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 後ろからやってくる誰かに向かって剣先を突きつけようとしたが、その前に手首を掴まれてしまった。

 ルミナリエはぎりっと歯をくいしばる。


(この男、誰か知らないけどやり手だわ!)


 相手がフードをかぶっていたにも関わらず男だと分かったのは、身長も高く手が節張っていて大きかったからだ。

 どちらにせよ、現状はピンチ以外の何物でもない。

 そう思ったルミナリエが、足を振り上げ男の急所を狙おうとしたときだ。


「落ち着いてくれ、ルミナリエ!」

「……へっ?」


 聞き覚えのある声が、フードの奥から聞こえたのである。

 男は空いている方の手でフードを取る。

 綺麗な赤と金のオッドアイとかち合った。


「ヴィ、ヴィクトール様⁉︎」


 予想してなかった人物の登場に、ルミナリエは動揺する。

 するとヴィクトール後ろから、複数の足音が聞こえてきた。

 やってきたのは、ヴィクトール同様フード付きの外套を着た人物たちだ。


「ちょっとーいきなり路地に消えないでよーびっくりするじゃん」

「そうですよ殿下。一体何が……」


 人数は二人。

 前者は知らないが、後者の声には聞き覚えがあった。


「アルファン様?」

「……そのお声は、ベルナフィス嬢?」

「……あーなるほど。殿下がいきなり走り出した理由が分かったわ」


 どうしてヴィクトールがルミナリエに気づいたのか。なぜ王太子の彼がこんな場所にいるのか。頭の中にたくさんのなぜが浮かんでいく。

 ルミナリエはわけが分からず、ヴィクトールの顔を見上げた。

 彼はフードを被り直しながら、ぽつりとつぶやく。


「……場所を変えて話そう」







 五人は、細い路地から場所を移しベルナフィス家のタウンハウスにやってきていた。三人を客間に通しつつ、ルミナリエはレレリラに一緒にいてもらうよう頼み他の使用人に茶の用意を頼んだ。今日は両親が王宮に行っておりいないので、ルミナリエがちゃんともてなさなくてはならない。


「お三方。外套を脱いでくださいな。ここまで来ましたら隠れる必要もありませんし」


 三人は肯定する。

 外套を取った三人は、ヴィクトールとフランシス、そして以前決闘を行なったときにいた治癒魔術師の青年だった。

 彼は外套を取ると同時に、翡翠色の瞳を細め自己紹介をしてくれる。


「初めまして、ベルナフィス嬢。オレはエルヴェ・トレーフル・カルサティです。殿下の部隊で治癒術師として働いてます〜どーぞよろしく」

「自己紹介ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたしますわ、カルサティ様」

「あはは、様付けってくすぐったいね。オレ別に貴族じゃないから、名前で呼んでもらっていーですよー」

「……エルヴェ、おしゃべりはそこまでだ。静かにしろ」

「はーい。すいません殿下。あ、それとも、オレが殿下の婚約者サマと話してたから、妬いちゃったとか?」

「……そうかそうか。お前がその気ならわたしから罰則でも与えようか。何がいい? 走り込みか? 書類整理? なんでもいいぞ、遠慮なく言え」

「遠慮させていただきマス……」


 ヴィクトールの刺々しい言い方に、ルミナリエはこっそり笑ってしまう。


(ヴィクトール様があんな言い方をするだなんて……仲が良いのかしら?)


 以前も見た取り合わせだったので、自然とそう思ってしまう。

 エルヴェのおかげか冷めきっていた空気が少し和んだので、ルミナリエは少し肩の力を抜く。

 レレリラが背後に佇んでいることを確認してから、ルミナリエは道中ずっと聞きたかったことを問うた。


「ところでお三方は、どうしてあの場所にいらしたのですか?」


 するとヴィクトールが口を開いた。


「……ルミナリエは、連続殺人事件のことは知っているだろうか?」

「はい、もちろん」

「実を言うとその件で、軍内でも色々と起きているんだ」


 すると、エルヴェがこくこくと頷きつつ泣きぼくろのついた瞳を細める。


「そうなんですよねーなんか、内通者がいるっぽくて。そのせいでバルフ家の件も全然進まないし、関係者に話聞きに行こうとしたらこうして先に殺されちゃうし、なんでもかんでも後手後手になってるんですよー」

「……軍内に内通者、ですか?」

「……エルヴェ。お前は黙っておけ」


 なんでもペラペラ話してしまうためか、ヴィクトールが眉をひそめ苦言を呈する。

 エルヴェは肩をすくめ、はーいと気の抜けた返事をした。

 そこで初めて、フランシスが口を開く。


「ですが殿下。ベルナフィス嬢にも関係することです。この際ですから、手伝っていただくのはどうでしょう?」

(……私にも関係すること?)


 となると、婚約のことだろうか。

 ルミナリエが首をかしげているのを見てヴィクトールは渋い顔をしていたが、大きく溜息を吐いてから頷いた。


 それを聞き、フランシスは満面の笑みを浮かべルミナリエを見る。

 以前のやり取りを彷彿とさせる笑みを思い出し、ルミナリエはぐっと唇の端を持ち上げ頭に血がのぼらないように自分を制した。


「ではベルナフィス嬢、僕のほうから説明させていただきます。現在、四件もの連続殺人事件が起きていることは知っていますよね?」

「もちろんです」

「実を言うとこの件、なかなかに厄介でして。というのも、軍に内通者がいるのかこちらの動きが筒抜けなのです。しかしそれは同時に、バルフ家がその内通者と通じていたということになります。上手く解決できれば、かなりの功績を残すことができることになるのですが……」

「軍では、そういうことができないということですね。それで、我が家に協力を求めたいと」

「はい」


 フランシスがどこか含みのある肯定をする。

 ルミナリエは嫌な予感がして、首をかしげた。


「他にも何かあるのですか?」

「……ええ、まあ」


 フランシスは、一度ヴィクトールのほうを見る。

 彼はさらに渋い顔をしたが、こくりと頷いた。


(何、どういうことなの?)


「では、この事件が起きたことでごくごく一部の軍関係者があることを噂していることは、知っていますか?」

「…………あること、ですか?」

「はい。彼らはこう言っています。『こういう事件が続くというのは、何か理由があるはずだ。そういえば王太子殿下と辺境伯令嬢の婚約話が持ち上がっていたな? もしかしてこんなにも悪いことが起きるのは――辺境伯令嬢と婚約をすることになったからではないか?』と」

「……は、い?」


 あまりの暴論に、ルミナリエは絶句する。

 しかし少しして頭が冷静になってから、なぜフランシスが「ルミナリエにも関係がある」と言っていたのかを悟った。


(つまり……このまま婚約してしまったら、その噂がさらに広まる確率が高いってこと?)


 ルミナリエ自身は暴論だと思うが、人間が何かと関係性を見つけたがる生き物だということは知っている。

 そんな彼らからしてみたら、ルミナリエのせいにして全て押し付けたほうが気持ちが楽なのだ。いっときであれ、それで不安が怒りに変わって生きる気力が湧いてくるから。


 すると、今まで黙っていたヴィクトールがルミナリエを見つめた。


「馬鹿馬鹿しいと思うが、このタイミングで婚約発表をしたらそういう話が広まるのは避けられないとわたしも考えている。なので今日はその件で話し合おうと、ベルナフィス辺境伯と夫人を王宮に呼んでいるんだ」

「そう、でしたの……」

「……わたしとしても、あなたにそんな負担を強いたくない。だが……」

「……だが?」

「……だが。これも、相手の思うツボなのかもしれない」

「……何者かが、私とヴィクトール様との婚約をやめさせたいと。そういうことでしょうか?」


 ヴィクトールは無言で頷いた。


(ヴィクトール様の言う通り、犯人は私と殿下の婚約をやめさせたいのかもしれないわ)


 なぜかというと、事件が起きたのがヴィクトールが求婚をした後だったからだ。

 ルミナリエはきゅっと唇を結ぶ。


「ヴィクトール様に一つお聞きいたします。――私との婚約を取りやめる気は、ありますか?」

「……な、に?」

「いえ、それも一つの、解決策だと、思い、まし、て……」


 そう思ったのだが、ヴィクトールがなぜか固まってしまった。場に重苦しい沈黙が落ちる。

 そこでルミナリエはハッとした。


「そうですわよね、犯人の言うことを聞くなど、相手に屈したと同じことですわよね! 相手をつけあがらせるだけです。これから国の君主となるヴィクトール様が取るべき行動ではありませんでした! 私としたことが、とんだ失礼を……」

「え、あ、ああ……そう、だな」

「はい! 今の話はなしということで!」


 ブハッ。

 ヴィクトールのとなりで肩を震わせていたエルヴェが、耐えきれないといった具合で噴き出す。

 ヴィクトールはそんなエルヴェの足を思い切り踏みつけた。


「エルヴェ。静かに、しろ」

「は……はーい……っ」


 結局エルヴェはその後、腹の痛みと足の痛み、二重の意味で震えていたのだった。

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