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 操られている人間は、十人。バルフ子爵とチェルノ、黒の魔術師を入れれば、この場にいるのは全部で十三人だ。

 船、しかも小型の遊覧船(クルーザー)ということもあり、甲板はそこまで広くない。


 自分の状況をきっちりと確認したヴィクトールは、船の手すりに飛び乗りその上をかけながら魔術を発動させた。


 ――分析魔術、『識視の瞳(アナリーズ)』、起動。


 すると、ヴィクトールが持つ金色の瞳に魔術式が映った。


 分析魔術は、光属性魔術師のみが使える特殊魔術だ。今ヴィクトールが()ているような、本来なら識別できないモノを視ることもできるし、モノの真贋も瞬時に分かる。その気になれば、一個人の記憶や生き様などの情報すら引き出すことができるかなり特異な力だ。


 ただし欠点も多い。一つ目は、使用者自身の知識量に依存するというところだ。つまり、ヴィクトールが()らない情報であっても、それは勝手に変換されてはくれない。また、流れるような情報の中から欲しい情報を見つけ出さなければいけないというのも、かなりの負担になる。


 二つ目は消費魔力が非常に多いという点だ。しかしそれは、封印具をつけて魔力生成能力を抑えてもなお国一番を誇る魔力量を持つヴィクトールからしてみたら、大したことがない問題だった。


 そのため目先の問題は一つ目だったのだが、特に問題なかった。戦地を退いてから数年、各国の魔術式を勉強していた甲斐があるというものだ。


 ――諸国を震えさせるほどの魔術がどんなものなのか、暴いてやる。


 流れ込んでくる情報を確認しながら、ヴィクトールは彼と同じように手すりを伝い走ってくる男めがけて後ろ回し蹴りを食らわせた。


 船の外に投げ出された男は、氷の上に落ちてからも勢いを殺せず滑っていく。

 そのすぐ後にやってきた男には、火の玉を顔面に当て吹っ飛ばした。看板に背中をぶつけ倒れ込む。


 しかし男は痛みを感じていないのか、ただれた顔のままこちらに戻ってこようとしていた。


 ――噂通り、痛みを感じないのか。


 痛みというのは、動物ならば誰しもが持っている感覚機能だ。その中でも痛みは生命活動を脅かす危機を教えてくれる大事なものである。それがこうして感じなくなっているということは、そこそこ面倒臭い魔術式が組み込まれているのだろう。


 ヴィクトールが思い当たる理由は二つ。

 一つ目は、ヴィクトールが使った意識消失魔術のような、痛覚そのものを鈍らせる魔術を組み込んだ可能性。

 そして二つ目は、痛みを感じる間もないほどの機能を使わせている可能性である。


 ――今回は後者だろうな。


 そう思い探して視たら、確かにあった。身体能力面と、魔力生成能力に偏らせるように命令する魔術式が。

 どういうことかというと――人形魔術を使っている間、操っている対象をずっとハイの状態にしておくということだ。

 気が高ぶっているときは痛みを感じない。それをやり続けるのである。そんな状態が長く続くはずもない。


 つまりこの魔術は、操っている人間に過度な負担をかけることで成立しているということになる。


 ――もし味方にかけるのであれば欠陥魔術なのだろうが……いくら使い潰しても問題ない敵、それも市民などに使えば、効果は絶大だな。


 市民を虐殺することなど、軍人にはできない。

 正直言って、性格の悪い魔術という他ない。


 そんなふうに冷静に判断しつつ、やってくる敵を蹴散らしていたときだ。


「……癒しの風(ブリズ・ソワン)


 ふわりと、緑色の光が弾ける。

 すると、顔面がただれていたはずの男の顔が元に戻った。初級の治癒魔術だ。


 この場でそんなことができるのはただ一人――エドナ・グランベルである。


「……なるほど。確かに厄介だな」


 ポツリとつぶやき、ヴィクトールは目を細めた。


 しかし見たところ、それ以上の治癒魔術を使えはしないようだ。そこから分かることは一つである。


 ――操れる対象から引き出せる能力値は、身体能力の強化のみ。魔術や剣術といった技能ではないと。


 正直言って、拍子抜けだった。

 分析が終わった魔術式も、どちらかというと精神を犯す魔術ではなく細い魔術の糸を使って操る、糸繰り人形(マリオネット)のようなもの。そのため、弱者――魔術耐性が低い者しか操作できない。


 しかもその糸も、魔術師が決めた範囲にしか伸ばすことができないようだ。

 その証拠に、船の外に放り出した男はピクリとも動かない。



 まるで、荒唐無稽な劇(グラン・ギニョール)のようだった。


 ――もう少し面白い敵だと思ったのだが。


 少々落胆しつつも、ヴィクトールはポケットに入れてあった懐中時計を引っ張り出した。


 友軍が来るまで、残り四十分ほど。


 一応まだ、遊べることには遊べるようだ。


「他にも何かあるようなら、早めに出してくれよ? じゃないとつまらない」


 そうつぶやきながら、ヴィクトールは懐中時計をパチリと閉める。










 しかし残念なことに。本当に残念なことに、ヴィクトールが望むような『心踊る出来事』はやってこなかった。

 四十分間おこなっていたのは、幾度となく同じ相手を甲板の上に転がす作業だけだ。


 たったそれだけのことなのに、バルフ子爵とチェルノ、黒の魔術師は、ヴィクトールを怯えたような目で見てくる。


「な、なんだよ、なんだよ、それ……なんで倒れないんだよ……!」

「……なんで、と言われてもな」


 チェルノの声を聞きながら、ヴィクトールは困惑した。


わたし(・・・)が手を出せない相手は、グランベル嬢だ。それ以外の人間がどうなろうがどうでもいいし、たかが数十分程度の攻防で倒れるほど、やわな鍛え方はしていない」

「そ、そんな……わたしの、魔術を、こんな簡単に……いなされるなんて……化け物、化け物だ……!」

「そこまで驚くことか? わたしとしては、お前の未知の魔術に期待していた分落胆がひどいのだが」

「……なん、ですと?」

「その程度だったのかと言ったのだ」


 すると、黒の魔術師がふらつきながらフードを脱いだ。そこから現れたのは、しわがれた白髪頭の老人だ。


「わたしの、わたしが命を費やしてまでおこなった魔術を……その程度呼ばわり、だと……? 調子に乗るな、この青二才が……‼︎」


 ――ああ。その魔術は、使用者の寿命も削る代物なのか。


 なるほど。ベーレント帝国は割と切羽詰まっているか、相当な馬鹿が新王になったものと見える。操られている側だけじゃなく操っている側までも消費するとは、滅亡でも望んでいるのだろうか。


 そう思っていると、老人がしわがれた骨のような手を前に出してきた。袖口から紫色の光を放つ糸が勢い良く飛び出し、ヴィクトールの体に巻きつく。


「我が国の魔術の恐ろしさ、思い知れ! ――心捕える魔物の歌(ストレンジ・エレジー)!」


 そう叫ぶと同時に、光の糸がさらに強く発光する。

 ヴィクトールはそれを、金色の瞳で視た。


 ――破壊魔術、その中でも、精神を破壊させることに特化した魔術か。


 端的に言えば、その対象の心に巣食うトラウマをほじくり返して抉る魔術だ。戦意が喪失するまで同じものを繰り返し見せられれば、誰だって気が触れるだろう。


 しかし――


 ヴィクトールはなんだか面倒臭くなって、素手で体に巻きついた糸をぶちぶちとちぎった。


「……は?」


 老人がぽかんと、間抜けな顔をする。


「悪いな。精神攻撃系の魔術には耐性があるし――光属性魔術師には、ほとんど効かないぞ?」

「え、あ……え?」

「あともう一つ残念なお知らせだ。リクナスフィール王国の軍人が来た。……遊びもそろそろおしまいだな」


 ヴィクトールはそう言うと、一歩で老人に近づきその腹を勢い良く殴った。

 その後手の甲で顎を殴りつけ、頭のてっぺんを殴り落とす。狙い通り、老人は気絶した。

 瞬間、魔術が解け操られていた人間がばたばたと倒れる。

 それを見たチェルノは腰を抜かし、ヴィクトールのことを見上げる。


「な……なんで……」

「……魔術師が目の前にいるのなら、魔術師を狙うのは定石だろう?」

「ち、ちがう、僕が言いたいことはそういうのじゃない……なぜ、なぜ始めからそれをしなかったんだ!」

「……友軍が来るまで、まだ時間があったから。あと……諸国が恐れるベーレント帝国の魔術とやらを見てみたかったから、だな」


 まぁ、拍子抜けもいいところだったが。


 そう言うと。

 バルフ子爵とチェルノは揃って両手を挙げ、降参のポーズを取ったのだった――

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