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光の罠

「で……俺の娘をここ連れてきてどうするつもりだったんだよ」

 2階の端にあった大きな階段を並んで下りながら、勇者ランバールは魔王ヴィルハーレンに尋ねた。男2人で生死を共にしながら女たちを守り切ったという満足感が、さっきのいざこざなどなかったかのような言葉の端々に表れている。

 魔王は何の隠し事もないという顔をして、一言で答える。

「息子の妻にするつもりだった」

 階段を下りる一行の足が止まった。しばしの沈黙の後、勇者が素っ頓狂な声を上げる。

「何いいいいいい!」

 だが、そこにはもう、非難の響きはなかった。問題は、別のところにある。

 メルスが叫んだ。

「みんな、跳んで!」

 いちばん身が軽く俊敏なメルスが高々と跳躍すると、他の面々もわたわたとそれに従った。ある者は高く跳ぶことができたが、ある者は低く跳ぶしかなかった。

 たとえば、最も体重のあるランバールと、最も高齢のヴィルハーレンである。その足元で、階段が縦にばっくりと割れた。

偽装する階段ステアーズ・ディスガイス……ミミック《擬態》の一種だ」

 冷静に分析するのは、魔王ヴィルハーレンである。

「んなこたあいいんだよ、今は!」

 口を開けた階段に向かって、魔王と勇者は食らいつきやすい脚から落ちていく。その顎を避けて床に転がることのできたサンディが、折れて砕けたスカートの骨組みをかなぐり捨て、スカートを引き裂くのに使った斧で打ちかかる。次に着地したメルスも、スカートを短く切り裂いた剣を構えて斬り込んでいた。

 ランバールが止める。

「やめろ、俺はそいつ知ってる、武器じゃ倒せねえ!」

 言っているそばから攻撃を仕掛けた2人は、見かけより遥かに分厚い皮膚に裂け目を入れただけで終わった。それどころか、その場で盛り上がっては修復される傷口に吹き飛ばされて横転する。

「そいつは回復が速いんだ!」

「早く言ってくれよ!」 

 喚くサンディの傍らで、メルスがふと気づいたようにつぶやいた。

「マルグリッドさんは?」

 彼女たちがしゃがみ込んでいる床の、どこにもいない。サンディがふと、なかなか口を閉じない階段の上に目を遣って、自らもあっと口を開けた。

 無傷のドレスをまとった戦神の尼僧が、ふわりと膨らんだスカート姿で、天より遣わされた御使いに支えられるが如く宙に浮いていたのである。

 いや、正確には、祈りと共に落下している。ただし、目を凝らさなければ分からないほど、ゆっくりと。

「我らが戦神よ守り給え、御もとへと参る鳥ならぬ身で高きより低きへと引かれるは天地開闢以来の定めなれど、しばし時を与えたまえ、われら戦いにてこの苦難を乗り越えんとするものなれば……」

 ランバールやヴィルハーレンも同じことだった。マルグリッドの作り出す球形の聖陣オーリー・オールの中で、階段の顎に向かって無限とも思われる落下を続けている。魔王の分析はいらないと言いながらも、勇者が講釈を垂れられたのは、こういうわけがあったのだ。

 よほど飢えていたのか、階段は辛抱強く口を開けている。祈りの効果にも限度があるようで、3つの身体はその中へと落ちていく。

「何やってんだマリー!」

 騒ぐサンディをなだめるかのように、魔王ヴィルハーレンは短く告げた。

「もうよいぞ……離れておれ」

 だが、それは諦めの言葉でも、死ぬ間際のあいさつでもなかった。聖陣が解かれた瞬間、メルスが叫ぶ。

「逃げて!」

 狭い通路を一目散に逃げていく俊足の少女剣士を追って、サンディも駆け出した。

 その後ろでは、生きている階段が消えてなくなり、魔王と勇者と尼僧とは城の1階の固い床に叩きつけられていた。

 器用に受け身を取ったマルグリッドの傍らで、強かに打った腰をさすりながら勇者は呻く。

「今の、何だ?」

 何事もなかったかのように立ち上がった魔王は、階段が消えてなくなった後を、何か確かめるようにじっと見つめる。

分解消去魔法ディスインテグレイト……相手を塵に変えるのだよ」

「そんな便利なもんがあるんだったら何で今までさっさと使わねえんだ!」

 一気に悪態を吐かれた魔王は、「済まぬ」の一言だけ残して歩き出す。サンディとメルスが迎えに戻ってきたところで、マルグリッドが勇者をなだめた。

「魔法の仕組みはよく分かりませんが、この呪文の効果は修道院で学んだことがあります。詠唱に時間がかかりますし、今までの戦いで迂闊に使ったら、その場にいた全員が巻き添えに……」

「もういい」

 言い捨てるなり、ランバールはヴィルハーレンに駆け寄って詫びた。

「済まねえ……俺が、その息子を」

 それが微かな声だったために聞こえなかったのだろう、メルスが勇者に報告した。

「向こうに、鎧みたいなものが」

 指さす暗い通路の先には、遥か彼方に、ぼんやりと青く光る騎士の鎧姿がある。グレートソードを杖に直立不動の姿勢で立っていた。その傍らには、扉と思しきものがある。話を遮られたランバールだったが、言いにくいことを言わずに済んでほっとしたらしい。目を少女剣士に転じて、首を横に振った。

「どうぞご自由にお試しください……ってなわけじゃあるまい。こういうのは……」

「罠だね、ラン」

 そう言いながら、ドレス姿で斧を担いで歩き出すのはサンディである。危険だとは分かっているのに、もう戦う気でいるのだろう。

「なんかこう、ピカーっとくるのねえかな、マリー」

 暗がりの中でただひとり、魔王ヴィルハーレンの身体だけが燐光を放っている。それは通路を歩くのに足るものではない。だが、戦神の尼僧はきっぱりと断った。

「蛮勇を促すわけにはいきませんので」

「そんじゃ……」

 引き裂いたスカートから逞しい脚を晒しながら、サンディが魔王と勇者を押しのけて駆けていく。マルグリッドは追いかけようとしたが、スカートの骨組みが邪魔になって走れない。少女剣士の俊足が必要だった。

「メルス、お願い!」

「任せてよ、ボクに」

 後を追う後ろ姿を見つめながら、ようやく落ち着いた場で、魔王は口を開くことができた。

「どんな最期だった」

 息子のエイボニエルのことである。戦って倒した勇者にしか尋ねることのできないのが、その死に様だった。ドレスのせいで身動きがとれないのをいいことに、マルグリッドがそこへ割りこんだ。

「私にも……教えてください。若き魔王と、どのように戦ったのか。戦神に仕える身として、知りとうございます」

 ランバールは口を堅く引き結び、うつむき加減に考えていたが、ヴィルハーレンともマルグリッドとも目を合わせることなく答えた。

「言えねえ」

 魔王の声が怒りに震えた。その腰の剣を引き抜かんばかりの勢いである。その気迫にマルグリッドも及び腰になりながらも、何とか手の上を錫杖で押さえて止めることができた。だが、ヴィルハーレンの気持ちは収まらない。

「我が息子の命を奪いながら、それは許さんぞ」

「この目で見てたって、言えることと言えねえことがあるんだよ」

 ランバールも小剣を引き抜いて、狭い通路で魔王と対峙する。動揺を極力抑えた声で、マルグリッドが双方に囁いた。

「いけません、今は」

 そのとき、通路の向こうから悲鳴が聞こえた。サンディの声だった。

「床が! 床があああ!」

 あふれかえる光の向こうに、身体の線にぴったりついた全身鎧を鎧をまとう女戦士と、胸甲と腰甲だけを身に付けた少女剣士の姿があった。マルグリッドが大声で叱りつけた。

「だから言ったんです! そちらへ渡っちゃいけなかったんです!」

 ランバールは忌々し気に毒づいた。

床食い(フロア・イーター)かよ……こんなチャチな罠によくも」

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