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 一番初めに会う約束を取り付けることができたのは、エドナだった。

 というよりエドナは、手紙を送った当日に返事を書いてくれ、その翌日にエドナの家でお茶会をすることになっていた。ぜひもてなしたいとのことだ。


 正直言うと、その情熱がちょっと怖い。

 ありがたいことには間違いないので、見ないふりをしているが。


 とにもかくにも、茶会だ。

 スミレ色の余所行き用ドレスを身にまとい、スミレの花が散っている花柄の日傘を携えたルミナリエは、予定通りの時間にエドナの家に訪れていた。

 エドナは、かなりのハイテンションでルミナリエを出迎えてくれた。


「お久しぶりです、ルミナリエ様! お待ちしておりました!」

「え、ええ。今日はお招きくださり、ありがとうございますわ」


 ミントグリーンのドレスを着たエドナは終始笑顔だ。というよりルミナリエの目利きが正しければ、エドナが今着ているドレスはかなりの余所行き仕様、言うのであれば婚約者と会いに行くときだとか、恋人とデートをするときに着ていくような割と本気の服装だと思うのだが、ルミナリエの気のせいだろうか。


(考えるのを止めておきましょう……)


 触れるのは正直怖い。


「ルミナリエ様の日傘、とても可愛らしいですね。昨今の流行である花柄の小物を取り入れているだなんて、さすがです」

「ありがとうございます。そう言うエドナ様こそ、髪を結んでいるリボンがカモミールの花柄なのですね。とてもお可愛らしいですわ」

「あ、ありがとうございます! 嬉しいです……!」


 そんな当たり障りのないやり取りをしつつ廊下を歩き、ルミナリエはある部屋に通された。

 どうやら客間ではないようだ。しかしもう茶の用意はできており、お菓子とティーセットが乗ったテーブルと椅子が二脚、部屋の真ん中に置いてある。

 ルミナリエがきょろきょろと周囲を見回していると、エドナが恥ずかしそうに頬に手を当てる。


「そ、そんなに見ないでください……わたしの部屋ですので……」

「あ、も、申し訳ありません。不躾なことを」

「良いのです」


 ルミナリエも釣られて頬を赤らめる。

 二人は少しギクシャクした感じで茶会を始めることになった。


 会話を切り出したのは、ルミナリエだ。


「エドナ様。チェルノ・バルフの件なのですが……あれから特に何もされておりませんか? 少し心配で、こうして尋ねに来てしまいましたの」

「まぁ、ルミナリエ様……お優しいのですね。ありがとうございます。彼の件は父に一任しています。とても怒っていましたので、それ相応の罰が下るかと。王城の牢屋にいますし、あれから一度も来てないのですよ」

「そうでしたの。それはよかった」


 ルミナリエはほっと胸を撫で下ろした。

 チェルノが脱獄したことを知っているルミナリエとしては、そこが気がかりだったのである。

 するとエドナが勢い良く立ち上がる。


「そ、そうでした! わたしとしたことが、ルミナリエ様へのお礼を寝室に置いて来てしまいましたっ! す、少しお待ちいただけますかっ?」

「あら、お礼なんて構いませんのに」

「い、いえ! さすがにそれは……!」


 ぺこぺこ頭を下げつつ、エドナはすごい速度で寝室のドアを開け中へ入ってしまう。ルミナリエは苦笑しつつも、紅茶を飲んで帰りを待つことにした。

 それから少しして。


 どんがらがっしゃーん!


 ものすごい音が寝室から聞こえてきた。


(何事⁉︎)


 もしかして、となりの部屋にチェルノが侵入してきた――⁉︎


 そんな嫌な想像が浮かぶ。

 ルミナリエは日傘を携え、寝室のドアを勢い良く開け放った。


「い、いたたた……」


 そこには、エドナがいた。

 ――ものすごい数の箱に埋もれた、エドナが。


「……へ?」

「ル、ルミナリエ様⁉︎ え、あ、ち、違うのです! こ、これは殿方からいただいた贈り物でして……普段はこんなにも散らかっては……っ!」

「これ全部が贈り物⁉︎」


 逆に驚きだ。

 いやそれよりも、エドナを救出しなければ。


 無事救出されたエドナは、再び席に腰を落ち着けてから恥ずかしそうに事情を話してくれた。


 ――どうやらこの贈り物は、普段エドナの部屋に置いてあるものらしい。

 根が優しいエドナは、殿方からの贈り物を突っぱねることも捨てることもできず部屋に飾り、ちゃんと使っているのだとか。ルミナリエが来るということで寝室に押し込んだのはいいものの、ルミナリエに渡すはずだったプレゼントを探しているうちに雪崩を起こしてしまったようだ。


(や、優しいわ……)


 もしルミナリエがエドナの立場だったら、好みに合わないものなら他人に譲っている。

 おそらくこの優しさと社交的な性格、それに見目の美しさが合わさり、男性にモテているのだろうなとルミナリエは思った。


「羨ましいですわ。私、こんなものもらったことありませんもの」


 純粋な気持ちでそう言ったのだが、エドナは勢い良く首を横に振った。


「それは、貴族令息方の見る目がないからです! ルミナリエ様ほど素晴らしい方はいません!」

「そ、そう? そう言ってもらえると嬉しいですわ」

「そうです。手紙だって毎回のようにいただきますけれど、正直お返しするのが大変で……かと言って代筆させるのは失礼だと思うので自分で書いています」


 人によっては嫌味だと思いそうだが、エドナは純粋に困っているように見えた。

 ルミナリエとしても嫌だ。それなら剣を握ってその時間を訓練に当てたい。

 そこでふと、純粋な疑問が湧く。


「私ラブレターのようなものをもらったことがないのですけれど、殿方はどんなことを手紙にしたためますの? ……あ、これは不躾な質問でしたわ。失礼いたしました」


 するとエドナは一度きょとんとした顔をしてから、再び寝室へ向かう。

 帰ってきた彼女が手に持っていたのは、手紙箱だった。

 エドナはその箱を開け漁ると、数通を見せてくれる。


「こちら、よろしければお読みになりますか?」

「良いのですか?」

「はい。それはチェルノ・バルフからの手紙ですので。他の方のは相手に失礼にあたるので見せられませんけれど、チェルノ・バルフのものなら」


 にっこり。エドナが満面の笑みを浮かべる。

 その笑顔からも、エドナがかなり怒っていることが分かった。


(この心が天使のようなエドナ様を怒らせるなんて……馬鹿な男だこと)


 しかしチェルノ・バルフの手紙には、純粋に興味があった。何かしらの情報が得られるかもしれないからだ。

 なのでルミナリエは躊躇うことなく、中身を読ませてもらうことにした。


 ――が、割と早い段階で挫折しかかった。


 それもそのはず。その手紙の内容のほぼ全部が、チェルノの自慢話で埋まっていたからである。


(何これ拷問?)


『港町に懇意にしている商人が所有している小型遊覧船(クルーザー)があるので、貸切にして一緒に乗らないか』とか付き合ってもいない令嬢に言うのはどうかと思うし、もし口説き文句だとしたら寒すぎる。

『いい馬を手に入れたので一緒に乗馬でもどうか』とか、乗馬の趣味がない令嬢からしてみたらどうでも良すぎてあくびが出てしまうだろう。ルミナリエとしてはこんな男に飼われてしまった馬に同情したくなる。


 時折写真が入っている手紙もあるのだが、必ずと言っていいほどキメ顔でポーズを取るチェルノが写っていて殺意が湧いてきた。


 これにきちんと返事を書き、尚且つちゃんと手紙箱に入れて残しているエドナは、天使どころか女神ではないだろうか。ルミナリエだったら破り捨てて暖炉で燃やしている。


(頑張りなさいルミナリエ。これも訓練の一環よ……精神面を鍛えるのよ……!)


 一応渡された分全てを読み終えたルミナリエは、笑顔で一言。


「エドナ様は女神ですの?」


 エドナは笑って「そんなことはありませんよ」と流してきたが、ルミナリエは本気だった。懐が深すぎる。


 だが幸いと言うべきか。それをきっかけにエドナの苛立ちが爆発したらしく、彼女はチェルノに関する愚痴をつらつらとこぼしてくる。


 たとえば、無駄にスキンシップが多いとか。服のセンスが悪くて一緒に話しているのすら苦痛だったとか。最後の方は一方的に婚約契約書が送られてきて、一家総出で大激怒したこととか。


 なんかもう、ひどすぎて言葉が出てこない。

 ルミナリエはそれを涙目で聞き、時に深く共感した。最後の方なんか頷きすぎて頭がガクンガクンしていたほどだ。


 そしてそんな話をしていたら、気づけば日が暮れていた。


「まぁ。もうこんな時間? 申し訳ございません、ルミナリエ様。わたしばかり話を聞いていただいてしまって……」

「良いのですわ。私としてはむしろ、エドナ様が抱えていたものを共有できてよかったと思っております」

「……ありがとう、ございます。……実を言うとチェルノのことは、アゼレアやリタにも言えていなかったのです。ですが、今回ルミナリエ様に打ち明けることができて……すっきりしました。やっぱりルミナリエ様は、わたしの救世主です」


 涙目でそう語るエドナを見て、ルミナリエまで泣けてきた。友人にまで話せないほどの心の傷を負わせるとか、男としてどうなのだろうか本当に。

 それと同時に、心の中に住むもう一人の自分がつぶやく。


(チェルノ・バルフ……絶対に再度牢屋に叩き込んでやるわ……)


 エドナとの仲を無事深めたルミナリエは、家に戻ると同時にチェルノの情報を無心で紙に書き殴ったのであった。






 ――そしてこれは余談だが。

 エドナからの贈り物は、貴族女性たちから絶大な支持を得ているコンソラトゥールの化粧品一式だった。

 贈り物のセンスまで良くてなぜだか分からないが泣けてきたのは、また別の話である。

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