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 結局、婚約発表は一ヶ月半後ということになった。

 その間にドレスを新調したり割と忙しなく用事が入っていたルミナリエだったが、そんな日々の中でも毎日欠かさず行なうようになったのが、ヴィクトールとの手紙のやり取りであった。


 お互いマメな上に王都という近距離でのやり取りなので、一日一通ずつ送っている。

 そのやり取りで分かったのは、ヴィクトールが自分の感情に無頓着だということ。

 そしてそのせいなのか、ルミナリエにだけ天然発言をするという点だった。


(なんなの、なんなのこれ……)


 それまでの手紙を読み返してみたが、ルミナリエが読むと恥ずかしくなるような言葉が必ず一つは入っている。

 試しに質問してみたが、口でだと上手く言えない代わりに、文字にするとするする言葉が出てくるそうだ。ヴィクトール自身も言っていたが、感情の機微に乏しいからこそのものだろう。

 そのせいか、ある手紙ではこう綴られていた。


『口で上手く説明できないときは、行動で示せるように努力する』


 それはもしかしなくてもアレだろうか。求婚してきたきっかけは決闘だったが、本当の意味で好きだったと。そういう意味なのだろうか。


(恥ずかしくてそんなこと聞けない……!)


 だけれど、決して疎ましいとかそういうのではなく、むしろ好ましいのだと思う。でなければ毎日手紙のやり取りをしていない。

 というより、手紙でのやり取りを始めてから確実にほだされている自覚があった。ルミナリエが不安に思っていたものがだんだんと解消されていっているのが分かる。


(ヴィクトール様となら……上手くやっていけるかも)


 そう思い始めていた頃。

『王都で商人一家殺人事件があった』という紙面が、号外で取り沙汰された――



 *



 婚約発表まで残り半月ほどになった。

 しかし巷ではある話題で持ちきり。一ヶ月ほど続いているからか、王都の人々の空気はどこかよどんだものになっていた。


 それもそのはず。

 ――この一ヶ月で、何人もの人が殺されているからだ。


 犯行は計四回。

 一件目は商人一家。

 二件目は伝達係をしていたという年若い軍人。

 三件目はグルナディエという高級娼館一人気の娼婦。

 そして四件目は、またもや商人一家だった。


 そのどれもが刺殺され背中にバツのマークを刻まれていることから、連続殺人だということになっているらしい。未だに犯人は見つかっておらず、市民は怯えつつも未だに解決してくれない軍警察に不満を覚えているようだった。

 二件目と三件目の人物に見覚えはなかったが、一件目と四件目の商人には覚えがあった。


(バルフ家が懇意にしていた商人だわ)


 バルフ家の金回りはとても良かったらしく、チェルノは様々な商人から商品を購入していた。しかしその中でもこの二人の商人からは良く物を買っていたようで、手紙にも何度か商店の名前を出していたのだ。


(もしかしなくても……チェルノ・バルフが関係している?)


 何やら引っ掛かりを覚えたルミナリエは空き時間を縫い、レレリラを伴い事件が起きた現場を見に行ってみることにした。







 まずは一件目の犯行現場からだ。

 そこは、大通りに面した場所にあった。


「ここか……周囲の店との間もほぼないし、こんな場所で人を殺したら誰か来そうなものだけれど」


 フード付きのポンチョで髪と顔を隠しながら、ルミナリエはつぶやく。実を言うと王都には白銀の髪を持った人間が少ないので、こういうとき不便なのだ。

 ベルナフィス領では白銀の髪に水色の瞳を持った人間が多いので、むしろ様々な色にあふれている王都はどことなく不思議な感じがする。


 この国の人間は、生まれてくる土地によって髪や目の色が違う。

 それは土地が持つ魔力を、胎児のときから受けて育つからだそうだ。

 氷属性持ちは闇、光属性持ちの次に稀有で、しかもみんなだいたい決まって白銀の髪と水色の瞳を持って生まれる。瞳の青が濃すぎると水属性になるし、髪の色も別の色が混じるのだそうだ。そう。ルミナリエの父、シャルスのように。


 つまり氷属性の魔力を持つ者は、王都ではかなり少ないということである。


 密かに動こうというときにこういうのは、なかなか面倒臭い。

 しかし自分の目で見てみたかったので、両親に許可を得てやってきてしまった。

 王都には多くの旅人が来るので、フードをかぶっていても怪しまれないのだけは幸いだ。


 件の家の前には軍人がちらほらいるのでできる限りバレないようにしつつ、ルミナリエとレレリラは周囲を一周ぐるりと回る。


(やっぱり、大きな音を出したら気づかれそうなくらい隣接してる)


 王都の建物は、地方のそれに比べてかなり密集している。にも関わらず犯行は完遂された。

 それを予防するために犯人が取ったと思える行動はいくつかあるが、一番考えられるのは魔術で防音したという可能性だ。そうすれば好きなように虐殺できる。


 それ以外で特に収穫がなかったので、次はもう一つの方へと行ってみることにした。


 レンガの道を歩きながら、ルミナリエはため息を漏らす。


「それにしても……殺人事件が起きてしまったせいで、町の人々の活気がやっぱりなくなっているわね」

「そうですね。わたしが王都に来てからよく買っている市場の商人さん方も、日が暮れる前に店をたたんできっちり戸締りしてから寝ると言っていました。商家が二回も狙われてるのですから、そうなるのは当たり前ですね」

「そうね……彼らが安心して暮らせるように、犯人を早く見つけて欲しいのだけれど」


 こうも陰気な空気を漂わせていると、ルミナリエとしても心が痛い。ルミナリエは一領地の娘だが、それ以外の領地の人間が苦しんでいるのを見るとやはり遣る瀬無い気持ちになるのだ。

 しかもルミナリエは今回、王太子の婚約者になることが決まっている。だからこそ、少しでも何か力になりたかった。


 それに町全体が暗くなると、他の犯罪も増加するという傾向があるらしい。負の連鎖は早々に断ち切らなければいけないのだ。


 唇を噛み締めつつ歩いていると、四件目の事件現場に着く。

 つい先日事件が起きたからか、一件目の現場とは比べ物にならないくらいの軍人がおり、周辺一帯を封鎖していた。


 それを見たレレリラがつぶやく。


「こちらのほうを調べるのは、容易ではありませんね」

「そうね……でもここは細い路地が多いから犯人がそこから逃げた可能性も出てくるし、少し遠めの路地を歩いてみたら何かわかることがあるかも」

「……わたしとしましてはルミナリエ様の御身が心配なのですが……分かりました。お供いたします」

「ありがとう」


 ということでルミナリエは、封鎖されていない細道を歩いてみることにした。レレリラが先を歩いてくれる。

 細道は大通りとは違い、湿気も多くよどんでいた。ゴミ箱が無造作に置かれ、光も入らないため暗い。一本入るだけで別世界になったような気がして、ルミナリエは護身用に持ってきていた仕込み杖を握り締めた。


 ――すると、気のせいだろうか。背後から靴音が聞こえてくる。


(――しかも、すごく速い)


 レレリラと場所を変わっているだけの余裕はなさそうだ。

 そう思ったルミナリエは、仕込み杖の柄にあたる部分を握り締める。


 そして後ろからやってくる音とタイミングを合わせて、勢い良く抜き去った――

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