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婚約発表パーティーの翌日、新聞には『婚約発表パーティー』と『国賊』に関する記事が大々的に載った。
前者は「今代王太子とその婚約者を讃える記事」、もう一つは「今代国王になって以降最大の事件」という対比の激しい二大記事だ。
その記事により、国民たちはヴィクトールとルミナリエをより讃え、また大きな事件を解決した今代政権にさらに好感を示したという。
それからのバルフ家、マクディーン家等の取り調べで明かされた連続殺人事件に関しても無事に解決し、記者たちに伝えられた。それらが連日の誌面を彩る。それにより、王都は今までの活気を取り戻した。
今回一番の被害者であるエドナだが、グランベル伯爵からの強い希望により誘拐の件は伏せられることになった。しばらく自宅で療養するとのことだ。
しかし本人たっての希望で、密かに治癒魔術を学べるようになったそう。まだ会う許可は出ていないため会えないが、手紙で礼を書いてくれたその筆運び的に、元気だとルミナリエは思っている。
それからしばらくして、バルフ子爵家は全員死刑になった。それによりバルフ家は取り潰しとなる。
その一方でマクディーン侯爵家は爵位を剥奪され、事実上没落する。各地にあるマクディーン家には何人もの軍人が入り、そこからも今までの悪事の証拠が集まったという。その証拠からも悪事を働いていた貴族たちが芋づる形式で暴かれ、貴族界はしばらく荒れに荒れた。
そして今回の連続殺人事件の被害者の中でも第二、第三の被害者たちはやはり、マクディーン家に協力したために命を落としたという。
第二の被害者、ヨアン・オージェはデジレ・ツァントの病気を治すため。
第三の被害者、高級娼館の娼婦・グルナディエは、マクディーン家の嫡男であるバスクトンに恋をしており、彼のために娼館にくる高位軍人たちの弱みを教えたり、情報を流したりしていた。
だが不憫な被害者であることに変わりはないということで、これらの情報を記者に流すことはしないらしい。それを聞いたとき、ルミナリエはホッとした。デジレが見世物になるのは嫌だったからだ。
当のマクディーン家の人間たちは、王族特権によって様々なことを喋らされた。その中にはベーレント帝国の件もあったという。それが終わった後、この国で最も重い罰と言われている煉獄刑――自身の魔力ある限り燃やされている感覚を味わう刑――をされた後、死刑になることが決定しているとのことだ。
しばらくは、どこもかしこも騒がしいことだろう。
その一方でルミナリエはと言うと――
王宮の鍛錬場にて、自前の軍服を着て準備運動をしていた。
「ふふふ。周りの目を気にすることなく動けるだなんて、幸せです」
「本当ですわ。これもルミナリエ様のおかげですわねえ」
横で滑舌練習をしていたアゼレアが、満面の笑みで頷く。
その向かい側で、フランシスが引きつった笑みを浮かべたままぷるぷる震えていた。
「……あの、お二人とも。これは一体……」
「あら、アルファン様。お忘れですの? 私と決闘するという約束、ありましたでしょう?」
「ありましたが、ありましたけど……ベザント嬢も共に参加するなどという話は、聞いていません!」
ルミナリエは小首をかしげた。
「あら、アルファン様。現役軍人の一人であられるアルファン様が、小娘二人ごとき相手にそのようなことをおっしゃられるのですか?」
「うぐっ……」
「本当ですわ、アルファン様。わたくしごとき増えたところで、アルファン様はご自身がお負けになるとお思いで?」
「う……わ、分かりました、分かりましたよ……」
アゼレアの後押しもあり、ルミナリエはフランシスを言葉で負かすことができた。
(まぁ実際のところは、私がアゼレア様との約束を果たす代わりに「アルファン様を一緒に倒さないか?」とアゼレア様に話を持ちかけたら、喜んで乗ってきたってだけなのだけれどね)
そう。現在三人は、以前交わした約束を果たすために鍛錬場に集まっていたのだ。
ちなみに見物人として、リタとヴィクトール、エルヴェがいる。
リタはペンと紙を持ち、目をキラキラさせてこちらを見ていた。
「お二人とも、頑張ってくださーい! アルファン様に勝ってくださーい! ボッコボコにしちゃってくださーい!」
ひどい言いようである。
リタが楽しそうなので、ルミナリエから言うことは特に何もないが。
(それに、ボッコボコにするのは決定事項だもの!)
自身の愛剣で素振りをしていると、フランシスが見物人側に向かって声を上げている。
「あの、ヴィクトール様……やっぱり一人は心ものないと言いますか……」
「何を言っているんだフランシス。それにお前への罰なのだから、わたしがお前に加勢するわけないだろう」
「ですよねー……じゃあ、エルヴェは……」
「オレもパース。だって怖いもん」
「……恨んでやる……」
「なんでオレだけ恨まれなきゃいけないの⁉︎ 一緒に事件解決のために頑張った仲じゃん!」
何やらぎゃんぎゃん言っているが、ルミナリエの準備運動が終わったのでそろそろ始めたい。
「あの、あるファン様。そろそろ始めても?」
「うぐ……はい……」
「ではエルヴェ様、審判をよろしくお願いいたします」
「はーい」
エルヴェがゆったりした調子で手を挙げ、言う。
「今回の決闘は、どちらか片方が膝を折ったほうが勝ち〜じゃあ……勝負、開始!」
そんな気の抜ける開始の合図で、決闘が始まった。
「顕現せよ、荒くれた土塊」
それと同時に、フランシスが土でできた簡易な人型大人形を作る。
中級の土属性魔術だ。使用者が与えた指示を一つだけ聞くことができるという単純な人形だが、いかんせん数が多い。十以上いる辺り、フランシスの保有魔力量の多さがうかがえた。彼らは動きこそ遅いが、ゆっくりとこちらに向かってくる。
しかしこちらだって一人ではない。
その相棒であるアゼレアは、瞳をキラッキラと輝かせていた。
「これ、全部壊していいんですのっ?」
「もちろんです」
「ではでは、失礼いたしまして……」
アゼレアはスカートの端を持ち上げ頭を下げてから、にっこり一言。
「まとめて食べてしまいなさい、悪食蜥蜴」
呪文と同時に、一匹の蜥蜴が現れる。
しかしそれは蜥蜴と言える大きさではなく、優に三メートルほどあるルビーのような鱗を持った竜のような生き物だった。
「わぁ。召喚獣ではありませんの」
「うふふ、そうなんですのよ。わたくしの相棒ですわ」
召喚獣というのは、召喚士と呼ばれる魔術師が喚び出せる特殊な幻想生物のことだ。使役したものを召喚獣、それ以外の幻想生物は魔獣と分類される。この世界ではない場所におり、時折開く門からやってきてしまうと言われていた。ヴィクトールが契約している竜も、ここからくるという。
そんな幻想生物なので、使役するのは大変なのだ。それを使役したということは、アゼレアにはそっちと才能があるということになる。かなり珍しい才能なので、この国的にも良かったのではないだろうか。
(アゼレア様と戦うの、私じゃなくてよかったわ)
戦ってみたい気持ちはあるが、氷と火では相性が悪い。
そのため、ルミナリエはフランシスに感謝した。
「さあ、悪食蜥蜴。蹴散らしなさい」
指示を受けた悪食蜥蜴は、その尻尾を振り回し土人形をなぎ倒す。パーン! と、土人形が面白いくらいポンポン飛んでいった。
(今更だけれど、これ私必要かしら)
アゼレアだけでなんとかできてしまう程度に、悪食蜥蜴は強い。むしろルミナリエがそばでちょろちょろしていたら、巻き込まれそうな気がした。幻想生物の強さを改めて実感した瞬間だった。
そうやって、悪食蜥蜴が尻尾を振り回していたとき。
「あ」
「え」
パーン!
悪食蜥蜴が、土人形だけでなくフランシスまでも吹き飛ばした。
それにより、フランシスが強かに体を打ち床に倒れ込む。
それを見ていた全員が、一斉に沈黙した。
一番初めに口を開いたのは、エルヴェである。
「え、これ、決着でいいの?」
それが全員の総意だ。
しかしそれに、ヴィクトールが冷たく言い放つ。
「やり直しだろう」
「ヴィクトール様、僕に対して最近冷たくありません⁉︎」
床に転がされたフランシスの抗議虚しく、決闘はやり直しとなった。
――ちなみに決闘の勝敗はもちろん、ルミナリエとアゼレアが勝ち、フランシスはぼろっぼろになって文句を言いながらエルヴェの治療を受ける、という結末になった。




