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 決闘から数日後。

 ルミナリエは遠出用の動きやすいドレスを着て、馬車に揺られていた。


 もちろん一人ではない、侍女のレレリラも一緒だ。

 しかしもう一人、馬車には乗っている。


 それは――


「……あ、の。ルミナリエ、さま。あたしはどうして、一緒に馬車に乗っているのですか……?」


 白髪白目をした少女――デジレ・ツァントである。

 彼女は車内のソファに腰掛けつつも、かなり縮こまった様子だった。どうやらかなり萎縮しているようだ。


(ヴィクトール様との婚約発表をした後から、この調子なのよね……)


 新聞でも大々的に報道されていたし、町中などでは民衆たちが大騒ぎだ。貴族たちからの感触はそこまで良くないものの、王都民たちからしてみたらルミナリエは救世主であり、物語の中から出てきた主人公のように見えるらしい。リタが言っていた男装女性の本を書いている作者は割と有名で、熱烈なファンがいるようなのだ。


 おかげさまで、ルミナリエの人気はうなぎのぼり。そんなルミナリエを婚約者にしたヴィクトールへの好感度は上がった。もともと人気だった王太子人気がさらに上がるというのは、嬉しい誤算というやつだろう。

 その代わり、デジレとの距離が開くというなんとも言えない展開になっている。


(少し近づけたと思ったのだけれど……)


 実際、デジレはだいぶベルナフィス家での生活に馴染んでいた。名前を呼び捨てにして呼んでも、嬉しそうに駆け寄ってくるくらいには仲良くなったはずだったのに。

 これからのことを思い心配になりつつも、ルミナリエは答える。


「内緒。着いたら分かるわ」


 それっきり口をつぐめば、デジレも黙る。肩をすぼめて馬車の端に寄るその姿を見て、ルミナ

 リエはこっそり肩を落とすのだった。


 それからしばらく馬車は走り――止まる。

 従者がドアを開けてくれ、ルミナリエたちは馬車から降りた。


 風がふわりと吹き、ルミナリエの銀髪をさらっていく。

 目の前には、見渡す限りの原っぱが広がっていた。

 ちらほらと野花も咲いており、緑とのコントラストが綺麗だ。今日は晴天だったため、ちょうど良い行楽日和である。


「……綺麗なところね、ビザリア平原って」


 ――そう。今回来た場所は、ビザリア平原だった。

 ルミナリエのつぶやきを拾ったデジレが首をかしげる。


「ビザリア平原、ですか……?」

「そう。でも用があるのは、もう少し先なの」


 従者に少し待つように伝えてから、ルミナリエは日傘を差して原っぱを歩く。その後ろにレレリラに急かされたデジレが続き、最後尾にレレリラが付いて行った。

 ルミナリエはポケットから取り出した地図を眺めつつ、あーだこーだ言いながら目的地に向けて歩いていく。


 目的地を告げられないまま歩かされていたからか、デジレが痺れを切らし少し強い口調で聞いてきた。


「……あ、の、ルミナリエさま……どうしてあたしを、こんな場所に……っ」

「……あ、着いたわ。ここ。ここに用があったのよ」

「え? …………あ……」


 困惑げに声をあげたデジレが、ぽかーんと口を開けたまま目を見開く。

 そこには――紫色の花畑が広がっていた。


「これ……全部、スミレの花?」

「ええ、そう。ここ、毎年春になるとスミレが咲くことで有名なスポットなんですって。そしてね……ここに、ヨアンさんは大切な証拠品の入った箱を隠していたの」


 そう。あの暗号に記されていた『ファイルヒェン』には、もう一つの意味があったのだ。それに気づいたのはフランシスだった。


『ファイルヒェンは、すみれという意味ですよね? ……そういえばビザリア平原には、すみれの群生地があったはず』


 婚約発表パーティー当日、その可能性に辿り着いたフランシスたちが探した結果、見事箱を見つけ出した、というわけだ。

 ファイルヒェンがベーレント帝国の言語だという点といい、ヨアンは各所にヒントをちりばめるのが好きだったようだ。いや、ある意味用心深いとも言えるかもしれない。


「……ヨアン、が?」

「そうよ。私、ここにデジレを連れて来たかったの。きっとそれを、ヨアンさんも望んでいたと思うから」


 ルミナリエはポケットから、あるものを取り出した。

 それは小さな木箱だ。それをそっとデジレに差し出すと、彼女は恐る恐る箱を開ける。


 中には、メッセージカードと銀色の指輪があった。

 しかしただの指輪ではない。少し歪なすみれの花が彫られた指輪だった。

 メッセージカードには一言。


『デジレ、愛してる』


 そう綴られていて。

 それだけあれば、誰が書いたものなのか一目で分かるだろう。


「こ、れ……ヨアン、が?」

「そうみたい。調べてみたらその指輪、自分で彫ったのですって。……すみれの花には、何か意味があるの?」


 デジレは少しの間、指輪をじっと見つめていた。

 しばらくして、唇を震わせながらつぶやく。


「あたし……すみれの花が咲く頃に、生まれたんです。それにすみれは……私が一番好きな、花、だか、らっ……」


 デジレは指輪を持ったままその場に崩れ落ち、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。

 ルミナリエはそんなデジレと目線が合うように、両膝をつく。そしてそっと日傘をかざした。


「ねえ、デジレ。一つ、提案したいことがあるのだけれど。……あなた、私たちと一緒にベルナフィス領に来ない?」

「……え?」

「ベルナフィス領には、私と同じ銀髪をした人が多いの。そこでだったらあなたの白髪も目立たないと思うし、我が家でメイドとして働いてもらうこともできるわ。お父様もお母様も、あなたが望むのであれば雇うと言ってくれてる」

「そん、な。そんなことまで、してもらうわけには……」

「……だったら、ここで一人静かに暮らすの? ヨアンさんもいないのに、ビクビク怯えながら?」

「っ!」


 ルミナリエがそう言うと、デジレは肩を震わせながら俯く。

 それでも何か言おうとしたとき、レレリラが片手で制してきた。


「レレリラ?」

「ルミナリエ様。ルミナリエ様が彼女に言葉をかけると、それは慰めになってしまいます。それは彼女にも良くないでしょう。ここはわたしが」

「……分かったわ」


 レレリラの目があまりにも真剣だったので、ルミナリエは下がって様子を見守ることにした。

 瞬間、レレリラがデジレの頬を叩く。


(えっ⁉︎)


 あのレレリラが。

 周囲からも割と穏やかだと言われているレレリラがまさか、デジレの頬を叩くなんて。

 思わず呆然としていると、同じく状況が整理できないデジレが目を丸くしてレレリラを見つめている。

 レレリラは鋭く言い放った。


「わたしはルミナリエ様と違って貴族ではないですから、容赦なく言わせていただきます。ヨアンさんがいなくなった今、あなたに手を差し伸べてくれるのはベルナフィス家の方くらいです。それは分かっていますね?」

「は、はい……」

「それが分かっているのなら、なぜ躊躇うのですか。なぜヨアンさんの想いを知りながらも、生きようと足掻こうとしないのです!」

「……あ……」


 レレリラはデジレの両頬を両手で包み、無理矢理上を向かせた。


「ヨアンさんはあなたに生きて欲しかった! だからあんな無茶をした! にもかかわらずあなたはヨアンさんに寄りかかったまま、彼の後を追うのですか? 本当にそれでいいと⁉︎」

「……い、や。それは、いや……!」

「なら! なら立ち上がりなさい! たとえ病気が治らなかったとしても生きられるように、生きるすべを身につけるのですっ! そしてそれは、ベルナフィス領でならできます……!」


 デジレの頬から手を離したレレリラは、彼女に向けて手を差し出した。


「さあ、生きるか死ぬか、選びなさい。生きてヨアンさんのとなりに立つのに相応しい女になるか、死んでヨアンさんに顔向けなんてできないくらい惨めな女に成り下がるか!」

「ッッッッ!!!」


 デジレは大粒な涙を流しながら。

 片手で強く指輪を握り締めながら。

 それでも――レレリラの手を取った。


 レレリラは不敵な笑みを浮かべつつ、デジレを引っ張り上げる。


「よく手を伸ばしました」

「……はいっ」

「これでヨアンさんも、安心できますね。思い残すことももうないでしょう」


 そう言いながら、レレリラは優しくデジレの頭を撫でている。

 一連のやり取りを眺めていたルミナリエは、自身の侍女の新たな側面を見て内心感心していた。


(やだレレリラ、かっこいいわ……)


 確かにここまで言うことができ、なおかつそれが慰めや施しにならない立場にいるのは、この場でレレリラだけかもしれない。ルミナリエはそこまで言えないから。


 瞬間、ぶわりと風が吹く。その風が髪だけでなくすみれの花びらを巻き上げ、高く高く飛んでいった。

 すると、デジレがぽつりと呟く。


「ヨアン……?」


 見ればデジレは、花畑の向こう側を見つめていた。

 ルミナリエもそちらを見てみたが、何もいない。思わず首をかしげる。


「どうかした? デジレ」

「……いえ、なんでもありません、ルミナリエさま」


 そう言うデジレの顔には、怯えはない。

 彼女は、以前よりも華やかに笑っていた。






 ――それからデジレ・ツァントは、ベルナフィス家の使用人として働くことになったのである。

すみれの花言葉:

「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」


紫のすみれの花言葉:

「貞節」「愛」


でも個人的には、英語での紫のすみれの花言葉「daydreaming(白昼夢)」「You occupy my thoughts(あなたのことで頭がいっぱい)」のほうが好きだったので、こちらに寄せたりしています。

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