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 その翌日、ルミナリエはヴィクトールたちを呼び出していた。

 暗号の謎が解けたからだ。

 全員集まったのを確認してから、ルミナリエは『春告鳥』と書かれた本のタイトルを見せる。


「ヨアン・オージェが残した暗号ですけれど、この本の中にあることが分かりました。文字のほうは本のタイトル、そしてこの数字は、ページ数、行数、その行の文字数です」

「それはまた……なんというか、分かりにくいな」

「はい、ヴィクトール様。本当になんと言いますか……選ぶ本がかなり独特だなと私自身思っております」


 暗号を解くために一度読んだのだが、この物語の主人公はルスキニアという男装の麗人だ。春が来ない国で親に口減らしのために捨てられた主人公が女だという事実を隠し、生きるために騎士として腕を磨く。その過程で、春が来ない理由がある獣のせいだと知りそれを倒すためにさらに腕を磨くのだ。

 彼女は最終的に、冬の獣・白氷の狼(イヴェール)と対決する。その末相討ち、冬を終わらせるという英雄譚だった。


 ルスキニア、白氷の狼(イヴェール)。どちらもリクナスフィール王国にいる生き物の名前で、前者は春告鳥と呼ばれる鳥、後者は冬になると現れる魔獣の一種である。この話はそれを下地にして作ったものだろうな、とルミナリエは結論づけた。


 まあ今回の問題はそこではない。

 ルミナリエは数字を辿った結果現れた文字をヴィクトールたちに見せる。


『 マ ク ディ ン 』


 この国で、その名を持つのはただ一人。

 ――マクディーン侯爵家だ。


「おそらくヨアン・オージェは、伸ばし棒がなくても読めると踏んだのでしょう」

「そうか……そちらも(・・・・)、マクディーン侯爵か……」


 ヴィクトールがつぶやいた言葉を聞き、ルミナリエはぴくりと眉を揺らす。


「そちらも、ということは……ヴィクトール様のほうも、何か証拠を掴んだのですか?」

「ああ。先日の魔導具の魔力波長を照合した結果、マクディーン家嫡男・バクストンのものと一致した」

「それは……!」

「ああ。後宮での一件といい……すべて繋がったな」


 ルミナリエは、ぎゅっと拳を握り締めた。


 そう。マクディーン家が一家ぐるみで悪事に手を染めていたのだとしたら、後宮での一件はすべて説明がつくのだ。

 チェルノを部屋に隠し逃亡の手引きをしたのは、ブリジット・マクディーン。

 つまりバルフ家は、マクディーン家となんらかの理由で繋がっていたか、部下だったのだろう。もしそうだとすれば、軍事機能が麻痺していたのにも理由が付けられる。


 エドナ、アゼレア、リタに対する疑惑が晴れたことは大変喜ばしいことだが、侯爵家が王家に反逆していたというそれ以上の事実が現れてしまった。


「マクディーン侯爵は、軍でもかなりの権限を持つ上官だ。彼ならば軍内をめちゃくちゃにすることも可能だろう。今回の連続殺人事件も、彼らが行なったと見ていいとわたしは思う」

「はい、殿下。僕としましては、彼らがさらに大きなことをする可能性を懸念しています」

「大きなこと、ですか? アルファン様」

「はい。たとえば……陛下の暗殺とか」

「それは……!」


 ルミナリエは言葉を失った。

 すると、ヴィクトールが淡々と話す。


「あり得ない話ではない。マクディーン侯爵は、どちらかというと過激な人物だ。周辺諸国を早く属国として治め、領土を広めようという考えを持っている。そのため、陛下の現政権にはあまり好意的ではないんだ」

「そんな……」

「もしマクディーン侯爵が陛下を暗殺しようとしているならば……わたしも標的になっている可能性が高いな。しかも、暗殺するのに最高の場が用意されている」

「それは……婚約発表パーティーのことですか」

「ああ、その通りだ。ルミナリエ」


 婚約発表は王宮の大広間で開かれ、そこでパーティーも開くことになっている。確かに王族を狙うのであれば、これ以上ないタイミングだろう。

 ヴィクトールの発言を聞き、フランシスが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ただ一つ大きな問題があります。……それに対する証拠が、何一つないということです」


 フランシスの言葉を聞き、その場にいた全員が沈黙した。

 ルミナリエは唇をきゅっと噛み締める。


(バルフ子爵家やマクディーン侯爵家が逃亡すれば、大変なことになるわ。陛下やヴィクトール様を暗殺する可能性が高いなら余計に。だから絶対に証拠を見つけなくてはならない)


 もしその証拠があるのだとしたら――鍵はもう一つの暗号だろう。

 ルミナリエはきっとまなじりをあげ、口を開いた。


「悲観するにはまだ早いですわ、みなさま。もう一つの暗号があります」

「……そういえばそんなものもあったねえ……」


 エルヴェがふんふんと頷く。

 ルミナリエもこくりと肯定した。


「はい。一応我が家の書庫を一通り捜索してみましたが、このタイトルの本はありませんでした。ですので私、これから出かけて参ります」

「出かけるとは……どこへ」


 ヴィクトールが困惑げに首をかしげる。

 ルミナリエはできる限り明るい笑みを浮かべた。


「――リタ様のお屋敷に、ですわ」



 *



 ルミナリエはそれから、息を切らせながら全力でリタの家に向かった。

 実を言うとこの後、衣装の最終チェックがあるのだ。さっさと用事を終わらせて帰らなくてはならない。


 突然の訪問に、リタはとても驚いた様子だったが笑顔で出迎えてくれた。


「それでルミナリエ様。今回はどんなご用件でしょう?」

「それなのだけれど……リタ様は、『ファイルヒェン』というタイトルの本をご存知ありませんか?」

「ファイルヒェン、ですか?」


 リタは少しの間顎に指を当ててから、首を横に振った。


「ファイルヒェン、という本は、聞いたことがありません」

「え……そ、んな……」


 ここにきての壁に、ルミナリエは呆然としてしまった。

 王宮の書庫に行くべきだっただろうか。しかしあの膨大な量の本から『ファイルヒェン』という名の本を探すのには、時間も人手も足りない。かと言って王宮の人間はイマイチ信頼できないのだ。


(どうする、どうしたら……)


 ルミナリエが顔を覆い立ち尽くしていると、リタがわたわたと慌てる。


「ルルル、ルミナリエ様っ⁉︎ あ、あたし、何か言ってしまいました⁉︎」

「ち、違うのです……ごめんなさい、突然お邪魔したにもかかわらず、おかしな反応をしてしまって……」

「い、いえ……そ、そんなに大切な本なのですか……?」

「……そうなのです。絶対に見つけなくてはならないのです……」


 すると、リタがうーんとうなった。


「ファイルヒェンって、あれですよね? ベーレント帝国の言葉ですよね?」

「……え?」

「あれ、違いました?」

「ご、ごめんなさい、知らないのです。もしベーレント帝国の言葉なら、この国で言うところのどういう言葉なのです?」

「あ、はい。確か、スミレ(ヴィオレット)という意味だったと思いますよ」

スミレ(ヴィオレット)――⁉︎)


 ここにきてまさかの異国語での暗号とは。

 ヨアンは、暗号のことが敵にバレてしまったときのことを考えてわざとひねった暗号を書いたのであろうが、まさかのひねりになんだか腹が立ってきた。

 すると、リタがピンッと人差し指を立てる。


「……あ、『ヴィオレット』というタイトルの本ならあります」

「……っ! それ、本当ですの⁉︎ ぜ、ぜひとも貸していただきたいのです!」

「もちろんですよ〜」


 リタは笑顔で了承してくれた。

 リタが書庫から持ってきた本をルミナリエは早速開き、暗号の順に文字を辿る。

 そうして現れたのは――『 ビ ザ リ ア 』。


(ビザリアって確か……王都から少し離れたところにある、ビザリア平原のこと⁉︎)


 そんなところに何を隠しているのか。

 もしかしたら、同封されていた鍵で開けられるものかもしれない。


 とにかく早く屋敷に戻り、この情報を伝えなくてはいけない。

 ルミナリエはリタの両手を握り、勢いよく振った。


「ありがとうございますわ、リタ様! リタ様がベーレント帝国の言葉だと教えてくださらなくては、私途方に暮れていたところでしたっっ‼︎」

「ひ、ひぇっ⁉︎ そ、そんなに感激されるとは……ど、どういたしまして……っ?」

「このお礼はいつか必ず!」

「あ、はい! 婚約発表のときにお会いしましょうねー!」


 それを聞き、「そういえばリタ様は、私が殿下の婚約者になることを知らなかったわね」と思い出した。

 おそらくリタは、ルミナリエも婚約発表パーティーに呼ばれていると思っているのだろう。


(その話も、婚約発表後にしなくてはならないわね……!)


 そう思いながら、ルミナリエは外に待たせていた馬車に乗り込んだ。

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