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「この度はわたしの婚約者を発表するパーティーにお集まりいただき、誠にありがとう。早速だが、紹介させていただく。――ルミナリエ・ラーナ・ベルナフィス嬢だ」
ヴィクトールがそう説明し、ルミナリエの片手を取って前に出してくれる。
ルミナリエはドレスの裾を掴み、優雅に礼をした。
「初めまして、皆様。先ほどご紹介に預かりました、ルミナリエと申します。ヴィクトール王太子殿下の婚約者に選ばれたこと、大変喜ばしく思いますわ」
そう挨拶をすれば、拍手が鳴り響く。人によっては場の雰囲気に合わせて、と言う感じだった。だがアゼレアは優雅に、リタは「ものすごく感激した!」と言わんばかりの拍手をしてくれて、少し心が和んだ。
記者の人も後ろに控えており、パシャパシャと写真魔導具のシャッターを押していた。
それに顔をしかめている貴族もいるので、この場に貴族以外の人間がいて、それを撮っているのが気に食わないのだろう。実際、本来なら二人とその両親たちだけで記者会見をするはずだった。そのせいか、ルミナリエも普段とは違った意味で緊張している。
(リハーサルでは、まず挨拶をしてからヴィクトール様が少し話をして、その後パーティー開始、個別で挨拶に来る貴族と雑談……という感じだったわよね)
ルミナリエがそう確認しながら後ろに下がると、ヴィクトールがにこりと笑った。
普段ならばほぼ笑わないはずの人間が笑ったことにより、会場がどよめく。
すると彼は恥ずかしがるようなこともなく――普段は絶対に言わないようなことを語り始めた。
「ここにいる皆はただの政略結婚だと思っているかもしれないが、実を言うとわたしの方から、彼女に求婚をさせてもらったのだ」
(………………は、い?)
ルミナリエの脳が停止する。
ついでに、ざわついていたはずの会場に沈黙が広がる。
「初めて見たときから気にはなっていたものの、恋愛というものをしたことがなかったわたしは分からず、そのまま胸にもやもやしたものを抱えて過ごしていた。今思うとあれは、世に言う一目惚れだったのだろう」
(待って待って待って! いきなり何話し出すの⁉︎ というよりその話、聞いたことない!)
一瞬嘘でも言っているのかと思ったが、ヴィクトールの顔は至って真面目。もともと嘘を言うような人ではないので、おそらく本気なのだと思う。
なのだが――
「好きだと確信したのは、彼女と手合わせしたときだった」
(この告白、聞いている私のほうが恥ずかしいッッ‼︎)
そして今確信した。一つたりとも嘘は言っていない。
ルミナリエは顔を隠したくなるのを必死に我慢しながら、黙って話を聞くことにした。
「彼女は、茶を飲んでいたりするときはとても穏やかで、深窓の令嬢なのかと思ってしまうほど儚い雰囲気を身にまとう女性なのだが、笑うととても華やかでな。可愛い。とにかく可愛い。しかし戦っている際はきりりと鋭くとても美しいのだ。その違いにとても胸を打たれた」
(そう、そうよ。ヴィクトール様のことだから、きっとこんな突拍子も無いことを言い出したのにもワケがあるはずだわ)
「白銀の髪は少しなびくだけでキラキラと星のように輝き、瞳は空の青で見ていると吸い込まれそうになるほど綺麗だ」
(そう、そう、よ、ね。理由が、ある、はず……)
「断言しよう。わたしはすっかり、彼女に魅了されている」
(…………理由があるのよね⁉︎)
別のことを考えて気を紛らわせようとしたが、流石に我慢できなくなってきた。
顔はリンゴのように赤くなっているし、とにかく熱い。
なのに記者の人なんか嬉しそうにシャッターを切ったり、手帳に凄まじい勢いでヴィクトールの言った言葉を書き写しているのだ。生き地獄だろうかここは。
ルミナリエが真っ赤になりつつも、なんとか淑女としての矜持を保つため震えながら笑みを浮かべていると、ヴィクトールがこちらを振り向く。
そして一歩踏み込んできた。
「わたしの気持ちは以上だ。だがしかしわたしはわがままでな。彼女の本当の気持ちを確かめたいと思ってしまっている」
(え、え?)
さらに一歩。手を伸ばせば触れられる位置に、ヴィクトールがいる。彼は舞台下からも見えるようにルミナリエの横に立つと、スッと跪いた。
そしてポケットから、何かを取り出す。
それは、小さな箱だった。
箱を開けば――一粒のダイヤモンドがはめ込まれた銀色の指輪が鎮座している。
ルミナリエは息を飲んだ。
「改めて聞きたい。その上で、あなたの気持ちを聞かせて欲しい。――ルミナリエ。どうか、わたしの妃になって欲しい」
どうだろうか?
そう、ヴィクトールの目が語りかけてきた。
ルミナリエは声を出すことができず、オッドアイの瞳と差し出された指輪を交互に見つめる。
そして気づいた。ヴィクトールがなぜこんな公衆の面前で、ルミナリエとのなれそめや赤裸々な想いを語ったのかを。
(もし私に批判が集まったとき……守れるように)
自分が選んだのだから、ルミナリエは疫病神ではないと。そう、貴族たち全員に宣言するためだ。
なんてロマンチックで、なんて優しい誓いなのだろう。彼の覚悟が痛いほど感じ取れ、ルミナリエの胸が震えた。
彼女は唇をゆっくりと動かす。一音一句が、聞いている人間に伝わるように。
「私も……私も。ヴィクトール様のことが好きです。愛しております。だってあなた様は、私を認めてくださいました。何があろうとも、突き放したりなさいませんでした。一緒に戦いたいという私の想いを、何より尊重してくださいました。おそらくこの国のどこを探しても、そのような方は現れないでしょう。いいえ、現れなくて構いません。私はあなた様が良いのです。です、から――」
すう、と息を吸い込み、最後の言葉を絞り出す。
「――どうか。私をあなた様の妃にしてくださいませ」
そう言うと、ヴィクトールは今までにないくらい嬉しそうな顔でルミナリエの左手を取り、手袋を外し、薬指に婚約指輪をはめてくれた。
おとぎ話のような展開に静まり返っていた一同だったが、ヴィクトールが手の甲にキスをするのを見て息を飲み、割れんばかりの拍手をしてくれる。互いの両親なんかはものすごく微笑ましそうな目で見ながら拍手をしてくれ、リタなんか感極まったのか泣いていた。
記者たちはシャッターの光がはち切れんばかりに切り、紙面を飾るにふさわしい光景をおさめようと躍起になっている。
そんな中ヴィクトールはルミナリエの肩をそっと抱くと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「突発的に思いついた作戦だったが、上手くいったようだな。何よりだ」
「……先ほどの告白、全て本当なのですか?」
「もちろん。と言っても、自覚したのは最近だが。感情表現が苦手だからか、自分の気持ちを確認するまでに時間がかかる」
「…………だからって、この場で言うのはどうかと思いますわ」
「そうか? わたしとしては、ふざけたことを言っている人間を黙らせることができる上に、男どもに牽制することもできる。それにほら、マクディーン嬢があなたのことをすごく睨んでいただろう? ああいうのが後でとやかく言わないようにしとこうと思った」
確かにあんなに情熱的な告白を他の令嬢にしているのを見たら、百年の恋も冷めるだろう。他人の惚気話に対する反応は、微笑ましく見守るか憎らしく思うかの二択だから。
それに。
ヴィクトールはそう言って、目を細める。
「初めて行なった求婚のときよりも、ロマンチックだっただろう?」
ルミナリエはぐぐっと喉を詰まらせた。
それから少しして、絞り出すように言う。
「……悔しいですけれど、ロマンチックでしたわ、ものすごく」
そう言えば、ヴィクトールが肩を揺らしながら笑った。
「それは良かった。――無事、名誉挽回できたな」
「……なんでそんなことなさったのです?」
「初めてベルナフィス家のタウンハウスで話をしたとき、ルミナリエは別にわたしのことを意識していなかっただろう? あれ、かなり悔しくてな。あなたに好かれたくて、両親や妹に相談して色々考えた」
それを聞き、ルミナリエの頭の中に過去の情景が浮かぶ。
『ヴィクトール様に一つお聞きいたします。――私との婚約を取りやめる気は、ありますか?』
『……な、に?』
『いえ、それも一つの、解決策だと、思い、まし、て……』
(あのときに微妙な反応をしたのは、そのためだったのね)
割と色々言いたい気持ちになったが、無粋だなと思いルミナリエはぐっと押し黙る。
(それに……嬉しかったのは事実だし)
なので、今は存分に見せつけておこうではないか。
そう思いながら、ルミナリエは薬指で光る指輪を撫でつつ、ヴィクトールの胸に身を預けたのである。




