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 拍手の勢いがだいぶおさまった頃、ヴィクトールはルミナリエを抱き寄せたまま人差し指を立て、真面目な顔をした。


「さて、ここで一つ話をしたいと思う」


 それと同時に、大広間のドアが開かれる。

 そこから入ってきたのは――魔力封じの首輪と鉄製の手枷を付けられた、バルフ家一行だった。

 バルフ子爵、夫人、チェルノ、そして共に捕らえたベーラント帝国の魔術師である。

 全員が全員、とてもげっそりとやつれた顔をしている。チェルノの場合、その目元に涙の筋ができていた。


 明らかに場違いな存在が大広間にやってきたことで、貴族たちがざわめく。

 ルミナリエは彼らとは違った意味で胸がドキドキし、思わず目を逸らしてしまった。


 ルミナリエが目を逸らした理由には、彼らがここにいる理由にある。

 彼らはこの大広間で「今までの悪行を晒すために」という理由で、ともにジャードノスチによって王宮に帰ってきた。


 しかしもちろん、ジャードノスチがヴィクトールとルミナリエ以外を背に乗せるはずがない。


 なのでそのときの運搬方法は――ジャードノスチの手にがっしりホールドされ飛行する、というものだった。

 想像しただけでもゾッとするかなりの恐怖体験である。そのためか彼らは終始悲鳴を上げ、終いには「降ろしてくれぇ……!」と半泣きで懇願していた。


 ルミナリエとしては「気の毒だな」というの意見だったが、ヴィクトールは「いい罰だろう」と冷ややかな目で一蹴している。

 彼らが疲れているのは、そういうわけだ。


 ヴィクトールは舞台のすぐ下にいる彼らに氷のような目を向けつつ、本題に入る。


「彼らのことを知っている者もいるだろう。そう、彼らはバルフ子爵家の人間だ。そんな彼らがなぜ捕まえられているのか。それは――彼らが国を売りベーラント帝国に逃亡しようとした国賊であり、一人の令嬢を誘拐した犯罪者だからだ」


 一瞬、場が静まる。

 しかし直ぐに、ざわめきが広がった。

 記者たちがシャッターを切る。その凄まじい食いつきっぷりに、ルミナリエは肩をすくめた。


(ほんと、陛下と宰相閣下の言う通りになったわ……)


 その知略に純粋に感動する。


 記者会見をずらして記者たちをこの場に呼んだのは、国王陛下と宰相による策だった。

 記者たちが持つ情報という武器は、新聞という媒体によって国民たちに直ぐ伝えられるものだからだ。派閥がいくつか分かれた貴族しかいない場より、国民の代表のような存在である記者という第三の目があれば、ある程度の牽制になるという利点もあるのだとか。

 それに、彼らが肌身離さず持つ写真魔導具(カメラ)は、証拠としてかなりの重みを持つものだ。下手なことはできなくなる。


 そしてそれは同時に、国賊の罪を糾弾し王家の威信を示すために利用できる。


 ヴィクトールは、圧を感じさせるような無表情で言う。


「そしてその老人はなんと、ベーレント帝国の魔術師だ。お陰様で、諸国を苦しめているベーレント帝国の魔術を解明することが叶いそうで、わたしとしては大変嬉しい」


 ヴィクトールの落ち着きを払った声は、未だに騒々しい大広間によく通った。すると貴族たちから、様々な感情のこもった言葉が吐き出される。


『あのバルフ子爵が国賊だなんて……』

『でも前々からいい噂は聞かなかったわよね』

『そうよね。金使いが荒いし、成金のようだったわ』


『汚らわしい売国奴が……恥を知れ』

『本当だ。この場で同じ空気を吸っているのすら嫌になる』

『ああ。とっとと死んでしまえ』


 彼らがこそこそと話す言葉は全て、国賊を嫌悪するものだった。

 ルミナリエが現れたときにも同じようなやり取りがあったが、それとは比べ物にならないくらいの負の感情が込められている。


 そこで、ヴィクトールがたたみかけた。


「そしてその国賊を捕えることができたのは、我が婚約者ルミナリエのおかげだ。彼女の尽力がなければ、今頃彼らはベーレント帝国に逃げおおせていただろう。――そう。ルミナリエが戦う力を持ち合わせていたからこそ、国賊を捕えられたのだ」


 ヴィクトールは力強く語る。


「今回の件で分かったのは、敵がいつ我が国を侵略してくるか分からないということだ。男、女と性別でくくっている場合ではない。我々はもっと危機感を持って、国防に当たるべきなのだ。そのいい例がベルナフィス夫妻だろう。お二人は従来の役目を逆にしつつ、各々の得意分野を伸ばして国境を守っている。これはとても素晴らしいことだ。なのでわたしはここで一つ提案したい。――これからは貴族だとしても、男女の境目を作らず力の限り尽くすべきではないか? と」


 ヴィクトール渾身の演説は、確かにこの場にいる全員に伝わった。

 伝わったはずだが、戸惑いを隠せない人たちが多いようで、反応がそこまで芳しくない。

 当たり前だ。今までの常識を塗り替えることを、ヴィクトールは言っているのだから。


 しかしそれに反応する者たちがいる。

 それは――記者だった。


 彼らのうちの一人、金髪碧眼の記者がピシッと手を挙げる。

 よくよく見ればその人は、その場唯一の女性記者だった。男物の礼装をあまりにも綺麗に着こなしていたので分からなかったが、顔立ちから体つきまで女性である。

 ただその目つきが真っ直ぐで、とても生き生きとしていて。ルミナリエは不覚ながら、目を奪われた。


「王太子殿下、一つ質問よろしいでしょうか」


 他の記者たちが「何言ってるんだ」と叱りつける中、ヴィクトールは頷く。


「なんだろうか」

「はい。――わたしはこの通り、女です。女記者というのは珍しいと同時に、好奇の対象になっています。殿下は、そういうのもなくしたいと。そうお思いでしょうか?」

「わたし個人としてはそうしたいと思うが、反発は大きいだろう。それをなくすための第一歩として、また性別の違いによって苦しむ人が減らす手助けができればいいと思っている」

(……殿下は現に、そのお手伝いをしてくださっているわ)


 今回の演説がそれである。

 ルミナリエの功績をこうして貴族たちがいる前で発表し、印象を上げるために頑張っていてくれる。

 ならルミナリエも、何か言わなければいけないだろう。


「もし。私からも一つ、言わせてくださいませ」

「はい、なんでしょうか」


 ルミナリエは息を吸い込む。


「今回、私は殿下のお陰で自分の実力を最大限に引き出した功績を残せましたわ。これはひとえに殿下のお陰です。しかしこのようなことを起こすためには、殿下に支えられているだけでなく強い意志を持って突き進むことが大切だと私は思います。おそらくあなたはそれができたために、今この場にいらっしゃるのだと思います。その勇気と強い意志は、とても美しく尊いものです。その花をむやみに摘む方がいらっしゃらないことを願っておりますわ」


 そう言うと、数人が目を逸らした。摘む側の人間の中でも、心に響いたものたちが罪悪感を抱いたのだろう。それならば嬉しい。


 ルミナリエはぐるりと辺りを見回した。

 人がたくさんいる。この中に、本当の自分を抑え込んで生活している人は、いったいどれだけいるのだろうか。

 そんな人たちにももっと届けばいい。そう強く想いながら、ルミナリエは頭を下げた。


「――ですのでお願いです、皆様。もし今の社会に不満があるなら、窮屈だと思っているのであれば、自分の力で立ち上がる勇気を持ってくださいませ。そして皆様全員が生き生きと、自分らしく行きられる社会作りの第一歩として、私は宣言させていただきます」


 かつんと、踵を鳴らして一歩前に出る。できる限り多くの人に伝えられるように。


「私、ルミナリエ・ラーナ・ベルナフィスはこの国を守るべく、ヴィクトール・エディン・リクナスフィール王太子殿下とともに剣を取り、戦わせていただきます!」


 そしてルミナリエは、鋭い視線をある場所に向けた。

 その先にいるのは――マクディーン侯爵である。


 ルミナリエは、今まで一度もしたことがないような高圧的な笑みを浮かべた。


「ですのでマクディーン侯爵閣下とそのご子息ご令嬢方々。私はあなた方も断罪いたしますわ。バルフ子爵家を操り、現在世間を騒がせている連続殺人事件を起こし、あまつさえリクナスフィール王国にたてついた黒幕として」

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