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妙な雰囲気になった客間を、フランシスが咳払いをして仕切り直した。
「そうなると、事件解決まで婚約発表を延期するかしないか、ということになりますね」
「そうだな……」
「私としましては、先ほどと同じ理由で延期にすることはよくないと思うのですが、どうでしょう?」
「……ベルナフィス嬢の言う通り、国家が犯罪者に屈すると思う人間も出てくると思います。ただ僕としましては、時間稼ぎにしかならないという点でそれほど有効ではないかと思います。……今回の件はおそらく、時間との勝負にもなってくると思うので」
「それはどうしてですの?」
そう聞けば、ヴィクトールが答えてくれる。
「国外逃亡の可能性が出てくるからだ」
「はい。殿下のおっしゃる通りです。犯人もこれだけ派手なことをしているということは、自身の存在がバレてもいいと思っているはず。それはつまり、逃亡しようとしている可能性が高いということを指します。他国……それも敵対国に逃げられたら厄介です」
「ああ。犯人の一人は少なくとも、この国の軍事に関わりのある人物だ。情報を他国に渡されてはたまったものではない」
「なので僕らとしても、短期間でケリをつけたいのです。逃げられた後に婚約発表をしたとしても、事態が悪化する未来しか見えませんので」
ルミナリエはヴィクトールとフランシスの話を聞いて、ふんふんと頷いた。
「ならば、婚約発表までに片付けてしまえば良いということですね。分かりました、お手伝いいたします」
「……ベルナフィス嬢。随分と簡単に引き受けてくださいましたが、大丈夫ですか? 僕からして見ても、婚約発表準備と犯人捜索をいっぺんにやるのはかなり骨が折れる作業だと思うのですが」
「もちろん両親にも相談しますわ。ですが軍の人間が内通者の可能性が高いのなら……両親でなく私が動いたほうが良いと思います。だってそのほうが、相手も油断なさるでしょう?」
いくら用意周到な犯人だって、まさか貴族令嬢が動いてるとは思うまい。
ポカーンとしているフランシスの姿に、ルミナリエは少しだけ笑った。
「というよりアルファン様はそういう意味で、私に声をかけたのだと思っていたのですが……違いましたか?」
「い、いえ……こんなにもたやすく承諾してくれるとは思っていなかったので、少し驚いただけです」
「失礼ですわ。私に頼みたいちゃんとした理由があり、それをきっちり話してくだされば引き受けます。特に今回は、私も他人事ではいられませんから」
「……そうでしたか。ご協力ありがとうございます、ベルナフィス嬢」
フランシスが頭を下げるのを、ルミナリエは笑みを浮かべて見つめる。
「ああ。ですけれどアルファン様。私、先日の件であなた様と決闘をすることだけは忘れておりませんのよ」
「え」
「お時間あるときにでも是非、お手合わせお願いいたしますわ」
フランシスが顔をひくつかせる一方で、ルミナリエの笑みはより深くなっていく。
(残念だけれど、絶対に水には流さないから)
お返しは二倍、三倍返しが基本――それが、ベルナフィス家の家訓である。
フランシスがたじろぐのを見て、少しだけ胸がすく思いがしたルミナリエであった。
*
その日の翌日からベルナフィス家のタウンハウスは、秘密の作戦会議場と化した。
今回の件は、両親共々喧嘩を売られたと考えたらしい。国王陛下からの延期提案を突っぱね、ひどく怒って帰ってきた。
普段なら猪突猛進なミリーナを止める立場にあるシャルスも静かに怒り狂っていたのだから、相当だろう。二人とも使用人と言う名の自慢の部下を使い、本気で調べ物をしてくれたのだった。
まず調べたのは、今回殺害された被害者たちの関係者のほうだ。
それぞれの被害者たちに親戚や友人関係を洗い出し、各々二人一組になって空き時間に調べることになった。
ルミナリエが話を聞きにいくことになったのは、二件目の被害者である年若い軍人――ヨアン・オージェの幼馴染、デジレ・ツァントだ。
どうやら彼女は王都ではなく、王都の外れにある森の中に家を建てて暮らしているらしい。
情報を掴んできた部下曰く、数年前までは王都で暮らしていたが、体を悪くしてからここで暮らすようになったとのことだ。
ヨアンもデジレももともと孤児だったため、孤児院で暮らしていた。それからも何かと関わりを持っていたのだから、よほど仲が良かったか恋人だったのかだろう。
森で暮らしているというのも、その孤児院の院長に話を聞きようやく分かったことらしい。少なくともヨアン死亡時に調べたときには出てこなかった情報だったようだ。そう、フランシスが驚いていた。
ベルナフィス家の使用人たちを舐めないで欲しい。そういった情報をさりげなく集めるのが得意な、優秀な人たちなのだから。
辺境にいるため割と情報に偏りがあるのだが、その齟齬をどうにかしたいと考え対策を取ってきたベルナフィス家は、情報収集にかなり長けているのである。
部下たちの功績を褒められ機嫌を良くしたルミナリエは、外套を羽織りフードをかぶってデジレのもとに向かったのだった。
(向かった……のは良いのだけれど)
さくさくと森の中を歩きながら、ルミナリエはちらりととなりを見た。
そこにはルミナリエと同じような格好をした青年、ヴィクトールがいる。
そう。今回の調査、ルミナリエはなぜかヴィクトールとやることになってしまったのだ。
しかも、執務中と称して王宮の秘密通路を使って抜け出し、わざわざここまで来ている。
四件目の現場でも出会うし、やはりかなり悪い状態らしい。というよりむしろ犯人たちとしては、「あの王太子が動くわけない」と思っているかもしれない。そう考えると、大胆だが虚をついた行動だとも言える。
(さすがヴィクトール様だわ)
ルミナリエはそう思った。なぜだか分からないが、ちょっとだけ鼻が高い。
そんなふうに別のことを考えていると、木ばかりだった風景から一変道が拓け、家が建っているのが見えてきた。
割と小さな家だ。畑も耕されており、煙突からは煙も出ている。
煙が出ているということは、煮炊きをしているということだ。
つまり現在、中に人がいる可能性が高いということになる。それに、ルミナリエは少なからず安心した。婚約発表まで残り二週間ない。時間を無駄にするわけにはいかないからだ。
「あそこだな」
「そうみたいですね。ですけれど、なぜこんな場所に……」
「理由は分からないが……とりあえず、行ってみよう」
「はい」
腰に下げてある剣に左手を添えながら、ルミナリエは頷く。ヴィクトールが先行し、ルミナリエはその後ろについて行った。
ゆっくりと足音を忍ばせて近づいていくと、家まで残り三十歩といったところでヴィクトールが制してきた。
「どうかなさいましたか?」
「……防音の魔術がかけられている」
「え……」
ヴィクトールの魔力感知能力にも驚いたが、魔術の件はそれ以上に驚いた。
ヴィクトールが剣を抜くのを見て、ルミナリエも同じようにする。
互いに目を合わせ、頷く。
それに合わせ、ルミナリエはドアの左側、ヴィクトールは右側の壁に体を沿わせた。
耳を壁に当ててみたが、本当に何も聞こえない。ルミナリエはぎゅっと剣の柄を握り締める。
――バンッッ!!
ヴィクトールが、ドアをこじ開けた。




