プロローグ
「自力ガンバ」とほぼ同じで、クレリットの性格と台詞が違うだけなので
読まなくても大丈夫です。
R-15は保険です。
「クレリット・エルランス、貴様との婚約破棄を言い渡す!」
学園の卒業パーティー開始を告げようとした矢先、司会進行の生徒会長の声を押しのけてホール中に響く声で、金髪碧眼まさに貴公子といった眉目好いこの国の第一王子である、アーサー・エルドラドンは自分の婚約者である、大公令嬢に向かって婚約破棄を宣言した。
それは突然であったが、だがある意味、薄々予想がついたものでもあった。
着飾った令息、令嬢がザワザワと遠巻きに取り囲む中、見世物のように曝され婚約破棄を突きつけられたクレリットは、醜聞や動揺などを全く感じさせず見惚れるほどの優雅な所作で扇を使って顔半分を隠す。
『君が恋人ったらシークレット』
略して『君クレ』
無名の素人が作り上げた、フリーソフトの分岐選択型乙女ゲーム。
ヒロインのローズ・リアンは、ピンクブロンドのふわふわカールにピンクの瞳で、小動物のようにまん丸で下がり気味の目と薔薇色の唇を持つ愛らしい少女。
元平民であるが十六歳で珍しい聖魔法の担い手として覚醒し、地方領主リアン男爵の養女となった。
ゲームの舞台はエルドラドン国の王都にある、十五歳から成人の十八歳までの三年間、貴族の子息令嬢が通う半寮制の学園。
ヒロインはそこで十七歳の一年間、学生として寮生活を送る中で攻略対象者と出会い、剣術や魔法、礼法、舞踊、座学の数値などを駆使して、色々な試練や困難を乗り越え愛と友情を育んでいくと言う、ある意味、王道でテンプレな乙女ゲーム。
しかし一種特殊なゲーム性で、そこそこネットで話題になった。
ゲームソースをある程度一般に公開しているので、少々その手合いの知識がある者なら誰でも物語を作ってもよくて、更に追加パッチの要領でネット配信することが出来たのだ。
キャラクターを新しく作ることは出来ないが、既存キャラならある程度自由に動かせたので、それを攻略キャラに仕立てて隠しキャラにしたり、モブキャラに名前と活躍の場をあたえたり、と。
参加人数も相成り、膨大な分岐とエンディングを要するゲームとなっていった。
そんなゲームと似た世界に自分がいると知ったのは、何時の頃だったろうか。
目の前で声を上げる男をよそに、クレリットは遠い眼をしていた。
四歳になったばかりの雨の日、母が死んだ。
いつもベッドに横になっていて、儚げだけどとても優しい人だった。
悲しみのあまり部屋に閉じこもり、ベッドの上で幾日も泣いて過ごしていた日。
覚醒と混沌の間に、おかしな記憶が紛れ込むようになった。
天高くそびえる石の建物、鉄の塊なのに走る箱、浮かぶ箱に、飛ぶ箱。
不思議な映像は、沈んだ泥の中から浮かび上がる泡のように拒否も拒絶もなく、溶け、馴染み、混ざり合う。
わたくしと、あたしが溶け合って、私となる。
それが自分の前世の記憶であり、それに伴い今の世界が前世でやっていた乙女ゲームに似た世界、なのだと知る事となったのだ。
「……いせかいてんせい……」
ポツリと可愛らしい呟きが零れる。
まさか自分が、ラノベのような当事者になるだなんて、夢にも思わなかった。
自分がどういう人物だったのか、家族や身内はいたのか、どうやって死んだのか、そこの所は霞がかかったかのようでよく思い出せない。
ただ三十五歳まで生きたという事実、そして『君が恋人ったらシークレット』のプレイ記憶。
様々な人達によって、次々に配信される物語に狂喜乱舞したものだった。
現状把握の為、ゆっくりと起き上がる。
ベッドに付いた掌は紅葉みたいに小さくて、床につけた足はまるでビスクドールのようで。
大きな姿見で、現在の自分の姿で見で目を瞠る。
寝入っていた所為で、くずれた縦ロールは見事なプラチナブロンド。
泣き腫らして赤くなってはいるが、アーモンド形の猫の目のようなつり上がりぎみの瞳は紫色で、幼いながらも利発そうに整った顔立ち。
……それは。
「わー、あくやくれいじょうのクレリットだー」
と、再び意識を飛ばして現実逃避をしてしまったのは、致し方ないだろう。
悪役令嬢、クレリット・エルランス。
大公令嬢である彼女は、第一王子のアーサー・エルドラドンの婚約者だ。
分かれた王弟の血を再び王家に取り込むための政略だからなのか、物語によっても変わるが、二人の仲は大体がよろしくない。
この辺に、素人クリエーターの底意地の悪さが垣間見えてしまうのは、悪役令嬢に転生してしまった被害者意識だからだろうか。
王子ルートではヒロインに婚約者を横取りされてしまうのは勿論だが、彼女を不当に苛めたとして、軽くて婚約破棄、最高に重くなると斬首と、それこそ不当だと思えるほどの刑罰が科せられるのだ。
また悪役令嬢担当キャラがクレリットしかなれない仕様の為、どの攻略キャラでも大なり小なり関わる事となり、大なり特大なり罰を処せられてしまう。
「やれることはやらなくちゃ、しにたくないし」
いくらこの世界がゲームに似ていて、悪役令嬢の役目があったとしても、たとえよく言われるゲームの強制力があったとしても、自分にとってこの世界は現実なのだゲームじゃない。
未来にある身の破滅など、ごめんこうむる。
前世で嬉々として操作していたヒロインであろうとも、現状では見も知らない彼女の捨石になるだなんて、冗談じゃない。
出来れば王子と婚約しないことだ。
どうせ破棄されるもの、いらないフラグを立てる必要などない。
確か王子と婚約するのは五歳の時、幸いまだ幾許かの猶予はあるはず。
それから、クレリットは尽力した。
アーサーと婚約しないように父親であるエルランス大公に精一杯の我侭を言ったが、彼女が五歳になって半年ほど経った時に、婚約はなってしまった。
だったらアーサーと仲良くしようと試みれば、子供だてらに政略と分かっているからなのか、先代王妃の忘れ形見でチヤホヤされまくって我侭一杯に育ったアーサーからは、色よい反応はなく。
ならば王妃教育で自分の有能さを見せようとすれば、成績優秀すぎで王子から邪険にされてしまう始末。
やる事なす事、逆効果はばつぐんだ。
これがゲームの強制力か。
前世での三十五歳分の下地がある上に王妃教育を施されているのだから、ある意味当然ではあるが、十五歳で学園に入るとますますクレリットの優秀さは花開いた。
礼法に舞踊に座学、魔法や剣術までも成績上位を収めていく。
それに伴い、成績にコンプレックスを抱えているアーサーとの仲は急下降。
人目があるところでさえ、義務で最低限以下の接触しかしてこないのだから、普段の関係など言わずもがな。
そして十七歳、ゲームが開始されヒロインのローズが同じ学年に編入してきて、一ヵ月も経たないうちに、アーサーは実にあっさりと彼女に陥落した。
彼だけではない、クレリットが把握している攻略対象者。
同学年の騎士団長令息、こげ茶に茶目で鍛えた体躯の、ジャヌワン・グレゴリー。
二年生で宰相の公爵令息、藍色の髪に紺の瞳クールで知的系、ジルベル・ローランド。
一年生の魔術師団長令息、深緑の瞳、クリーム色のほわほわヘアーのわんこ系、ライル・オリバー。
学園教師でもあり、王宗教ミクルベ教の神官長で白髪赤目のアルビノ、アルラーズ・ミクルベ、と軒並み総ざらい状態。
そのあまりのヒロインの手際のよさに、魅了の魔法やゲームの強制力、逆ハー狙いの自分と同じ転生者を疑ったとしても不思議はないだろう。
しかし何はともあれ、こうなってしまってはクレリットに出来ることは大してないのが現状で。
アーサーとの仲が良かったなら、忠告も出来ただろう。
ローズと関係が築けていれば、注意も出来ただろう。
クレリットは諦めの溜息を吐いた。
もはやそれらも詮無い状態で、ならばヒロインや攻略対象者に、近づかず、関わらず、全てを静観しながらも取れるべき手段をとるだけだ。
出来るだけ、被害は最小限に食い止めたい。
そう願うだけだ……。