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 ――そしてとうとう、王族と会う日がやってきた。

 ルミナリエは一番お気に入りのスカイブルーのドレスを着て、王宮にやってきた。その手にはちゃんと、この一週間でまとめた報告書の入った封筒を携えている。

 かつりかつりと足音を立てながら廊下を歩きつつ、ルミナリエは父の背中を見つめた。


「お父様、お体の方はもう大丈夫?」

「ああ、なんとか……」


 ルミナリエの呼びかけに、父であるシャルスはくしゃりとした笑みを向けた。

 彼こそ、ルミナリエの父であるシャルス・タンペット・ベルナフィスだ。

 灰色の髪をオールバックにしてきっちり固め、ラピスラズリ色のつり目をしている。眼鏡をしているので余計威圧感を感じるが、ルミナリエにとってはいい父親だ。

 昨日屋敷に来たばかりなので、若干やつれているが。


「そういうルミナリエちゃんは、やる気満々ね?」

「当たり前よ、お母様。これはいわば戦争だもの!」

「……詳しい話は分からないが、問題を起こすのだけはどうかやめてくれ……」


 シャルスの切実な悲鳴は、闘志をむき出しにしていた娘に届かなかった。







 それからベルナフィス家は無事に王族との顔合わせを終えた。

 それから婚約に関しての話を詰めることになったのだが。


 ――王妃殿下の計らいで何故か、ヴィクトールと二人で茶会をすることになってしまった。

 王妃殿下曰く「婚約なんていう事務的なことは大人に任せて、二人は仲を深めなさい」とのこと。


(まさかの展開だわ……)


 一番初めにヴィクトールとお茶をした温室の椅子に腰掛けながら、ルミナリエはちらりとヴィクトールを見た。


 バッチリ目が合う。


 ずっと見られていたことに気づき、ルミナリエはハッとした。


(つまりこれはもしかして……報告しろってことかしら)


 となるともしかしなくても王妃殿下による計らいは、ヴィクトールが頼んだ報告時間ということだろうか。

 ルミナリエは肩の力をふっと抜いた。なんだ。ならば始めからそう言ってくれればいいのに。


 ルミナリエは立ち上がると、ヴィクトールに向けて封筒を差し出した。


「殿下。こちら、どうぞ。先週、アルファン様を通じて頼まれていたことをまとめた資料です」

「え? あ、ああ、そうか……ありがとう。中を見ても良いか?」

「もちろんです」


 というより今見てもらわないと、報告書がいいものなのか悪いものなのかが分からない。それはルミナリエとしても困るのだ。これは仕事なのだから。

 ルミナリエがピシリと姿勢を正して直立していると、紙を数枚めくったヴィクトールが困った顔をする。


「……あの、だな。ベルナフィス嬢」

「はい、なんでしょうか?」

「……是非とも座ってくれ。自分の婚約者がそんなふうに立っているとなんというか……部下を相手にしているような気持ちになる」

「……は、はい。それではお言葉に甘えまして……し、失礼、しま、す……」


 着席しつつ、ルミナリエは思う。

 ルミナリエとしては上司と部下という関係のような気持ちだったのだが、違ったのだろうか。


(というより、婚約者って……言ってくださった、わよ、ね……?)


 こんなことをあんな言い方をして頼むくらいだから、ていのいい駒だとしか思っていないと思っていた。そのため胸にもやもやが残る。

 なんだろうか。ルミナリエは一体何を勘違いしているのだろうか。確実に何かが食い違っているのだが、さっぱり分からない。


 悶々考えていると、ヴィクトールが首をかしげる。


「……グランベル嬢だけでなく、その友人のベサント嬢やフレイン嬢にまで話を聞いてくれたのか?」

「……はい? いや、それは……殿下が言伝でお言いになられましたので……」

「…………いや? わたしは別に、そんなことを頼んだ覚えはないのだが……」


 ルミナリエは混乱した。

 すると、ヴィクトールがハッと目を見開いてから大きくため息を漏らし、頭を抑える。


「……すまないがベルナフィス嬢。フランシスからなんと言われたのか、言ってもらっても良いか?」

「へ? は、はい」


 ルミナリエはフランシスに言われたことをかいつまんで話した。

 話を進めるうちに、ヴィクトールの顔がどんどん曇っていく。最後のほうなど、眉間にシワが寄ってどんどん険悪になっていった。


「……ベルナフィス嬢。わたしの部下が何やら話を盛り、失礼した」

「……えっと、それはつまり……?」

「わたしが頼んだ言伝と、だいぶ違うということだ」


 ルミナリエは一瞬目を点にさせてから。


(あの性悪腹黒男ぉぉおおおおおッッッ⁉︎)


 心の中で絶叫した。

 その心の声が溢れてしまったらしく、パキンと音を立て用意されていた紅茶を凍らせてしまう。

 放心するルミナリエの代わりに紅茶を変えるように使用人に指示を出してから、ヴィクトールが話をしてくれた。


 ――どうやらヴィクトールが頼んだのはあくまでエドナに対してのことのみ。しかもそれはチェルノに関することを聞いてきて欲しいということで、エドナを疑う意図ではなかったのだとか。

 もちろんエドナが手引きをした可能性はあったが、確証もないのにそれをルミナリエに頼むつもりはなかったらしい。


 つまりフランシスはかなりの独断で、ルミナリエに頼みごとをしたというわけだ。

 確かにとても賢い選択だと思うのだが、殺意は倍増した。


「本当になんというか……わたしの副官が本当に失礼なことを……後で罰則でも与えておく」

「いえ、結構ですわ殿下。ですが代わりに一つお願いを」

「なんだ?」

「いつになっても構いませんので、アルファン様との決闘を許していただけませんか?」

「許そう。存分に痛めつけてやってくれ」

「ありがとうございます!」


 この瞬間、フランシスへの好感度がマイナスに振り切れ、ヴィクトールに対する好感度が勢い良く上がった。

 すると、ヴィクトールがふと笑う。


「そしてこの報告書なのだが、使わせてもらってもいいだろうか? とても良くできていて、バルフ家の捜索に役立ちそうな情報が多々あった」

「もちろんです。使っていただけたら、頑張った甲斐があるというものですから」

「そうか。ありがとう、ベルナフィス嬢」


 フランシスをボッコボコにする権利だけでなく、報告書のことまで褒められたルミナリエの機嫌は最高潮にまで上がっていた。求婚の仕方はアレだったが、そんなこと気にならないくらいである。


 すると、ヴィクトールが少しだけ言葉に詰まる。


「……それで、だな。ベルナフィス嬢」

「はい、なんでしょうっ?」

「……あなたのことを、名前で呼んでもいいだろうか?」

「…………は、へ?」


 ルミナリエの反応が良くないことに、ヴィクトールはなぜだか慌てていた。


「いや、だな! 婚約者なのにお互いを他人行儀に呼ぶのはどうかと思って、だな……っ」

「確かに、そうですわね。ならば私も、殿下のことをお名前で呼んでも良いのでしょうか?」

「ああ、もちろん」


 そういえばこの茶会は、王妃殿下が仲を深めて欲しいと思い開いてくれたものだった。

 そう考えるとヴィクトールの行動は、なんらおかしくない。

 試しに呼んでみようと、ルミナリエは口を開いた。


「ヴィクトール様」


 呼んでから、なんだか気恥ずかしくなって口元に手を当てる。ルミナリエはすぐに取り繕った。


「ふふふ、なんだか気恥ずかしいです、ね、?」


 しかし目の前の光景を見て言葉をなくす。


 ――ヴィクトールの顔が、真っ赤に染まっていた。


 彼は口をぱくぱくさせると、口元を押さえ顔をそらす。

 だが耳まで真っ赤に染まっているので、赤くなっていることを全く隠せていなかった。


 あの、無表情(ポーカーフェイス)が基本の完璧な王太子殿下が。

 まさか名前を呼んだだけで顔をリンゴのようにしてしまうほど純情だったとは。

 そのギャップに、胸が撃ち抜かれたのを感じた。


(待って待って、何これ何これどういう感情なの、これ……⁉︎)


 未知の感覚に、完全にパニックだ。ルミナリエもつられて顔を赤くする。


「あの、だ、な……そ、の……っ」

「は、はい……」

「……す、少し、驚いてしまった。恥ずかしいところを見せて、申し訳ない……」

「い、え……そんな、ことは……」


 なんだろうか、この状態は。

 お互いの顔が見れず、二人は俯いていた。


(いや、いやいやいや! これで良いわけないでしょ!)


 せっかくの時間なのだから、有効に使わなくては。

 そう思い顔を上げれば、同じタイミングでヴィクトールも顔を上げた。

 あ、とお互いに声を上げる。

 そしてすぐに、一緒になり声を上げて笑った。


 涙目になりながら、ヴィクトールが言う。


「なんというか、わたしは昔から口下手で、自分の感情を表に出すのが苦手なので先ほどは言葉にならなかったが……」

「ふふ、はい」

「あなたに名を呼ばれるのは、なんだかとても心地良いのだな。ルミナリエ」


 そう言うヴィクトールの表情は、今まで見たことがないくらい優しい笑みをたたえていて。

 それだけでもダメなのに、ヴィクトールの言葉がルミナリエの心にとどめを刺してきた。


 パッキーン。


 動揺しすぎてガゼボの中が凍る。

 ヴィクトールが何やら言っていたが、もう限界だった。

 まさか、ギャップでここまでダメージを受けるとは思うまい。ルミナリエは内心悲鳴をあげる。


(お願いなので! 口下手のままでいてください……‼︎)


 破壊力が強すぎて、今のルミナリエでは耐えきれそうになかった。


 その後大人たちが様子を見に来るまで、二人は無言だった。否。無言でしかいられなかったのだ。顔はお互いに真っ赤だったが。

 タウンハウスに帰ってからミリーナにからかわれたということは、言うまでもあるまい。

 ……そんなグダグダな感じで、ヴィクトールとの二度目の茶会は終了したのだった。





 ――それからしばらく、「刺激が強すぎるから」という理由で手紙でのやり取りが始まったのは、また別の話である。

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