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それから数日ほど、調べ物のために書庫の本を読み漁ったり一通りの熟考を終えたルミナリエは、自分一人では解決できる問題ではないと感じ早々に人に頼ることにした。
現在の後宮で頼れる相手と言えば、ヴィクトールを除けばただ一人――エドナ・グランベルである。
(エドナ様は私よりも社交界に詳しいようだったし、私に対して優しいというか、尊敬の眼差しで見ている感じだから、適任よね)
ルミナリエに予想通り、エドナは茶会に誘うと二つ返事で了承してきた。
茶会のために、ルミナリエは後宮メイドたちに頼み薔薇園に菓子や茶器を運んでもらうことにする。
後宮では自由に茶会を開いていいことになっているが、自分で開くのは初めてだったのでルミナリエはなんだかドキドキした。
後宮側が用意してくれた茶会会場は薔薇園のど真ん中だ。そこに椅子とテーブル、テーブルの真ん中に大きなパラソルが立てられ、繊細な薔薇のレースがパラソルから天蓋として垂れ下がっている。
随分と凝った美しい茶会会場だった。
(これなら大丈夫そうね)
ルミナリエはこくこくと頷きつつ、エドナを待つ。
それから少しして、エドナは来た。
エドナ本人だけでなく、他の令嬢たちも二人ほど連れて。
エドナだけだと思っていたルミナリエは、少なからず驚いた。
「申し訳ありません、ルミナリエ様。ですがルミナリエ様に、是非ともお二人を紹介したかったのです」
「いえ、問題ありませんわ。皆様、どうぞお座りくださいませ」
「ありがとうございます、ルミナリエ様」
「し、失礼いたしますっ」
席に着いた四人は、早速自己紹介をした。
一人目は、金髪の巻き毛にルビーのようなつり目をした気の強そうな少女、アゼレア・ベサント侯爵令嬢。
もう一人は、黒髪に瑠璃色の瞳をした気の弱そうな少女、リタ・フレイン子爵令嬢だ。
エドナはにこにこしながら、二人のことを説明してくれる。
「お二人は家族ぐるみで仲良くさせていただいているわたしの友人で、ルミナリエ様の武勇伝をお話したら是非ともお会いしたいとのことで、連れて来てしまったのです!」
「………………私の、武勇伝、ですか?」
何やら嫌な予感がする。
ルミナリエはたらりと汗を流しながら、椅子を少し引いた。
すると、アゼレアが燃えるような瞳を輝かせ、身を乗り出してくる。
「そうです、そうなのですわ! わたくし、ルミナリエ様のお話を聞き居ても立っても居られなくなってしまいまして!」
「ま、まぁ。そうでしたの、ね?」
「ええ、ええ! だって、わたくしも同じなんですもの!」
「……え」
「戦うの、大好きですの! あ、と言いましてもわたくしは、物理攻撃の方でなく魔術攻撃の方の話なのですけども。ですから、ルミナリエ様とお友達になりたいと思いましたのよ!」
まさかまさかの展開だった。ルミナリエ以外に破天荒な令嬢がいたとは。
ルミナリエは思わず、リタの方を見てしまった。
「もしやリタ様も、アゼレア様と同じ理由で……?」
「え……え、ええっ⁉︎ ち、違います!」
リタは顔を真っ赤にして頭をぶんぶんと横に振る。
「あ、あたしは、そのぉ……ちょうど今読んでいる小説に出てくる主人公が……男装の麗人でしてぇ……」
「……は、い?」
「ええっと……好きなんです、男装の麗人とか、強い少女とか……」
場に沈黙が広がる。
エドナが、一際明るい声で手を叩いた。
「さ、さぁ! お茶会、始めましょう! それで、ルミナリエ様はわたしに何をお聞きしたいのでしょうか?」
エドナの後押しに押され、ルミナリエは辿々しくも聞きたかったことを述べた。
「えっと……王太子妃という立場について、どうお考えか聞きたかったのです。せっかくですので、エドナ様以外の方にもお聞きしたいですわ」
「……王太子妃、ですか?」
「はい」
三人が顔を見合わせ、目を瞬かせる。
一番に口を開いたのはアゼレアだった。
「わたくしは、国民の模範になるような女性だと思っておりましたわ。だって次代の王妃になるのですもの。女性たちの見本になるような貴族女性にと、昔から教育されてきましたしね」
「なのに、斜め上の道に行ってしまったんですね……」
「うるさいですわ、エドナ」
アゼレアは頬をぷくぅ、と膨らませてそっぽを向く。大人びた彼女が子供っぽい態度を取るのは意外だったが、なんだか可愛らしかった。
そんなアゼレアを笑いながら、エドナが人差し指を顎に当てる。
「わたしは、母のように慈悲深い女性、でしょうか。ほら、殿方たちが戦いに出ている間、民草を守るのはわたし達ですから。ですから慈悲深く、民草に分け隔てなく接することができる聖女のような存在だと考えていました」
「エ、エドナさんは、まさにそんな感じ……ですよね」
「あら、ありがとうございます、リタ」
「その優しい性格が災いして、変な男に好かれてしまいましたけれどね」
「……やめてください、アゼレア。嫌な思い出なんですから……」
「ふふふ。彼に好かれたのは、そんな理由からだったのですね」
「も、もう! ルミナリエ様までわたしをいじめないでくださいっ!」
涙目のエドナを見て、三人は揃って笑う。
アゼレアとリタの分の紅茶と茶菓子も届き、四人の会話はさらに盛り上がっていった。
「えっと、次は、あたしですね。あたしは……正直、あんまり考えてませんでした。だって、ほぼ選ばれないって分かってましたから……」
「まあ。リタったら選ばれただけでもすごいのに、どうしてそんなに自虐的なんですの?」
「あ、あのですねぇ、アゼレアさん。あたしの家は、無駄に歴史が長いだけで、今はそんなにすごくないんですよ?」
リタの意見を聞き、ルミナリエも内心頷いていた。
(同感だわ。私もまさか選ばれるなんて思ってなかったから……)
ルミナリエは思わず遠い目をする。
すると、エドナがうーんと唇に指を当てた。
「恐らくですけど、わたしたちよりも他の方のほうが、そういうことに詳しいのではないかと思います。たとえばほら、ブリジット様とか」
「そうですわね。マクディーン侯爵家は軍事関係で代々国に貢献してきた家系ですもの。侯爵閣下はかなり厳しい方だと聞いてますから、王太子妃とは何か、また王妃とは何か。そういった教育をかなり受けていると思いますわ」
(ブリジット・マクディーン様ね……)
ルミナリエは、ブリジットの姿を思い浮かべる。
ブリジットは、赤毛の髪にアーモンド色のつり目をした気の強い令嬢だ。今回集められた令嬢たちの中でも一番背が高く気位が高かったので、よく覚えている。かつかつという神経質そうな足音を聞くたびに、ブリジットが歩いているのだなぁとよく思ったものだ。
ちなみに、ルミナリエの存在は全く眼中に入れておらず、彼女が主催する茶会に入れてもらうこともなかった。
「まあわたくしとは、全く気が合いませんけどね!」
アゼレアが満面の笑みを浮かべ言い切ったのを見て、ルミナリエを含めた三人は笑顔のまま口をつぐんだ。触れてはいけないと、直感的に思ったのである。
しかし三者三様の意見を聞き、少しだけビジョンが固まってきた気がした。
(王太子殿下は私に、強さだけでなく王太子妃としての品位を求めているのだと思う)
その品位とは、王族女性が今まで行なってきたものだろう。それは、アゼレアの言うように国民の模範となる女性であり、エドナの言うように聖女のように慈悲深い女性だ。
しかしそこに「強さ」を加えるとなると、途端にイメージが曖昧になる。
(こうやって話をしても全く分からないしイメージが固まらないのだけれど、どうしたらいいのかしら……というより、今までの歴史をぶち壊すようなものなのだから、私では役不足なのでは?)
顎に手を当て、悶々と考えていると。
「ところでルミナリエ様は、どうしてそんなことをお聞きになられたのかしら?」
「……えっ、そ、それは……」
アゼレアからまさかの質問をされ、目を泳がせた。
(そうよね、普通は気にするわよね……)
しかしなんと言ったらいいのか分からず、口を開閉させる。
すると何を思ったのか、リタが顔を赤らめた。
「ア、アゼレアさんっ! それは、聞かぬが花というものですよっ!」
「な、なんですの、リタ。わたくしは純粋に……」
「……はっ」
今度はエドナが頬を赤く染め、アゼレアの腕をペシペシ叩いた。
「そうですよっ、アゼレア! そういうのは、黙って感じ取るものですっ!」
「黙って感じる、ですの? どういう……いや、もしかしまして……アレ、ですの?」
「いやいやーアゼレアさん。それしかないでしょうっ」
「……あの、お三方。一体何を理解されてしまったのでしょう……」
何も言っていないはずなのだが、勝手に話が進んでいる。
すると、リタがぎゅっと手を握ってきた。
「大丈夫ですよ、ルミナリエ様っ! 男装の麗人の王宮恋愛ものが流行っているのと同じように、最近はそういう女性も許容され始めていますからっ! むしろあたしとしては、ルミナリエ様と王太子殿下がくっついて、それ系の小説が大量に流行ることを希望しますっ! というか、流行らせてみせます!」
「欲望に忠実ですのね⁉︎」
「伝手がありますから、その辺り余裕です!」
先ほどまであんなにも大人しかったのに、まさかこんなにガツガツした性格をしているとは。
(そして実際に婚約する流れになっているから、否定しづらい!)
それからも三人の追求は続き、ヴィクトールとの恋愛話だけでなく領地での武勇伝やそれ以外の話にも発展していくことになる。挙句アゼレアからは勝負をする約束を取り付けられ、リタからは本を借りる約束をしてしまった。
ルミナリエが真実を頑なに語らない中、三人は各々の訊きたいことを聞き終え、大変満足した様子で帰っていったのだった。