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僭王の罠

「なんでそれを先に言わねえんだよ!」

 エントランスからバルコニーに上がったところで、勇者ランバールは魔王ヴィルハーレンに小声で毒づいた。返事はない。ただ、バルコニーの向こうに見える、昼とも夜ともつかない魔界の真っ青な闇の向こうから、おそらく険しい山々を抜けてきたのであろう冷たい風が唸るばかりである。

 2人について歩くマルグリッドの後ろから、メルスがコートの裾をついと引っ張って、仲裁を促した。尼僧は困ったように肩をすくめただけで、答えもしない。メルスはサンディの顔色もうかがったが、そっぽを向かれただけだった。

 ランバールが不満なのは、ソフィエンと親子であることを証すしるしがあることを、ヴィルハーレンが知りながら知らぬ顔を決め込んでいたことである。

「知ってりゃ、あんなムダな斬り合いするこたあなかったんだ」

 確かに、いったんモードレが倒れた後、問答無用で斬りつけたのはランバールである。しかも、知らぬこととはいえ、実の娘の裸身を邪な眼で眺めていたのだから弁解の余地はない。父親の立場としては、できることなら他人のせいにしたくなったとしても無理はなかった。

「ワシにもあの場で言えることと言えんことがある」

 城の中とバルコニーをつなぐ出入り口は、ひとつしかない。

 城の外から見たとき、魔族たちはバルコニーの端の銃眼から絶え間なくクロスボウを放ってきたが、城の中とはそれほど頻繁な連絡もとれなかったことであろう。恐らくは、ありったけの兵士が配置されていたのだ。この城は出入り口を魔法で塞いであるので、まず雲梯うんてい等での侵入を想定していたのだろう。

 そこを通って扉を閉めた魔王は、剣をかざして呪文を唱えた。

「万が一、ここから入れ違いに脱出されんとも限らんしな、モードレに」

 施錠魔法ロックであった。魔法が使えるランバールは、それが分かったのか、口を挟んでくる。

「そんなもん、俺でも解錠アンロックできるぜ」

 自信たっぷりの勇者に、魔王は不敵に笑ってみせた。

「やってみるか? 魔王直々の術への呪文解除ディスペルを……エントランスのようなことになるぞ」

 魔王代々の城を守ってきた魔法の扉を強引に破壊した結果が、魔族全員の失神である。魔法の奥義を極めたわけでもない勇者が沈黙したところで、魔王は壁がどこまでも続く通路を悠々と歩き出した。

 だが、その足は通路が十字路になっているところで、はたと止まった。ここぞとばかりに勇者が揚げ足を取りにかかる。

「あの若造がどこにいるか、見当はついてるのか?」

「実をいうと、皆目」

 しゃあしゃあという老人に、ランバールは噛みつくように食ってかかった。

「テメエの城だろうが!」

「先祖から引き継いだものなのでな、実を言うと、どこに何の部屋があるか、自分でも良く分かっておらん」

 女3人が唖然としたところで、勇者は勝手に通路を曲がった。

「ランバール様、どちらへ?」

 マルグリッドが尋ねると、ぶっきらぼうな答えが返ってきた。

「言い出しっぺの城の主がアテになんねえから、自分で片っ端から部屋あ探すのよ」

「危険です、5人しかいないんですから」

 戦神の尼僧が止めるのも聞かないで、勇者は蛮勇を振るって通路の端にある部屋の扉を開ける。ほぼ野生の勘とでもいうべきものによる判断だが、それがランバールを勇者たらしめているとは限らない。

 この場合、その結果は凶と出た。

「何だコイツ!」

 扉の奥から飛び出してきた、山羊が直立したような姿をした獣がランバールの小剣で仕留められた。エントランスを離れる時、魔族の1人が快く譲ってくれたものだが、短気が招いた危機をさっそく救ってくれたわけである。

 魔王ヴィルハーレンが、苦虫を噛みつぶしたような顔で答えた。

「魔界よりもっと遠い次元に住む怪物だ。邪悪な魔法を使えば、魔界へ呼び出せないこともない」

 その不機嫌さは、魔物を召喚したモードレに対するものであっただろうが、それを仕掛けた罠に引っかかったランバールに対するものでもあっただろう。ランバールはランバールで、きまり悪そうに魔王を促した。

「こういうのが城の中にうようよしてるってことだな。それでもシラミ潰しに全部の部屋を探すしかねえだろうよ」

 ヴィルハーレンも、首を縦に振るしかなかった。諦め混じりのぼやきが漏れる。

「10年も城を空けておれば、このような罠もあちこち仕掛けられていよう」

 魔王の予想は当たった。まっすぐ進んでも通路は折れ曲がり、その突き当りの暗がりからは手足の長いトカゲのような魔物が這い出して来る。それと戦っているうちに部屋の戸が開いて、槍と楯で武装した半人半蛇が飛びついて来たりもする。それをメルスの神速の剣とサンディの斧が撃退しても、十字路に戻れば別の獣人が何体も行く手を阻んでくるのだった。

 魔王のコートを借りたままのマルグリッドが、戦神の錫杖が放つ閃光で目くらましをかける。あとの4人がそれぞれの武器で切り捨てて突破した先に見えるのは、また通路を挟んだ扉だった。

 サンディがイライラと叫んだ。

「ああ、キリがないぜ!」

 だが、一方の扉を開けたところで、その態度は変わった。

「見ろよ、これ!」

 そこにあったのは、何着もの貴婦人用の衣装だった。さっきまで雄叫びを上げて大斧を振るっていた女が、急にはしゃぎ出した。

「なあ、なあ……着ていいだろ? オレたち、裸なんだし……」

 それを言われては、男2人は反論できない。無言でうなずくと、メルスとマルグリッドはちょっと顔を見合わせただけで、先を争うようにして中に飛びこんだ。

 魔王と勇者は、2人して淑女の着替える部屋を守るという、至極真っ当な任務に就くことになったわけである。

「ああ、もったいねえ、いい目の保養だったんだがな」

 不満たらたらのランバールだったが、そこには当然ともいえる報いがもたらされた。 

 正面の扉が2つ開いて、狼に似た獣人が大鎌を手に襲いかかってきたのである。

 2人まとめて喉笛を掻き切ろうとするかのように交差する刃は、一瞬で空を切った。身体をすくめた魔王と勇者に頭上でやり過ごされ、胴体を剣で貫通される。

 女3人がそれぞれ、スカートに骨組みの入った裾の長いドレスで現れたときには、戦いは終わっていた。

 床に転がった2体の魔物を見下ろしながら、戦神の尼僧マルグリッドが恥ずかしげに言い訳した。

「こういうのしか……なかったんです。あ、あの、これ……ありがとうございました。」

 差し出したのは、魔王が来ていたコートである。そこで返ってきたのはもちろん、あの一言である。

「ワシの瞼には、亡き妻の面影が……」

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