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夕食

作者: きつね

佐保は台所で夕食の準備をしている。

夕日の差し込む窓が静かに優しく部屋の一部をオレンジ色に染めている。慣れた手つきでいつも通り食事の仕度をする佐保は、パート帰りで少し疲れているように見える。今日の夕食は、ご飯・味噌汁・秋刀魚の塩焼き・大根の煮物にすることにした。ご飯は一番最初に炊き始めてあるので、今は味噌汁の材料である葱や豆腐・わかめと、大根の煮物のための大根を切っている。もし、家の裏の台所に面した路地裏を歩く人がいたら、包丁の音とオレンジ色の住宅街の中で、ある種のぬくもりのようなものを感じるだろうと思う。佐保は材料を切り終えると、味噌汁のための鍋に水をいれ、大根の煮物の鍋には軽量カップや軽量スプーンで測りながら、水・醤油・酒・みりん・砂糖・ゴマ油をいれて、火にかけた。次に、秋刀魚の下準備に入った。佐保の父親は少し変わった人で、秋刀魚にはたくさんの塩をかけて食べるのが好きだった。昔、手伝いをしたように、秋刀魚にたくさんの塩をかけるとグリルの上に置いて、火をつけた。

隼斗は恐らくもうすぐ遊びから帰ってくるだろう。近所の友達と遊ぶのが好きでいつまでも遊んでいるので、暗くなる前には帰ってくるように伝えてある。まだ小さい隼斗が一人で帰ってくることに若干の不安を感じながら、自分も小さいころは友達と遊ぶのが好きだったな、と考えていた。自分が小さいころはスマホなんかなくて、外に出てしまうと家族と連絡を取るのは大変だった。それが、今はなにかあれば隼斗から電話がはいるとわかっているので、安心していられる。子供が元気でいてくれることに感謝しながら、沸騰してきた味噌汁の鍋に具材を入れ、大根の煮物の鍋は中火にした。あとは、味噌汁の具材が柔らかくなったら、だしと味噌を入れて完成する。大根の煮物も秋刀魚も、出来上がりを待てばいい。隼斗はおいしいと言って食べてくれるだろうか。楽しみと少し不安な気持ちで、夕食の仕度をあらかた終えた。


「ただいまー。」

佐保が玄関が開いた音がすることに気付くのとほぼ同時に、隼斗の元気な声が聞こえた。「おかえりー。」と返事を返す。食事の仕度が終わり、リビングでテレビを見ていた佐保は、返事を返すのを合図に台所へ食事をお皿に盛りにいった。ご飯と味噌汁は、隼斗が食べきれるように隼斗の分は盛りすぎないように気を付けて、お互いの食器にご飯と味噌汁を盛り付ける。秋刀魚は少し多いかもしれないけれど、一尾ずつある。盛り付けが終わると、リビングへ食器を運び始めた。リビングへいくと隼斗がランドセルを下しただけの姿で、佐保が先程まで見ていたテレビ番組をじっーと見つめていた。

「隼斗、テレビを見る前に手を洗ってきて。」

「はーい。」

そう答える隼斗はテレビから目を離さない。

「ねえ、そう言ってる内に忘れるんだから、早く行ってきて。」

もう一度言うと隼斗は仕方なさそうに立ち上がって、テレビの続きが気になるのか、急いで洗面台のほうに走って行った。隼斗が手洗いから戻ってくると、既に夕食の仕度が整っていて、ダイニングテーブルの上には二人分の食事が並んでいた。隼斗はテレビを眺めながら自分の椅子へ向かうと、子供には少し高くて大きい椅子を両手で後ろに引くと、少しジャンプしながらぴょんと座った。

「いただきます!」

隼斗は大きな声で言うと、自分の子供用の飛行機が描いてある箸をつかんで、ご飯を食べ始めた。隼斗はもう小学生になるけれど、まだ箸の持ち方が少し間違っている。佐保はそれに気付いても食事の雰囲気を崩したくなかったので、まずは今日の出来事から聞いてみることにした。

「ねえ、今日はなにして遊んできたの。」

佐保は、話を誘うように楽し気なトーンで尋ねた。

「かくれんぼしてきた!」

隼斗も、友人と遊んできた熱が冷めない様子で答える。

「あら、今日は雄太君のお家に行ってきたんじゃなかったの。」

「雄太君の家の近くでしてきた。速水君や聡君もきたんだよ。」

「そう、楽しかった?」

「楽しかった!僕、一番隠れるのがうまかったんだよ。雄太君が鬼のときに、見つからないからもう出てきてほしいってお願いしてきたんだ!」

隼斗は、食べながら自慢気に言う。

「それはすごいわね。かくれんぼの才能があるんじゃないの。」

佐保も、本当に驚いているように答える。

「うん、あると思う!だって、20分以上も見つからなかったんだから。」

「すごいわねー。そういえば、今日は達也君はいなかったの。」

「達也君はね、最初はいたんだけど、かくれんぼなんてしたくないって、ゲームがしたいって家に帰っちゃったんだ。」

佐保の質問に、隼斗は急にトーンを落とした。

「あら、それは残念ね。」

「ううん、全然残念じゃない。だって、達也君はゲームがしたかったんだもん。かくれんぼなんて出来なくても全然残念じゃないんだ。」

言葉とは裏腹に少し残念そうに見える。

「でも、いなかったのは寂しかったでしょ。」

「ううん、僕ね、達也君をかくれんぼに誘ったの。でもね、あいつ、俺はそんなのやりたくないって言ったんだ。」

「そうだったの。」

佐保も悲しそうに答える。

「せっかく誘ってあげたのに断るし、しかもその後なにも言わないで帰っちゃった。もうあんなのとは遊ばない。二度と誘わない。」

「こら、あんなのって言い方はやめなさい。」

佐保はたしなめるように叱りつけた。

「だって、あんなのなんだもの。」

隼斗は反抗的にセリフを吐き出すと、再び箸を動かして、秋刀魚の塩焼きに手を付けた。

「お母さん、これちょっとしょっぱい。」

「あら、ちょっと塩をかけすぎたかしら。」

佐保は、先程たしなめたときとは打って変わって申し訳なさそうに言った。

「前もこうだったじゃん。」

「ごめんね、私かけすぎてしまったかしら。でも、これでもおいしいじゃない、食べて。」

「やだ。」

「いいじゃない、せっかく作ったんだから、食べないともったいないでしょ。」

「やだ、お母さんが食べれば?」

隼斗は冷たくそう言うと、ご飯と味噌汁と大根の煮物だけ食べ始めた。佐保は叱りつけて食べさせようか迷ったが、「次はちゃんと食べるのよ。」というと、秋刀魚を自分のほうへ引き寄せた。

「ねえ、達也君はなにかとってもやりたいゲームがあったのかもよ。一回帰っちゃったからってそんなに言わなくてもいいじゃない。この前は達也君が持ってきてくれたサッカーボールで遊んだって言っていたでしょ。」

「でもやだ、もう達也君とは遊びたくない。」

隼斗はそう答えると、まだご飯が残っている口で、残りの味噌汁を飲み干した。

「ごちそうさま!」

佐保はまだ食事を半分程終えたところだったが、隼斗はお構いなしに空になった自分の食器をキッチンの流し台へ片づけに行った。取り残された佐保は、友人に怒っている我が子になんと言ってやればよかったのか、テーブルの上の二尾の秋刀魚を見つめながら考えていた。


隼斗はいつも食事が終わると二人が寝ている寝室で遊んでいる。

佐保は一人きりで残りの食事を食べ終わると、残った料理にはラップをつけて、空の食器と一緒にキッチンへ片づけのために持って行った。片づけが終わると、テレビを消して、寝室へ移動した。ふすまを開けて中を覗いてみると、隼斗は疲れていたのか、珍しくもうパジャマに着替えて自分の布団で右向きで寝ていた。佐保は、ぐしゃぐしゃになって隼斗の体の半分も覆っていない毛布を、隼斗を起こさないように気を付けながら静かに正した。

『今日はもう疲れたな。』

佐保は、隼斗の横に向き合いながら寝転んで、自分の体を休めた。

『寝顔はかわいいのになー。』

そう思って、右手で隼斗の前髪をかき上げようとした瞬間、隼斗が軽く頭を動かしながら目を開けた。

「あら、起きてたの。」

「うん、お母さんが来て目が覚めた。」

隼斗が寝ぼけた声で答える。

「起こしてごめんね。」

その声に合わせるように、佐保も優しい声で返す。

「いいよ、お母さんも、もう寝ようよ。」

恐らく本気で言っているわけではない子供の誘いに、佐保は一瞬考えてから、

「ううん、寝ない。」

と答えた。

「せっかく誘ったのに。」

隼斗は不満そうだ。

「だって、隼斗も私が作った秋刀魚食べないじゃない。」

佐保も負けじと答える。

「だって、あれはちょっとしょっぱかったから。」

「でも、せっかく作ったのに、ひどいじゃない。」

「お母さんがしょっぱく作らなければいいの。」

「そう、それにまだ私は寝る時間じゃないもの。」

佐保はそう言うと、思い付いたようにこう言った。

「じゃあ、こうしない?次から、私がちょっと失敗しても隼斗がご飯を残さず食べてくれたら、私もちょっと早いけどもう寝てもいいよ。」

「なにそれ、全然関係ないじゃん。」

隼斗はまた不満そうだ。

「関係あるの。」

「ない。」

「あるの。」

「んー、お母さんよくわからない、もう、それでいいよ。」

隼斗が先に折れて、笑いながら言った。

「ありがと。」

佐保がそう答えると、隼斗はすぐに目を閉じて眠りに戻った。

佐保にとって寝るにはまだ早い時間だったが、隼斗の寝顔を眺めながら、朝まで眠りについてしまった。



テーマは母親の教育です。

自分の好意が無駄にされたことに対しては怒っているが、

同時に母親が用意してくれた夕食を食べない子供に

母親が、あなたが私の好意を受け止めてくれたら、私もあなたの好意を受け止めてあげるよ

と教えます。

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