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 ルミナリエとヴィクトールが行なった足止めは上手くいき、バルフ家の人間を無事に捕らえることができた。


 それから数時間かけて、一同は港町アジュールに到着する。


 一足早く港町に降り立ち、ジャードノスチから降りて皆が帰ってくるのを待っていたルミナリエは、軍の船に乗り手を振るヴィクトールの姿を見てホッと胸を撫で下ろした。


 遠目から見ても分かる範囲には怪我もない。


 しかしやはり心配で、ルミナリエは船のタラップがかかると同時にドレスの裾を持って駆け寄った。

 すると、いの一番でヴィクトールが降りてくる。それを見たルミナリエは一瞬固まると、ぎごちないながらもスカートの裾を持ち上げて頭を下げた。


「おかえりなさいませ、ヴィクトール様。よくぞご無事で……」


 正直言うと、ジャードノスチに乗っているときからとても心配だったのだ。よく分からない紫色の光の膜が展開されてから、船の様子がすっかり見えなくなってしまったからである。

 するとヴィクトールが優しく頭を撫でてくれる。


「ただいま、ルミナリエ。あなたのほうこそ大丈夫か? 初めての飛行で疲れただろう」

「ジャードノスチが負担を和らげてくれましたから、問題ありませんよ。……エドナ様は……」

「ああ、問題ない。過度の疲労のせいで今は寝ているが、船の中で診てくれた軍医は大丈夫だと言ってくれたよ。わたしも姿を確認したが、大きな怪我は一つもなかったしな。……ほら、降りてきた」


 ヴィクトールに釣られてタラップを見れば、二人の軍人が担架を使い眠るエドナを運んでくる。

 ヴィクトールは降りてきた二人に少し止まるように言い、ルミナリエの顔を見てきた。


 どうやら、そばに行ってもいいとのことらしい。

 ルミナリエは会釈をしてから、エドナのそばへと歩いた。


「エドナ様……良かった……」


 ヴィクトールの言うとおり、エドナに目立った外傷はなかった。自分の目で確認できたからか、安堵で涙がこぼれそうになる。

 それをぐっとこらえ運んでいた軍人たちに礼を言うと、彼らはエドナを連れて行った。


 いつの間にか、傍らにヴィクトールが立っている。


「グランベル嬢を救出し終えた際、グランベル伯爵には連絡をした。時間はかかるが、もう少ししたら家族がやってくるだろう」

「そうですの。それは良かった……」

「ああ。……さてルミナリエ。わたしたちも行こうか」

「はい、行きましょう。――私たちのもう一つの戦場へ」


 言葉とともに差し出された手を取り、ルミナリエは再びジャードノスチに乗る。

 そして来たときと同様に一時間足らずで、王宮へと戻ったのだった。



 *



 着いた頃には、パーティーまで残り数時間もない状態だった。

 その時間をフルに使い、ルミナリエは美しく仕上げられていく。


 ドレス良し、手袋良し、ピアス良し、ネックレス良し。

 髪型良し、髪飾り良し、メイク良し。


 靴も磨き直してもらい、ドレスに付いていたわずかな汚れはレレリラが浄化魔術で綺麗さっぱり落としてくれる。

 ベルナフィス家の使用人を六人も使い整えた身だしなみは、完璧と言っていいほどの仕上がりであった。


 三十分という、女性のドレスアップ時間にしては異例のスピードでここまで仕上げてくれた使用人たちには、本当に感謝しかない。


 控え室から出れば、既にヴィクトールが待機している。

 漆黒の軍正装を身に包んだヴィクトールは、いつも以上に美しかった。髪もちゃんと整えられており、白手袋にはシミ一つない。

 こんなにも綺麗なのに、吸い込まれるように見てしまうのはやっぱりそのオッドアイの瞳だった。


(この方のとなりに、私は立つのね)


 そう思うと、自然と背筋が伸びた。

 そんなルミナリエに、ヴィクトールは優しく手を差し出してくる。


「お手をどうぞ?」


 顔を上げれば、ヴィクトールは笑みを浮かべている。

 ルミナリエがいつも見ているような、優しい笑み。

 それが本当にいつも通りで、ルミナリエも釣られて笑った。


「ありがとうございますわ、ヴィクトール様」


 そっと手を重ねれば、手袋越しにほのかな熱を感じる。


(私は、この方のとなりで胸を張って立ちたいわ)


 そして今の自分には、その資格があると思う。その覚悟があると思う。今までやってきたことと、彼とともに進んできた道。それがあるからだ。

 それに。


(私以外で、この方を支えられる人なんていないもの)


 それだけは絶対だ。誰にだって譲れないし譲らない。

 ルミナリエはヴィクトールの手に自らの手を添えつつ、大広間のドアを自分の力でくぐったのである。









 中に入った瞬間、視線が一気に集まった。

 痛いくらいに突き刺さる視線に負けず、ルミナリエはしゃんと背を伸ばす。かつりかつりとヒールを鳴らして周囲を威嚇していると、ひそひそと話し声が聞こえた。


『あれが、王太子殿下の婚約者か……なかなか綺麗なんじゃないか?』

『だが、疫病神と呼ばれているぞ? 巷を騒がせている殺人事件は、あの少女が婚約者に選ばれたから起きたとか』

『それは怖いな……』


『ベルナフィス家なんて所詮、辺境にある田舎者じゃない。田舎者の分際で王太子殿下のとなりに立つなんて……』

『それに確かベルナフィス夫人って、野蛮なことで有名ではありませんでした?』

『ならその娘も野蛮人ね』


 値踏みする目、噂話を気にする声。挙げ句の果てにはベルナフィス家を侮辱する声まで聞こえてくる。


(話のタネになれば、ほんとなんでもいいのね。お構いなしだわ)


 イライラしていないと言えば嘘になるが、しかしそれらの言葉の中身が空っぽなことをルミナリエは知っていた。


 そう、所詮上っ面の紛い物だ。

 だってこんなにも心に響かないのだから。

 それよりも強く心を打つ本物の言葉を、ルミナリエはちゃんと知っている。


 噂話がなんだ、悪口がなんだ。そんなもの、レレリラたちが少ない時間をフルに使い全力で整えてくれた完全装備のルミナリエの前では無意味だ。


 だからかルミナリエは、笑みをたたえたまま絨毯の敷かれた先にある舞台の前まで進むことができた。

 階段を上れば、そこには国王陛下夫妻とベルナフィス夫妻が揃って待っている。


(心強い味方がすぐ近くにいるんだもの。絶対に大丈夫)


 そう思い舞台の上からきた道を見下ろせば、一人一人の顔がよく見えた。

 その中には見知った顔もいる。


 アゼレア、リタ。

 二人の友人はルミナリエの姿を見て驚いてはいたものの、笑みを浮かべてくれている。


 そして――マクディーン一家。

 マクディーン侯爵はもちろんのこと、嫡男のバスクトン、娘のブリジットと揃い踏みだ。


 特にブリジットの視線たるや凄まじい。視線だけで人を殺せるのではないかというくらい、ルミナリエのことをきつく睨んでいた。つり目ということもあり、迫力がすごい。

 婚約発表パーティーという、ルミナリエとヴィクトールが主役のパーティーに目立つ真紅のドレスを着てきている辺り、完全にこちらを見下していた。


 そんなブリジットに、ルミナリエは笑みを返す。そんな顔をしても、怖くないわよと伝えるために。

 彼女はそんなルミナリエを見て、ギリィッと唇を噛み締めた。


(あなたみたいな国賊に、ヴィクトール様のとなりは譲らない)


 そう思っていると、ヴィクトールがぎゅっと手を握ってくる。


『大丈夫だ、ルミナリエ。フランシスとエルヴェは、絶対に間に合う』


 念話で声が伝ってくる。それだけで勇気が出る。

 だからルミナリエも自信満々の声でヴィクトールに返事をした。


『はい、ヴィクトール様。私は、あなた様のことを信じていますもの』


 ですから――始めましょうか。私たちの本当の戦いを。


 その言葉が、全ての合図だった。

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