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最後に会うのは、アゼレアだ。
彼女とは、リタと会った翌日にルミナリエのタウンハウスにて会うことになった。
――のだが。
「ルーミーナーリーエーさーまー?」
玄関に迎え入れた早々、アゼレアに詰め寄られることになってしまった。
(顔が近くて怖い!)
そうでなくてもアゼレアは迫力のある華やかな見目をしているのだ。相当凄みがあってルミナリエは一歩身を引いてしまった。
普通の令嬢なら涙目になっているか、完璧に泣いているレベルで怖い。
するとアゼレアは、耳元でぽそりとつぶやいた。
「我が愚兄から聞きましたわよ、ルミナリエ様」
「な、何を、でしょう……?」
「王太子妃に選ばれた、ということを」
ルミナリエは唇の端を思わずひくつかせてしまった。
まさか王太子との婚約のことを、よりにもよってプライドの高そうなアゼレアに知られてしまうとは思わなかった。
(これは完全に、怒られるパターンでは⁉︎)
そう思い、思わず目を瞑ったのだが。
やってきたのは平手でも罵声でもなく――痛いくらいの抱擁だった。
「おめでとうございますわ、ルミナリエ様!」
「⁉︎」
ぎゅうううう。
音にするならそんな感じだろう。
祝福を受けるとは思ってなかったルミナリエはそこで声にならない驚愕を浮かべ、その後にやってきた痛すぎる抱擁に違う意味で驚いてしまった。
「ア、アゼレア様、痛い、痛いです……!」
「あ、あら失礼、わたくしとしたことが……少し興奮してしまいましたわ」
(かなりだったと思うけれどね⁉︎)
玄関先でずっと立ち話をしているのもなんなので、そこからの話はルミナリエの部屋に行ってからということになった。
席に着いて早々、アゼレアが事情を説明してくれる。
「わたくしには兄がいるのですけれど、兄が何やら警備がどうたらーと愚痴を言ったり、あの王太子殿下がとうとう〜という感じに父に涙しながら語っておりましてね? 気になりましたので詰め寄ってみたらあらまあ、ルミナリエ様のお名前が出てきまして! お会いするときは是非ともお話を聞かなければいけないなと息巻いていたのです!」
「そ、そうなのですね……ああ、そう言えばアゼレア様の御令息様は、一個師団を任されておられる師団長様でしたものね」
妹に詰め寄られたからといってそういうことをペラペラ話すのはどうかと思ったが、この剣幕で詰め寄られたらちょっと無理かもしれない。
まあこういった情報は発表前に上流階級の人間にはちらほら漏れるものなので、気にするほどでもないだろう。
「わたくしの愚兄の話は良いのですわ。それよりも馴れ初め! 馴れ初めはどのように⁉︎ 王太子殿下とはさほど関わりがありませんでしたけれど、その辺りは⁉︎」
「え、ええっと、ですね……」
ルミナリエはかいつまんで事情を説明した。
アゼレアはルミナリエのことをもう分かっているので、今更隠すようなことでもない。
するとそれを聞いたアゼレアは、うっとりとした表情を浮かべた。
「まあ……決闘後に求婚ですの? 素敵……」
(どこが⁉︎)
もしかしてルミナリエの感覚がずれているのだろうか。いや、それはない。この場合、ずれているのはアゼレアのほうだろう。
ルミナリエは話題に乗れそうにないと判断し、少しだけ話をずらすことにした。
「そ、それよりも……アゼレア様はお怒りになられたりはしませんの?」
「あらどうして?」
「どうしてって……アゼレア様とて、王太子殿下の妃候補の一人だったではありませんか」
「ああ、それでしたのね。別に気にしたりしませんわよ」
あっけからんとした言い方に、ルミナリエの方があっけにとられてしまう。
するとアゼレアは、肩にかかった髪を振り払った。
「もちろんわたくしと全くソリの合わないブリジット・マクディーン様が王太子妃に選ばれたのだとしたら、嫌味の一つや二つや三つや四つほど言っていたかもしれませんけれど」
(多すぎじゃないかしらそれ)
「ルミナリエ様ならば、特にいうことはありませんわ」
ルミナリエは首をかしげる。
するとアゼレアは、あでやかに笑った。
「だってあなた様は、今まで国を守ってこられた方ですもの」
「……え?」
「あら、意外そうな顔。ですけど、わたくしの家は代々軍事関係者ばかりですので、ベルナフィス家の功績はよく聞くのです。現当主になられてからは政治面でも軍事面でも、かなりの頭角を現していると我が父は褒めておりましたわ」
「そ、それ、は……ありがとうございます。そう言っていただけると私も誇らしいですわ」
ルミナリエは恥ずかしくなり、頬を赤らめる。
自分が直に褒められているわけではないが、両親のことを手放しに褒められたのはとても嬉しかった。
すると、アゼレアがピッと指を指してくる。
「それ。それですわ」
「はい?」
「その表情です。会ったときからわたくし、ルミナリエ様がとてもこの国を愛している方だと思いましたの。……ご両親方とともに辺境を守ってこられたのでしたら、当たり前ですわよね」
「……はい」
ルミナリエは照れながらも頷いた。
実際、ルミナリエはこの国が大好きだし自領のことも大好きだ。そんな場所を守っているということに誇りすら持っている。両親も兄も馴染みの軍人もそれを当然としていたのもあるが、そう思えるだけの存在が周りにたくさんあふれていたからである。
「ですのでわたくし、王太子殿下は見る目があると思ったのですわ。……ほんと、ブリジット・マクディーン様が選ばれたらどうしようかと思っておりましたもの」
「……アゼレア様は本当に、ブリジット様がお嫌いなのですね」
「あったりまえですわ! あんな自分勝手のわがまま女に、王太子妃はおろか王妃なんてできるはずありませんもの! 父親の顔をいいように利用しているだけですわ! ふんっ!」
ルミナリエはマクディーン家のことを詳しくは知らないが、アゼレアがここまで嫌うからにはそれ相応の過去があるのだろう。
しかしルミナリエとしては、なかなか複雑な気持ちだった。王太子と仲良くやっていける自信がない。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、アゼレアが首をかしげる。
「あら、どうかなさいまして?」
「あ……いえ。少し、高望みを」
「高望み?」
「……私の両親は政略結婚でしたが、その後お互いを好きになり恋愛関係にまで発展したのです。なので私もそうありたいと思っているのですが……その、不安で」
「まぁ。それはお互いに話し合うしかありませんわね」
「……そうですよね」
アゼレアの言う通りだ。これは、ルミナリエが切り出すべき話である。
すると、アゼレアがルミナリエの両手をがしりと掴んだ。
「大丈夫です! そういうことでしたらわたくしも協力いたしますわ!」
「へっ?」
「もし婚約後に突っかかってくる輩がおりましたら、わたくしが蹴散らしてやりますのでご安心を! 立派な取り巻きの一人になってみせます!」
「そういう意味ですの⁉︎」
アゼレアは相変わらず破天荒だった。
――それから日が暮れるまでおしゃべりをしたルミナリエは、アゼレアが帰って報告書を作成しようと椅子に座ってから気づく。
「ああ⁉︎ アゼレア様の会話に乗せられて、チェルノのことを何一つ聞き出せなかったわっ⁉︎」
ルミナリエは頭を抱え、テーブルの上に突っ伏したのであった。




