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 ヴィクトールに続いて飛び込んだ部屋の中には、覆面の男と少女がいた。

 男が少女の両手を左手で押さえ、右手で喉を締め付けている。


 ヴィクトールとルミナリエが入ってきたのを見て、男が舌打ちをし右手でナイフを投げてきた。

 ヴィクトールはそれを避けることなく剣で上に弾く。短剣は天井に突き刺さった。

 それを見た男は窓を突き破って逃げる。


「待てっ‼︎」


 ヴィクトールも同様に窓から出ていくのを見てから、ルミナリエは少女のほうへ走った。


「あなた、大丈夫⁉︎」


 少女は床に崩れ落ち、ゲホゲホと咳き込む。しかし涙目になりながら、首を横に振った。


「うし、ろ、っ!」

「ッッッ!」


 ぼこりと、背後から何か音がする。

 ルミナリエは少女に覆いかぶさりながら、早口で詠唱をした。


「突き立て、蒼銀の柱(シェーヌ・グラソン)


 バリンッ‼︎


 ルミナリエの背後に、氷の柱が突き立つ。それは床から天井にかけて伸び、中に何か閉じ込めた。

 氷の柱を生み出し相手の動きを止める中級魔術である。時間がなかったため細めの柱だが、今回はそれで十分だった。


 閉じ込められたのは、土塊でできた人形だ。使用者の意思に沿って動き、土と魔力さえあればいくらでも創造できる、土属性魔術特有のスキル。


(いるのは、土属性魔術師か――!)


 すると、奥の部屋から誰かが飛び出してきた。

 少女を引き寄せながら斜め後ろに避ければ、白銀の髪が数本宙に散る。


 どうやら、剣で髪を切られたらしい。

 そんな中でもルミナリエは冷静に相手のことを観察した。


(相手は、一人。顔を隠しているけれど、体格から見て男だわ)


 態勢を整えようと足を踏ん張ったとき、目の前の男が勢い良く横へ飛んでいった。

 ぎょっとして見れば、そこにはヴィクトールがいる。彼は片足を上げた状態だった。どうやら回し蹴りをしたらしい。


(いや、そうだとしても吹っ飛び過ぎじゃないかしら⁉︎)


 いったいどれだけの力で蹴り飛ばしたのだろう。

 思わず少女を抱き締めたまま呆然としていると、ヴィクトールが肩を掴んできた。


「大丈夫か! 怪我は⁉︎」

「え、あ、はい。ありません、が、」

「って、ああ! 髪が! あなたの綺麗な髪が切れて⁉︎ クソッ、あのクズ……殺す」

「落ち着いてくださいな⁉︎」


 ルミナリエはひしっとヴィクトールの腕を掴んだ。大げさと言われるかもしれないが、ヴィクトールの目が据わっていたからだ。


(この目は絶対にやる! 絶対にやるわ!)


「それよりも外に逃げた男は⁉︎」

「あっちには追尾魔術を付けて泳がせた」

「な、なるほど……それは確かに有効ですわね」

「それよりも髪だ。絶対に許さない……」

「いい加減、髪から離れてください……」

「……あ、の」


 ルミナリエがぎゃいぎゃいと言いながらヴィクトールを宥めていると、ルミナリエの腕の中にいた少女が声を上げた。ルミナリエは慌てて彼女を見下ろす。


「あらごめんなさい! 先ほど首を掴まれていたけれど、大丈夫、かし、ら、?」


 少女を見下ろしながら、ルミナリエは固まる。


 彼女は――白かった。

 肌だけのことではない。髪もまつ毛も――瞳までも。

 真っ白だったのだ。


 色無し。


 ルミナリエの頭の中に、そんな単語が浮かぶ。

 少女――デジレ・ツァントはそんな視線を浴びて、怯えたように肩を縮こまらせたのだった。










 ヴィクトールが気絶させた男のことを縛ってから、ルミナリエはデジレと向き合って座っていた。

 彼女は終始髪をいじりながら、俯いている。

 すると、ヴィクトールがフードを取った。ルミナリエはぎょっとする。


(ちょっと、ヴィクトール様⁉︎)


 オッドアイなど、王族にしか現れない特徴だ。一発でバレてしまう。王族が目の前にいると分かれば、デジレだって話しにくくなるだろう。

 しかしヴィクトールの瞳は――両方とも、赤く染まっていた。


(もしかして……変化の魔術? もしくは幻覚魔術だけれど……そうだとしても、かなり高度な魔術だわ……)


 それをさらっとやってしまうヴィクトールは、やはりすごい。

 そう驚いていると、ヴィクトールが自己紹介を始めた。


「はじめまして。俺の名前はヴィー、彼女はルミナ。お互い、下っ端の軍人だ」

(え、何、偽名?)


 ヴィクトールが手を握ってくる。すると、魔力が流れ込んできた。


『ルミナリエ。合わせてくれ。あと敬語もなしで』

『あ、はい。分かりました』


 ルミナリエはつられて、デジレに挨拶をする。

 行使されたのは、無属性系に分類される念話魔術だ。使用者の腕によって目的の相手に伝わらなかったり、不特定多数に意思が伝わってしまうことがある不便な魔術なのであまり使われていない。が、握った手を通じて魔力が送れる今回は有効だった。

 ヴィクトールが話を進める。


「実を言うと俺たちは、ヨアンさんの事件が未だ解明できないことに苛立ちを覚えてね。だから、友人だというあなたから話を聞きたくてきたんだが……先ほど襲ってきた奴らは、そのヨアンさんと何か関係があるのだろうか?」


 するとデジレは、びくりと肩を震わせた。

 そして恐る恐る顔を上げる。


「……あたしのこの姿のこと、聞かないの?」


 その顔には未だ怯えが滲んでおり、ルミナリエの胸がつきりと痛む。

 リクナスフィール国には、デジレのように体の色素という色素がなくなってしまう、特殊な病気があるのだ。


 魔力回路疾患病。通称、白化。またの名を、色無し。

 色によって魔力が現れるとされているこの国において、致命的とまで言われている病だ。そのため大体の人間が、その病気を患うと敬遠されたり迫害されてしまう。

 未だにどうしてその病気になってしまうのか、原因は解明されていない。生まれたときからの人もいれば途中からいきなり色素が抜けてしまう人もいる、謎の多い病だ。


 すると、ヴィクトールは首をかしげる。


「それは、初対面の人間が聞いていい話ではないと思うのだが……それにあなたがどうあれ、ヨアンさんの友人だったという事実に変わりはないのだろう?」

「……それ、はっ」


 すると、デジレはぽろぽろと涙をこぼし泣き始めた。

 ルミナリエはおろおろしつつもポケットからハンカチを取り出し、デジレに差し出す。

 デジレは何度か手を引っ込めていたが、ハンカチを受け取ると涙を拭い話を始めた。


「あたしとヨアンは……恋人だったの。でもあたしが色無しになってしまって……彼はあたしの病気を治すために、たくさん頑張ってた。軍に入ったのだってそう、普通の仕事よりもお金が稼げるから。この家もね、ヨアンが作ってくれたの。週に一度、ヨアンの休暇の日に二人で過ごすのが、あたしの楽しみだった」

「……そうだったのね。とても可愛らしくて、素敵なお家だわ。ヨアンさんの愛情がこもっているのだから、当然ね」

「……ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しい」


 そのとき初めて、デジレが微かだが笑みを浮かべた。

 しかしその顔はまたすぐに曇る。


「ヨアンは、あたしのためにたくさんのことをしてくれた。彼がいなかったら、あたしは今生きていけてないと思う……でも、でもね。ヨアン、多分……あたしのせいで死んじゃったんだ」

「……何か、気になることでも?」


 デジレは頷く。


「ここ数ヶ月、おかしいと思ってた。今まで持ってなかった通話用の魔導具を持ってたり、何か調べ物をしたりしていたから……夜中に話してるのも聞いたことがあったし」

「魔導具?」

「うん。あいつらが探してたのは、その魔導具だと思う……」


 ルミナリエとヴィクトールは、顔を見合わせた。


 つまり彼らがここにきたのは、証拠隠滅のためだと考えられる。魔導具を回収しようとヨアンの家を調べたが出て来ず、色々と調べているうちにデジレの家に辿り着いたという辺りだろう。


「……ヨアンが来なくなってから、変だなって思って。あたし、勇気を振り絞って王都に行ったの。そしたらヨアンが死んだって聞かされて……もう何がなんだか分からなくて……でも、なんとなく死んじゃうのかなって。そう思えるような言葉、来なくなる前に残してたんだ、ヨアン」

「……それは、どんな?」

「……愛してるって。普段、そんなこと恥ずかしいって言わないのに……愛してるって。そう、言ったの……っ!」


 デジレは耐え切れなくなったのか、声を上げて泣き叫んだ。

 ルミナリエは立ち上がり、デジレの背中を撫でる。


 彼女は一体今まで、ヨアンが亡くなってからどんなふうに生活してきたんだろう。

 突然来なくなって、そしたら大切な人が死んでいるということが分かって。泣き叫びたいのに誰にも言えない、言える相手がいない。そんな一人で抱えていくには重すぎるものを、ずっと抱きかかえていたのだろうか。


「……本当に、愛してたのね」


 お互いに。


 そうつぶやき、ルミナリエはデジレの背中を撫で続けた。

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