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 王都近郊にある孤児院に麗らかな日差しが降り注ぐ中、子供たちはやってきたエレノアに駆け寄った。

「エレノアさま! こんにちは!」

「皆さんごきげんよう。お菓子を持って参りましたわ。それから、こちらも」

 コレットに目配せして院長に渡したのは、ヴァレンティノ領から取り寄せた木綿の衣服である。

 柔らかな肌触りで着心地の軽い衣服は、通気性も申し分ないため、よく動き回る子供たちが着るのにぴったりだ。

 ヴァレンティノ領では、孤児院であっても皆常に清潔な衣服に身をくるんでいた。綿産業が盛んなこともあり、縫製が甘くなってしまったものなどを寄付することに事欠かないからだ。

 王都では、ジルベルト即位までに政治がきちんと機能していなかったこともあり、エレノアが初めて孤児院を見て回った際に、ボロボロの衣服しか身につけることのできない子供たちに驚いたものだ。

 また治療院にはガーゼを寄付している。孤児院へ訪問しているように、治療院へも時折顔を出して患者へ声を掛けることもある。

 今はまだ政治に疎く、王妃として執務を手伝うことは難しいが、こうした活動で少しでも役に立てることを嬉しく思う。ヴァレンティノ領の宣伝にもなるので一石二鳥であった。


「それでは、今日は何をして遊びましょう?」

 にっこり笑って子供たちを促せば、エレノアの手を子供たちがとって庭へと引っ張る。

「エレノアさま、駆けっこしようよ! この間ジョンに勝ったんだ!」

「あれはたまたまだよ! ちょっと足を痛めてたんだ、俺が一番早いんだよ!」

「エレノアさまはドレスなんだから、走れないよ」

「それに王妃さまは走ったりしないんだよ」

「エレノアさま、また絵本よんで」

「あらあら。皆さん、順番ですわよ」



 男子たちに騎士ごっこをせがまれのらりくらりとかわすベルナルドたちの賑やかな声を聞きながら、エレノアは木陰で女の子のたちに絵本を読み聞かせていた。

「そうして、王子様とお姫様はいつまでも幸せに暮らしたのです。」

 悪魔から愛するお姫様を守るために、剣をとり戦った王子様。愛のちからで悪魔を倒した二人は結婚して幸せに暮らす。ありふれた物語だが、少女たちは目を輝かせながらエレノアが紡ぐ物語を聞いていた。時折漏れる小さな感想に微笑ましくなりながら、物語を読み終える。

「エレノアさまは、お姫さまなんでしょ?」

「うーん、お姫様とは少し違うわね。お妃様、ね」

「おきさきさま…」

 まだ言葉の意味もよく理解していない幼い女の子が、エレノアの言葉を繰り返し、眉を下げる。

「王子さまと、いつまでも幸せになるんじゃ、ないの?」

 可愛らしい疑問にエレノアは、「まあ」と笑みをこぼした。幼い女の子の髪をなでる。

「わたくしは、王様と幸せになるのよ」

「王さまと!」

 パッと笑顔になる女の子。物事を理解する年齢の女の子たちは微妙な表情で目を見合せるのに気づいたが、エレノアは気づかないそぶりで本を閉じた。

 ある程度の年齢の子供であれば、エレノアの夫である国王ジルベルトに複雑な感情を抱くのは仕方のないことであった。直接粛清の光景を見ていないにしろ、大人たちの話を聞き、怯えた態度を見て、感じとっていたはずだ。

 ジルベルトは民のことを思い政治に取り組んでいるが、劇的な変化を望むには王宮の人手は足りず、また即位後一年にも満たない時間は短すぎる。そしてその即位はあまりに苛烈すぎた。

 時折お菓子を携えてやって来ては、遊び相手となるエレノアがその国王の妃で、物語の王子様とお姫様のように幸せに暮らすなどと、想像するのは難しいのだろう。

 苦笑が漏れる。


 ふと、騒がしくなる気配を感じて、孤児院の入り口のほうを見やれば、シスターたちにかしずかれる人物が目にとまった。何かの見間違いかと思ったが、そう広くはない庭で相手の顔もしっかりと見えており、後ろに従える護衛たちにも見覚えがある。見間違いではなさそうだ。

 王宮での装いとは異なり、地味な外套に身を包むその人は、麗らかな陽気の下でも陰鬱な空気を纏うのには変わりない。子供たちの元気な声が響くこの庭では浮いていて、本人もどこか居心地が悪そうに見えた。

 エレノアは女の子に絵本を返し、ジルベルトのもとへ。

「陛下、なぜこちらに?」

 今日は城下の視察に出ていたはずだ。

「予定よりも早く終わったもので、貴女を迎えに」

「まあ! 嬉しいですわ」

 疲れているはずだが、ここで心配を口にするのは止めて、素直に礼を述べる。

「せっかくですし、陛下に子供たちを紹介いたしますわ」

「いえ、私は――――」

「さあ、いらして」

 何事かを言いかけた様子のジルベルトには気づかずその手をエレノアがとると、シスターたちに緊張が走る。何か粗相があってはと考えているのだろう。

 しかしエレノアにはそんな考えはなく、ジルベルトも戸惑いながらもされるがままだ。

 子供たちは何だ何だとひとところに集まり様子を見守っていた。幼い子達は好奇心と見知らぬ大人への警戒心を瞳に表し、年嵩の子達はシスターたちのように青ざめた。

 ジルベルトは上背があり、剣の手練れなだけあってがっしりとしているのが掌からも感じ取れる。見下ろされる子供たちは怖がるだろうと、エレノアはジルベルトの手を引いたまま、その場に膝をついた。手を引かれているジルベルトも自然と、子供たちに視線を合わせるようにして膝をつくことになる。

 息を飲んだのは、大人たちであったか子供たちであったか。

 首斬りの王に膝をつかせるなど恐れ多い。けれどエレノアは、ジルベルトがこんなことで気を悪くする人物ではないことを知っている。意外と気さくで、小さなことには頓着しない性格なのだ。

 エレノアは気にせず子供たちに笑いかけたあと、ジルベルトにも笑いかける。

「陛下、この子達がわたくしの小さなお友達ですわ」

 紫水晶の瞳が並ぶ子供たちを見やれば、数人が肩を跳ねさせた。エレノアは内心で苦笑しつつも、ジルベルトの瞳が穏やかなままなことを認める。

「あちらから、駆けっこの大好きなジョンにルイス、花編みの得意なステイシー、そのステイシーに赤髪を三つ編みにしてもらって上機嫌なアマンダに――――」

 エレノアがそれぞれ反応する子供たちにお構いなしに紹介していく。ジルベルトはそれを止めることはせず、順に子供たちを見やる。始めは怯えの強かった子も、初めて間近で対したジルベルトに、大人たちの噂で聞く人物ほど恐ろしいものを感じないのか、居心地悪そうにではあるが、肩の力をいくぶんか抜いていた。

「――――そして、絵本が大好きなリリー」

 最後に紹介した絵本を抱えた幼い女の子が、大きな瞳を輝かせながらジルベルトを見ている。

「皆さん、こちらがわたくしの旦那様のジルベルト陛下ですわ。みんなのところへお菓子をたくさん持って来ることができるのも、陛下のお陰なんですのよ」

「王さま?」

 エレノアがおどけたように言えば、怯えた様子の子供たちの中で一人、丸い頬を上気させ興味津々といった様子のリリーが絵本とジルベルトを交互に見た。

「ええ、私がこの国の王の、ジルベルトです」

 幼い女の子の視線に、ジルベルトがゆったりと頷く。

 女の子がにっこりと笑った。

「エレノアさまは、この人と幸せになるんだね!」

「ええ、そうよ」

 隣で小さく息を詰める気配がした。脈絡のない会話についていけないのかもしれないと思い、エレノアはジルベルトへ先ほどまで読んでいた絵本のことを教えた。

「そうでしたか…」

 納得したように頷くジルベルト。

「いつも、王妃であるエレノアが良くしてもらっていると聞きます。今後も、彼女が訪れた折には宜しく願います」

 首斬りの王についてよく理解していない幼い子供たちは、リリーとのやり取りを見てどうやらジルベルトが思ったよりも怖い人物ではないと感じたのか、怖々とであるが次々に声を上げる。

「エレノアさまのだんなさまなの?」「王さまって強いの?」「おかし、いつも美味しい! ありがとう、王さま!」「あのね、あのね。エレノアさまとこの間カエルをつかまえたんだよ!」

 子供たちの勢いに戸惑うジルベルトだったが、不意に微苦笑をもらす。

「カエルをつかまえたのですか?」

 面白そうにエレノアに尋ねるジルベルト。少しだけ気まずげに視線を反らす。王妃がカエルを捕まえるなど、王妃教育の教師が聞けば青筋を立てそうだ。

 話を中断させるためでもあるし、いつまでも国王に膝を折らせているわけにもいかないので、エレノアは立ち上がる。何とはなしに繋いだままでいた手に引かれる形でジルベルトも立ち上がった。

「陛下、視察でお疲れでしょうし、そろそろ城へ帰りましょう。」

「そうですね。機会があれば、子供たちには色々と話をうかがいたいものです。」

「あら、それは良いことですわ。子供たちも陛下が遊び相手になってくれるとなれば、貴重な経験となるでしょう」

 子供と朗らかに遊び回る姿が想像できないが、子供たちにせがまれて困る姿を見るのは面白そうだ。話を終わらせるつもりがないジルベルトへ大人げなく小さく反撃してみせれば、彼は優しく微笑むだけに留めるのだった。



 馬車に乗り込むまで終始手を繋いでいた仲睦まじい様子のジルベルトとエレノア。そんな二人に、年頃の少女たちが頬を染めて訳知り顔で囁きあう。

「きっとエレノアさまが首斬りの王の冷たく凍った心を溶かしたのね」

「愛は人を変えるって言うものね」

 どこで覚えたのかと問いたくなるような台詞に、シスターは頭を抱えた。

「貴女たち、どこでそんな台詞を…」

「シスターたちがこっそり読んでる小説で!」

「貴女たち…」


 そんなやり取りは聞こえないまま、エレノアたちは王城への帰路についたのだった。



 

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