嫁がなければならないのだが、国内の貴族相手だと元第一王子婚約者の傷物高位令嬢など手に余るだろう。

 過分な出世欲溢れる者なら垂涎ものだろうが、権力に絡む事態は懲り懲りだ。


 これは本格的に、帝国の領地で静かに暮らしましたエンドか!?


 ちらりと父親を盗み見る、一瞬だけ視線が絡んでゆっくりと目を閉じられる、どうやら異論はないらしい。

 ならばと王を見ると、こちらには視線だけで笑われた。

 退路は断たれた、だったら前に進むしかない。

 クレリットは諦めにも近い気持ちで、息を吐く。


「では、三つのお約束を頂きたいと思います」

「何だ、たった三つで良いのか?」

「はい、ではまず一つ目、領地経営のお手伝いは出来ますが、帝国の内政には一切関わりません」

「私は一向に構わぬが、皇帝が残念がりそうだな」

「二つ目、帝国がわたくしに監視役を付けるのでしたら、侍女でも従者でも構いませんから目の前で監視してくださいませ」

「何?」


 クレリットは後ろに控えるように立っている影に、一度だけ視線を向ける。


「ずっと天井裏で潜んでいるとか、魔法をかけ続けて姿を消して息を殺しているとか、かなり大変で見ていて気の毒になりますの。 わたくしの精神衛生上よろしくありませんので、堂々と監視していただいて結構ですわ」

「いや、別に監視する気などない、が」

「最後の三つ目、帝国貴族は一夫多妻が基本だそうですが」

「あぁ、心配しなくていい。 私は貴女以外を娶る気など」

「いいえ、何人奥様を娶られても構いません」

「……は!?」

「これから第二夫人、第三夫人、第四夫人を迎えようとも……いっその事、わたくしを第四夫人あたりでお願いしますわ」

「クッ、クレリット嬢!?」


 ザーク帝国はエルドラドン国のように、四方に天然の国境となるような山も海も森もない。

 だから近年まで、戦争と侵略の繰り返しで成り立った多民族国家だ。

 それでいつ当主が、いつ嫡男が死んでしまうか分からない時代、当然の考えとして跡取りの予備は多い方が望ましかった。

 だから貴族は多数の女性を囲うようになり、そして何時しか女性にも爵位の相続が認められるようになった。

 当然の結果として、爵位が許され当主として家督の存続を守れるほど社会に進出している女性達が、か弱い存在であり続ける筈がない。

 愛人や囲われ者といった立ち位置を、いつまでも容認するわけはないのだ。

 また男性の方も強くなった女性に対し、簡単に逃げられてしまう愛人の立場は、些か心許なかった。

 だから自然と一夫多妻となり、第一夫人、第二夫人といった対等の立場へと移行していったのだ。


 で、今でも一夫多妻の習慣が残っているわけだが、いくら対等とはいえ順番が上の方が発言力や権力は発揮できるもので。

 国家権力のゴタゴタに巻き込まれるのももう沢山だが、女同士の諍いに巻き込まれるのもご免被る。 

 自分は静かに領地エンドを目指すから、そっちはそっちで出世街道目指すなりハーレム築くなり好きにしてくれと思う。

 クレリットは、その流れでもう一つ思い至った。


「あのアルン殿下、あと一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、あぁ、何でも言ってくれ」


 苦い顔をしていたアルンの表情が、パッと明るくなる。


「もしアルン殿下が皇帝になるようなことになったら、わたくしと離婚してくださいませね」


 イケメンの鳩が豆鉄砲食らったような形相は、ちょっと面白かった。

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