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デジレが落ち着いた頃、ルミナリエたちはとなりの部屋に入る許可をもらった。
となりの部屋は寝室だ。ダブルベッドが部屋の大部分を占めているが、それ以外にも机や椅子、本棚やタンスなどがある。どこも荒らされていて、なんだか無性に腹が立った。
(デジレさんとヨアンさんの思い出をぐちゃぐちゃにするなんて、許せない)
すると、デジレが目を瞬かせる。
「あれ、魔導具を入れてある場所、荒らされてない」
「! それ、どこ⁉︎」
「えっと……ちょっと待って」
デジレはなぜか、本棚に向かった。犯人たちも本棚にはないと思ったのか、手付かずだ。
デジレはその中の一冊を抜き取り開く。
それは本ではなく箱のようになっており、中にネックレス状の魔導具が入っていた。
「これ。ヨアンは、ここにいろんなもの隠すから……」
「……少し、見せてもらってもいいか?」
「ええ」
ヴィクトールは魔導具を手に取ると、眉をひそめる。
「……魔力が辿れないということは、対になっている魔導具は壊されているな」
「ヴィー、分かるのね。さすがだわ」
「……それくらいは、な」
「なのに魔導具を取りに行かせるって……ものすごく用心深い犯人ね」
「ああ。おそらく、魔力波長を調べられることを恐れたんだろう。そっちの線で辿れば誰だか分かるかもしれないが……明確な証拠とは言い難いな」
ヴィクトールの言う通りだ。この魔導具をヨアンが持っていたということだけで、ヨアンを殺した証拠にはなり得ない。
だけど諦めたくなくて、ルミナリエはデジレに許可をもらってから部屋の捜索を始めた。
デジレも手伝ってくれる。
「ヨアンは孤児院にいたときからいたずらが好きで、いろんなものを隠してたの。そのくせに妙に警戒心が強くて……だからもし危ないことをしてたなら、何か残してるはず」
「なるほど。私もよくいたずらしていろんなものを隠してたから、気持ち分かるわ」
「そんなことしてたのか、ルミナ……」
「だって、父と兄が焦った顔して探すから……母と一緒にね、やりたくなるわよね」
ヴィクトールが呆れたような顔をするのを見て、ルミナリエはバツが悪くなり目をそらす。
とにかく隠しやすそうな場所はどこだろうかと机を漁っていたら、指先にかさりと何かが触れた。
「あ。何かあったわ」
「どこに」
「机の引き出しの裏」
「なぜそこを調べたんだ……」
「引き出しの上側よりも引っかかりにくいの。何か隠すのにはもってこいな場所よ?」
ルミナリエとヴィクトールのやり取りを聞き、デジレがくすくすと笑う。ルミナリエもつられて笑ってしまった。彼も呆れつつ笑ってくれる。その顔が割と近くにあることに気づいたルミナリエは、わずかに肩を震わせた。
(何かしら。敬語を使わずに話しているからか、距離が近い気がする……)
いきなり近くなった距離感のせいか、妙に胸がドキドキした。
それを誤魔化すために、ルミナリエは引き出しごと抜く。裏返せば、そこには封筒が貼り付けられていた。
中には一通の便箋と、小さな鍵が入っている。
便箋には、よく分からない文字の羅列と数字の羅列が連なっていた。
『春告鳥 3.1.5 15.6.2 124.4.7 186.3.9
ファイルヒェン 6.4.8 62.3.3 80.1.5 104.2.6』
「……暗号?」
「かもしれない。さっぱり分からないが」
デジレに見せたが、彼女は少しだけ考えた後首を横に振った。
「ごめんなさい。ヨアンの字だってことは分かるけど、それ以外はまったく分からない……」
「そう。ありがとう、デジレさん」
分からなくて当然だ。むしろヨアンとしては、自身の愛する人が危ない橋を渡らないよう、デジレには分からない暗号を使おうと考えるはずである。
ルミナリエは暗号をじっと見つめた。
「この暗号を解けば、この鍵が何を開けるためのものなのかも分かるかしら?」
「おそらく」
「そうよね……他にも何かないか、調べてみましょうか」
他の場所も探してみたが、収穫はない。
ヴィクトールも、いつまでもここにいるわけには行かないのだ。抜け出したことがバレれば、余計動きにくくなる。
ルミナリエとヴィクトールはその手紙と証拠品の魔導具を持ち、捕まえた男、デジレを連れてベルナフィス家のタウンハウスに戻ることにした。
*
結局、デジレにはルミナリエの身分がバレてしまった。犯人にも、ベルナフィス家が関わっていることが知られてしまったかもしれない。
しかし仕方がない。あのままデジレを一人残しておくわけにはいかなかったのだ。彼女は、殺される可能性が高かったのだから。
だからルミナリエは、その選択を後悔していなかった。
(お父様もお母様も、褒めてくれたし)
今デジレは、ベルナフィス家の使用人たちにもてなされている。皆驚きはしたものの、その程度だった。頻繁に魔物という、恐ろしい存在を見ているからかもしれない。
どちらにしても、デジレは病気のことを除けばごくごく普通の少女だった。
かくいうデジレは、ルミナリエが貴族だということに驚き、使用人たちに囲まれて生活をすることに初めのうちは怯えたり驚いていたりした。しかし一週間ほど暮らしたらだいぶ慣れたらしい。今では笑顔もよく見せてくれるようになり、ルミナリエもホッとしていた。
ルミナリエの母、ミリーナの突然の抱擁には、未だに慣れないようだったが。
そんな感じで、デジレはベルナフィス家の生活に馴染み始めていたのだが――
「暗号の謎が、一向に解けないのは! どうしてなのっっ⁉︎」
婚約発表まで残り四日に迫った日の夕方、ルミナリエは悲鳴を上げた。
そんな主人の姿に対して特に驚くでもなく、レレリラは風呂の準備をしている。
ルミナリエはベッドに飛び込み、ごろごろと転がり始めた。
「もー本当にどうしてーどうして何も出てこないのよー婚約発表まで時間がないのにーーー」
デジレの家を訪ねてから現在まで、ルミナリエたちは時間の許す限り様々な場所へ赴き、調べ物をしてきたのだ。
ヨアンの住んでいた寮にも行ったし、デジレの家を再度調べてみたりもした。他の被害者たちも同様だ。
ヴィクトールに至っては例の逃げた男のことを追跡したが、途中で姿をくらましたらしい。数日後死体が川から発見されたと知らされた。完璧に、トカゲの尻尾切りだ。
今現在ヴィクトールは、魔導具の魔力波長を調べている。しかしそれも魔力波長が王宮内の記録に残っていなければ、犯人と断定できない。徒労に終わる可能性が高いだろう。
いたずらに時間ばかり過ぎていき、さらにはヨアンが最後に残した暗号の謎すら分からない。
正直、もうお手上げだった。これだけ探しても見つからない相手とは、どれだけ大きな人物が出てくるのだろうか。
ルミナリエは再度立ち上がると、テーブルの前に立つ。
テーブルの上には、様々なことが綴られ、書き殴られた大量の紙山やら本やらが雑多に並んでいる。ここ数日整理できていないのだ。こういったたぐいの資料は自分で片付けてきたため、レレリラもそのままにしておいてくれたらしい。
(……片付けでもしましょうか)
行動が完全に現実逃避のそれだったが、正直もうやっていられなかった。
ぐちぐちと心の中で愚痴をこぼしながら、ルミナリエは紙をまとめていく。
(私だって、不幸な女呼ばわりなんかされたくない。ましてや利用されるなんて嫌よ)
第一の被害者の資料、第二の被害者の資料……と被害者ごとに紙をまとめるのは、もはや癖だった。
(でも、このままじゃ本当にそうなってしまう。私だけがそう言われるならまだいい。でもそれが、ヴィクトール様のバッシングにまで繋がるのは……絶対に嫌)
デジレのときもそうだったが、ヴィクトールは本当に優しいのだ。ルミナリエが危険だったときはすぐに助けに来てくれたし、かなり過激だったが心配もしてくれた。
今だって、必死になって犯人を追ってくれている。王家の威信に関わるからだということもあるだろうが、純粋に嬉しかった。
今もなおヴィクトールは頑張っているのかと思うと、ささくれ立っていた心が少しだけ落ち着く。
紙の方の整理が終わったルミナリエは、本に手をかけた。
そこで気づく。
(あ、これ、リタ様に借りた本だわ)
二ヶ月近く経っているが、忙しさのあまり一ページも読んでいなかった。
早く返したほうがいいという思いと、読まずに返すのは失礼だという気持ちがせめぎ合う。
(どうしようかしら……)
そう思いながら、何気なく本のタイトルを眺めていたときだます。
ルミナリエの目に、ある文字が飛び込んできた。
『春告鳥』
それは、リタから借りた数冊の本、その中の一冊に使われていたタイトルだった。
「……春告鳥っっ⁉︎」
まさかの邂逅に、ルミナリエは歓喜と驚愕が混じった悲鳴をあげたのだった。