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 後宮生活八日目の朝。

 ルミナリエは朝からベッドの上で頭を抱えていた。


 そんな主人の姿を見て、茶髪のひっつめに丸い青目をした侍女のレレリラが困った顔をしている。


「……ルミナリエ様」

「……無理。無理無理。耐えられないわ」

「そう言いましても、ルミナリエ様……」

「……分かってる、分かってるわ。でも……」


 がばり。勢い良く顔を上げ、ルミナリエは叫ぶ。


「あと三週間もろくな訓練ができないなんて、耐えられないわッッ!」


 レレリラが困った顔をしていたが、ルミナリエからしてみたら死活問題だった。


 というのも、ルミナリエの実家に問題がある。

 ベルナフィス辺境伯家は夫人のほうが直系で、辺境伯は婿養子なのだ。それもあり夫人は昔から剣を振るっていた。しかもドレスでだ。

 どうやら、他の貴族たちに「女のくせに」と嫌味を言われなことが原因らしい。結果、夫人は完璧な淑女でありながら男顔負けの剣技を行える人になったのだ。


 そんな母に育てられたルミナリエも、同様の教育を受けた。

 そのため自領では軍隊で毎日訓練を受けながら、淑女として恥ずかしくない教育を受けてきたというわけだ。


「毎日毎日茶会ばかりだなんて耐えられないわ……無駄な脂肪がつく」

「と言いましてもルミナリエ様、毎日部屋で基礎トレーニングはなさっているではありませんか」

「当たり前じゃない。じゃないと美しいプロポーションが保てなくなるし、体が重たくなるもの。私の訓練は、武術を極めるだけじゃなく美貌を維持するためでもあるのだから」


 口を尖らせつつ、ルミナリエはぺろりとネグリジェをめくり恐る恐るお腹の肉をつまむ。


 ぷに。


「いやぁぁあああああッッ! 太ったわぁぁああ‼︎ 私の完璧なボディが⁉︎」


 ルミナリエはベッドに突っ伏した。

 やはり、室内での筋肉トレーニングだけでは無理なのだ。せめて城の中をランニングとかしたい。


(でも、でも……他の貴族令嬢たちや衛兵たちが来る可能性がある後宮で、そんなこと……っ!)


 というのも、リクナスフィール王国の貴族女性は基本的に防御魔術に特化した後方支援のみをするのが一般的と言われており、魔術攻撃な物理攻撃を学ばされる貴族男性とは明確に切り離されているのだ。


 そのため、貴族女性が剣を払って戦うなどもってのほか。ベルナフィス辺境伯夫人とその娘が普通に戦場を駆け巡りそれが許容されているベルナフィス領など、例外中の例外である。ルミナリエが予想するに、大小様々な山に囲われているので他領との接点が少なく、ある意味独立した小国のような場所だからだろう。


 しかし平民女性の中には軍に入っているものも割といるので、性別というよりは階級で決められている節がある。


(まあ確かに、それが貴族の特権よね!)


 自分がおかしいことは重々承知しているので、今更文句は言うまい。


 だがしかし、この体は早急にどうにかしなければならない。

 うんうんと唸りながらルミナリエが悩んでいると、レレリラが首を傾げた。


「ルミナリエ様。後宮の庭を早歩きで回るというのはいかがでしょう?」

「‼︎ やだレレリラ! 天才なの⁉︎ いいわね早歩き!」


 ドレスはある程度の重量があるし、ヒールで早歩きをすれば普通に歩く以上に負荷がかかる。歩き方を気をつければ、筋肉にいい負担がかかるはずだ。

 何か重たいものを足に巻けばさらにいい訓練になる。


(護身用兼日除け用に仕込み傘を持っていけば安全だし……足にも一応暗器を仕込んでおけば重みも加わるし、護身にもなる。尚且つ外観だけは貴族令嬢らしいわ。これなら訓練にもなるし、淑女としての体面も保てる!)


 ルミナリエはがばりと起き上がった。


「レレリラ! 今すぐ用意しましょう!」

「ルミナリエ様、落ち着いてください。まずは朝食です。用意いたしますので、ネグリジェを脱いでくださいませ」

「……はーい」


 しょんぼりしつつも、ルミナリエはレレリラに手伝ってもらいながら身支度を始めたのだった。



 *



 朝食を無事に終えたルミナリエはレレリラを連れ、意気揚々と庭にやってきていた。

 さすが後宮の庭といったところか。庭だけでかなりの広さがある。しかもかなりの植物が植えられ、春の花を咲かせていた。


 ミントグリーンのドレープが多いドレスの下に暗器を忍ばせ、レモンイエローの仕込み傘を携えたルミナリエは、大きく息を吸い込んだ。


(緑の香りがする)


 どこか自領を彷彿とさせる香りに、ささくれ立っていた心も少し落ち着いた。

 日傘を差したルミナリエは、鼻歌交じりに後宮をひとまず一周する。


 ウエストを引き上げたまま、靴音がならないように足裏全体を意識して歩く。また太ももは前ばかり使うのではなく、内側や後ろ側もしっかりと意識を。

 また全身に魔力を循環させて、体力を温存することも忘れない。これも、一種の強化系魔術訓練だからだ。


 そんなふうに気をつけながら早足で歩くと、体が引き絞られていくのを感じる。

 かといってむやみやたらとドレスの裾を翻すのはマナー違反だ。


(淑女らしく美しく、でもしっかり体を鍛えないと!)


 意識をしながら一周回り終えた頃には、少しばかり汗をかいていた。

 しかし魔力が全身に回っていることも感じるし、何よりもともと行動派なルミナリエからしてみると運動したという実感があることが大事だった。


「うーん、いい気分! やっぱり体を動かすのはいいわね。レレリラは大丈夫?」

「はい、ルミナリエ様。わたしはルミナリエ様の侍女であり護衛ですので、これくらいの負荷はなんということもありません」

「そう。ならもう一周付き合ってちょうだい」

「御意に」


 そう、再度後宮を一周しようとしたときだ。

 ひとけのない庭の一角から声がした。

 ルミナリエは日傘を閉じ、反射的に隠れる。


「ルミナリエ様。別に隠れる必要はなかったのでは……」

「う、な、なんていうかこう、体が勝手に……」


 レレリラと小声でやり取りをしつつ、ルミナリエは人影をうかがった。

 瞳に強化魔術をかければ、ある程度の距離なら視認できる。


 どうやらその人影は、男女のものだった。


 一人は軍人服を身に包んだ金髪の青年で、もう一人は薔薇色のドレスを着た栗色の癖毛と緑の瞳をした少女だ。後者のほうは茶会で何度か会っている、エドナ・グランベルという伯爵令嬢だったはず。誰とでも話をすることができる活動的な可愛らしい少女だったので、よく覚えていた。


(もしかして……後宮で逢引?)


 もしそれが本当なら、なかなかの猛者だ。というより、はしたないというべきか。


 だからといって間に割って入るのも面倒臭い。

 ルミナリエがどうやり過ごそうかと悩んでいると、大きな声が響いた。


「離して! あなたとの婚約はないと言ったはずよ! こんなところに忍び込んでまでわたしに会いに来るだなんて、いい加減にして頂戴っ!」

(……あ、ら?)


 エドナのその言葉を聞き、ルミナリエは考えを改めた。

 どうやら、軍人の方がエドナを一方的に思っており、後宮に忍び込んでわざわざ会いに来たらしい。

 確かにグランベル伯爵家の屋敷に忍び込むよりも容易いかもしれないが、ここは後宮だ。なんという危ない橋を渡るのだろう。


「うるさい! 君にふさわしい相手は僕だ!」


 やり取りはさらに白熱し、軍人の方がエドナの両手を片手で抑えつけている。完全に一波乱起きる感じだ。


 それを見たルミナリエは、レレリラに目配せした。


『衛兵を呼んで』


 レレリラとは長い付き合いなので、視線だけである程度会話ができる。

 レレリラは一つ頷くと、さっと身を翻した。


 それと同時にルミナリエも動く。

 靴音は最小限に抑え、軍人の死角から忍び寄る。

 そして閉じた日傘の柄を、軍人の頭部に勢い良く打ち付けた。


 小さな悲鳴を上げて倒れ込んだ軍人に追い打ちをかけるべく、ルミナリエは笑顔で軍人の急所を踏みつける。


「お邪魔してしまったかしら、ごめんあそばせ?」


 軍人がのたうちまわる姿を尻目に、ルミナリエはぱちりと日傘を差したのだった。

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