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 その後無事に衛兵が到着し、軍人は拘束されて連れて行かれた。

 肝心のエドナの方も事情聴取のために衛兵が連れて行こうとしたが、気が抜けたのか泣き出してしまったためルミナリエが代わりに話を聞くという異例の事態に見舞われることになった。


 ――どうやら例の軍人は、そもそも軍人ですらないバルフ子爵家の次男・チェルノだったらしい。


 昔から何かとエドナにちょっかいをかけていたが、エドナが成人した頃から結婚を迫るようになったのだという。

 それを断り、父であるグランベル伯爵からも注意をして引き離したのはいいものの、後宮にまで忍び込み彼女をひとけのない場所に引きずり込んだようだ。


 十中八九、既成事実を作り無理矢理結婚しようと思っていたのだろう。


 エドナはそう話をし、ルミナリエに深々と頭を下げて礼を言ってきた。


 お礼をしたいというエドナの誘いを懇切丁寧に断り部屋に帰ってきたルミナリエは、ぐったりと椅子に寄りかかった。


「……疲れたわ。どうでもいい殿方のいらない情報も得てしまったし、気軽に外で運動するのではなかった……というより、気づいたらお昼の時間過ぎているのだけれど……」


 そう思ったが、今更昼食を食べる気も湧かずぼんやりと天井を見つめる。

 そんなルミナリエの前に紅茶の入ったカップを置きながら、レレリラが口を開いた。


「ルミナリエ様、お手柄です」

「大したことはしてないわよ。衛兵を呼んできてくれてありがとう、レレリラ。とても助かったわ」

「いえ、とんでもございません」


 紅茶のカップを持ち、一口飲む。

 それからしばらく沈黙が続いたが、レレリラの方から話を切り出してきた。


「ところでルミナリエ様」

「なぁに、レレリラ」

「ルミナリエ様が武術ができるということ、思いっきりバレてしまっていますが……よろしいのですか?」


 ルミナリエは満面の笑みを浮かべた。


「全くよろしくないわ!」

「左様で……」


 カップをテーブルに置きながら、ルミナリエはぐりぐりとこめかみを押す。


「まだ一ヶ月経ってないけれど、完全に送り返されるパターンよこれ……だってこんなおてんば令嬢、妃にふさわしくないと誰もが思うもの……」

「そうですね……それが貴族界隈の一般論ですね……」

「貴族令嬢として恥ずかしくないようにと、今まで努力してきたのよ。なのにこの失態、無様にもほどがあるわ。そして一番の問題は一ヶ月経ってないのに送り返されるってところ……どうするのよ、お母様にお説教されてしまう……」

「……本当に……どうしましょうか……」


 二人揃って沈痛な面持ちで俯く。それは、二人がそれほどまでにベルナフィス夫人を恐れている証だった。


 ルミナリエの母は「女のくせに」と言われ続けながらも領地を守るため武術に身をやつしてきた人間なので、大変気が強い。しかも、貴族としての誇りも忘れていない面倒臭い人なのだ。ルミナリエが貴族令嬢らしくない行動をして人助けをした結果送り返されたと知ったら、その勇敢な行動をよくやったと褒めてから「でももっといい方法はあったわよね?」とこんこんと説教してくると思う。


 助けたことに対しては後悔していないが、実際、もっと別の方法があったなと反省する。


 ルミナリエがそんなふうに猛省している中、一通の手紙が届いた。

 相手はなんと、ヴィクトール殿下だ。


 内容は簡潔にただ一言。


『茶会の席を設けるので、一度話をしたい』


(――あ、これはもう終わったわ)


 母からの説教対策として、今から「こんなふうにすれば良かったであろう」という改善案をたくさん考えて紙にまとめておいた方がいいかもしれない。



 *



 茶会は、後宮から少し離れた温室で行われることになっていた。

 日傘をくるくると回しながら、ルミナリエはため息を吐く。


「王太子殿下にこんな理由でお呼ばれするなんて……我ながら愚かね」


 後ろにぴったりとついているレレリラは、困ったように眉をハの字にしていた。

 ルミナリエは陰鬱でもう一度ため息をつきそうになるのをなんとかこらえ、温室に入るために日傘を閉じる。

 執事が日傘を受け取ろうと手を出してきたが、手元に武器となるものがないのは少しだけ不安だった。が、持っているわけにもいかないのでルミナリエは何食わぬ顔をして手渡す。


 温室には見たことのない花が咲き乱れ甘い香りを漂わせていたが、穏やかな気持ちで眺めることがどうしてもできなかった。

 整えられた煉瓦道を執事に先導され行く。庭園の中央部には、日差し避けのためか屋根付きの建築物であるガゼボがあり、テーブルや椅子が設置されていた。


 椅子には既に、王太子・ヴィクトールが腰掛けていた。


 その姿を見て、ルミナリエは思わず吐息する。

 今日初めて見るわけではないのに、ヴィクトールはため息をついてしまうほど美しかった。


 ヴィクトール・エディン・リクナスフィール王太子殿下。


 歴代の王族の中でも最も強い竜と契約し、莫大な魔力と数多の魔術を繰ると言われている天才だ。

 ヴィクトール自身が参加した戦闘では未だかつて負けたことがないと言われ、芸術的なまでに美しく鋭い剣技で戦場にいる者を魅了するとか。


 かっちりとした軍服を身にまとっているため分かりにくいが筋肉質で締まった体をしており、全くと言っていいほど無駄がない。それはそれは理想的な、戦闘に特化しながらも美しさを損なわない完璧な体型だ。

 絹糸のようにサラサラした黒髪はまるで夜空のようだし、顔立ちはとても整っている。

 そして何よりその切れ長の金と赤のオッドアイが宝石のように輝き、ルミナリエの視線を釘付けにした。


 そのオッドアイこそ、王族が王族たる所以である。

 リクナスフィール王国の人間は通常、一種類の魔術色しかその身に宿すことができないからだ。使える魔術は大抵瞳の色という形で現れる。ルミナリエの場合氷属性だ。色繋がりで若干水系の魔術も使えるが、得意とは言えない。


 しかしヴィクトールの瞳は金と赤。それはつまり、光属性と火属性の魔術を両方制限なく使えるということなのだ。光属性は所持者が少ないと言われているレアな属性なため、その価値はさらに高まる。


(ああ、なんて美しい――)


 強者の風格を漂わせるヴィクトールを前に一瞬言葉を失いかけたが、ルミナリエは自身を奮い立たせスカートの端をつまんで最上級の礼をする。


「ルミナリエ・ラーナ・ベルナフィス、参上仕りました。王太子殿下、本日は私を茶会にお呼びしてくださり、誠にありがとうございます」

「顔を上げろ、ベルナフィス嬢。そう固くならなくていい、呼んだのは他でもないこのわたしだ。さあ、席についてくれ、話をしたい」

「……ご配慮痛み入ります。失礼いたします」


 そう言って席に着いたはいいものの、冷や汗が止まらなかった。


(何を、何を言われるの私。予想が付かなすぎて心臓が騒々しいわ、ああ、できることなら今すぐ立ち去りたい……!)


 緊張しているせいか、ヴィクトールの唇が妙にゆっくり見える。

 ゴクリと、ルミナリエは生唾を飲み込んだ。


「ベルナフィス嬢。――どうかわたしと、一戦交えてくれないか?」

(………………は?)

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