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 ベルナフィス邸に帰ってきたルミナリエは、解いた暗号を皆に話した。

 すると、ヴィクトールが腕を組む。


「……今のわたしとルミナリエに、それをするだけの時間はないな」


 ルミナリエはぐっと喉を詰まらせる。

 そう。今のルミナリエとヴィクトールに、その時間はないのだ。今日はこれから衣装合わせだし、明日は最終の打ち合わせ、明後日は王宮で一日中いて婚約発表のためのリハーサルをし、そのまま王宮に泊まることになる。自由に動けるのは今日までだ。


 となると、他の誰かに頼むことになる。

 なんと言ったらいいのか分からず黙っていると、ヴィクトールが口を開いた。


「フランシス、エルヴェ。二人がビザリア平原へ向かえ。ここから馬を飛ばせば二時間くらいだろう」

「と言いますけど殿下……ビザリア平原ってめっちゃ広いんですがー……」

「エルヴェ、黙りましょうね。承りました、殿下」

「この際だから、訓練だと思って徹夜して探してくれ。必ず婚約発表当日までに見つけろ」

「うえ……はーい……」


 エルヴェはがっくりうなだれつつ、出かける支度を始めた。フランシスも同様だ。

 それを見たルミナリエは焦る。


「ヴィクトール様……お二人は殿下の側近ですよね? 御身が危険に晒されるかもしれない現状でそれは……っ」

「なんだ、心配してくれているのか?」

「っ、あ、当たり前ですわ!」


 ルミナリエは肩を怒らせつつ声を上げたが、ヴィクトールはなぜか微笑んでいた。


「安心してくれ。あなたを置いて死んだりはしない」


 どきりと、ルミナリエの心臓が跳ねた。

 するとヴィクトールは、茶目っ気たっぷりのいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「というより、あなたと結婚する前に死ぬなど、心残りがあって死に切れないさ」

「そ……そういうことを、冗談でも言わないでください……っ!」

「大丈夫だ、本気だからな」

(この方は、もうッッ……‼︎)


 というより、ヴィクトールはこんな人だったろうか。こんなにもよく笑い、自分の思いを口にできる人だったろうか。


 ルミナリエがいろんな意味で混乱していると、生ぬるい視線を感じた。

 びくりと肩を震わせて見れば、部屋にいる全員がなんだかすごく優しい視線を向けてきている。

 その中でも一番にやにやしていたルミナリエの母、ミリーナが、楽しそうに告げた。


「やだ……ルミナリエちゃん、すっかり殿下と仲良くなって……お母様、安心しちゃったっ!」

「ひ、ひえっ⁉︎」

「これなら、結婚しても大丈夫そうね!」

「お、お母様……!」


(あああああ! 変な場面を皆さんに見られてしまったーー!)


 ルミナリエは赤面する。

 こう言ってはなんだが、完全に二人の世界だった。

 しかし赤面するルミナリエとは裏腹に、ヴィクトールは何一つ困っていなかった。すごい腹が据わっている。


 ルミナリエが一人慌てている中、ミリーナが握り締めた拳を掲げた。


「こっちのことは安心なさい! うちの使用人たちも交代で向かわせるわ。食事も運ばせるから、あなたたちは心配しないで婚約発表に集中しなさいな」

「お、お母様……」


 顔を上げれば、全員がこちらを見ている。その顔はとても頼もしくて、顔の熱がすうっと冷めていくのを感じた。


(そうよ、そうよね……私たちの周りには、こんなにも素晴らしい仲間がいるのだもの。大丈夫、大丈夫だわ)


 なんとかなる。そんな気がしてくる。

 ルミナリエはその日久々に、心の底からの笑みを浮かべたのだった。



 *



 婚約発表の前日。

 ルミナリエはもう何度目になる王宮に、両親共々足を運んでいた。


 いまいち気持ちが晴れず俯いていると、父シャルスがぽんっと頭を撫でてくる。


「これから幸せな報告をするのだから、そんな沈んだ顔をするんじゃない」

「だけれどお父様……まだ、見つかったという報告が上がっていないのよ?」


 そう。あれから二日経つが、フランシスたちからの報告は上がっていないのだ。

 ベルナフィス家の使用人たちも代わる代わる手伝いに行ったり、食事を届けに行ったりしていたが、進展はないそうだ。


 それもそのはず。ビザリア平原はとても広いのだ。平原というだけあり花々が咲き乱れるだけで何もないの原っぱなのだが、それが逆に探索を遅らせていた。

 フランシスは土属性魔術を使える人間なので、それを使って地面に何か埋まっていないのか確かめているらしいが、外ればかりらしい。


 彼らを信じていないわけではなかったが、それでも。不安は日を追うごとに増して、ルミナリエの心を曇らせる。


 すると、ミリーナもよしよしと頭を撫でてくる。


「ルミナリエちゃん。その件はもう、忘れちゃいましょう」

「……え、それは」

「ミリーナ、さすがに忘れるっていうのは言い過ぎじゃないか?」


 シャルスが呆れ顔をする。

 すると、ミリーナがちろりと舌を出した。


「ごめんなさい、あなた。でも、それを気にするのはルミナリエちゃんの仕事じゃなくて、わたくしたち大人の仕事でしょう?」

「……お母様」

「まぁ、ミリーナの言う通りだな」

「お父様……」


 シャルスがくしゃりと微笑む。


「むしろルミナリエ、お前は今すごいことをしているんだ。軍すら辿り着けていなかったことを暴こうとしているんだぞ? だから、それを負担に思う必要はない」

「……だけれど私、王太子殿下の婚約者になるのに……」

「それがどうした。まだ結婚していないじゃないか。いや、結婚していたとしても、ルミナリエはベルナフィス家の人間だ。そしてわたしたちには、子供を守る義務がある。……もしルミナリエに対してあらぬ噂をする奴らが現れたら、必ず守るさ」

「そうよ、ルミナリエちゃん。それにみんなみんな、今できる全力を尽くして事件を解決しようとしているわ。……ルミナリエちゃんは国のトップに立つのだから、みんなを信じてどーんと構えなさい!」


 それを聞き、ルミナリエはぐっと涙をこらえつつ何度も頷いた。


(そうだわ、私が今できることは、みんなを信じること……)


 もし最悪の事態になったときは、そのときだ。今考えるべきことではない。

 そう、ルミナリエが心を奮い立たせたときだった。


 ――かつん。


 どこかから、軍靴の鳴る音が聞こえてきた。


 見れば、廊下の向こう側からある人物が歩いてくる。

 その男を見たとき、ルミナリエの中に雷が落ちたような、そんな衝撃が走った。


 赤毛のくせ毛をきっちりと固め、アーモンドのようなつり目をした熟年の軍服男性である。あちこちにシワがあるが、軍人らしい筋肉質でありながらがっしりとした体つきをしている。

 その面影はまさしく、ブリジット・マクディーンと同一だった。

 つまり彼は。


(ゴドウィン・ドミヌス・マクディーン侯爵……!)


 今回の事件における黒幕だと思われている、マクディーン侯爵家当主その人だった。

 そんな男を見ても、シャルスはうろたえない。それどころか、いつもは絶対に浮かべないような柔和な笑みを浮かべた。


「これはこれは。マクディーン侯爵ではないか」

「ベルナフィス辺境伯か。……そうか。明日は婚約発表だったな。前日からご苦労なことだな」

「ああ。そちらも、最近忙しいのではないか? もう若くないのだから、ほどほどにしておいたほうがいい」

「……その言葉、そっくりそのまま返そう」


 ばちばちと、シャルスとゴドウィンの間に火花が散る。両者一歩も引かず、言葉での戦いを行なっていた。

 そのやり取りを見て、ルミナリエは彼の娘であるブリジットを思い出した。


(前まで、ただ高飛車なだけだったと思ったけれど……今なら分かるわ。ブリジット・マクディーンもゴドウィン・ドミヌス・マクディーンも、私たちリクナスフィール王国の貴族たちを見下している)


 国をやすやすと裏切り、自分はまるで王者のように他者を操っている。そのことに、頭に血がのぼる。腹が立つ。

 しかしここで手を出しても、なんの解決にもならないということは分かっていた。ルミナリエは手のひらから血が出るほど手を握り締め、こらえる。


 すると、ゴドウィンがルミナリエのほうを見る。

 彼はにやりと、不気味なまでの笑みを浮かべた。


「――明日は、忘れられない日になるだろうな」


 それではわたしは、これくらいで失礼する。


 ゴドウィンはそう言い残すと、軍靴を鳴らしながら廊下の向こう側へ行ってしまった。

 ルミナリエの胸の中に、もやもやしたものが残る。ぞわぞわと肌が粟立つような感覚に、身震いした。


(何よ、あの言い方……)


 まるで、婚約発表パーティーで何か起こると。そう言っているようではないか。

 ルミナリエは唇を噛み締めつつ、顔を上げる。


(絶対に、あの男の思う通りになんかさせない……!)


 胸に闘志を燃やしながら、ルミナリエは前へと進んだ。







 ――しかし婚約発表の朝。

 ルミナリエのもとに「エドナ・グランベルが攫われた」という衝撃の情報がもたらされた――

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