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 ドレスを着替えたルミナリエは客間に足を踏み入れた。


「お待たせいたしました。ベルナフィス家へようこそおいでくださいました」


 ドレスの裾をつまんでぺこりと頭を下げる。

 そこにはミルクティー色の髪と飴色の瞳をした私服姿の青年がいた。軍服姿ではないのでぱっと見では分からなかったが、少しして気づく。


(王太子殿下と戦ったとき、観戦者としてあの場にいたうちの一人だわ)


 服装を変えただけでここまで雰囲気が変わるとは驚きだ。

 ルミナリエが変なところで感心していると、青年は柔和な表情を浮かべながら立ち上がり、優雅に一礼した。


「こうして話をするのは初めてですね、ベルナフィス嬢。初めまして。僕の名前はフランシス・アルファンと申します。ヴィクトール殿下の副官をしています」

「ご丁寧にどうもありがとうございます、アルファン様」

「ベルナフィス夫人も初めまして。お噂に違わぬお美しい方ですね」

「あらあら、随分と口が上手いのねえ。アルファン伯爵家の御令息は。どうもありがとう、とても嬉しいわ」


 ルミナリエはぎょっとして背後を見た。


『なんでいるの⁉︎』

『なんでって、ルミナリエちゃん一人を年頃の青年と二人きりにしておくわけにはいかないでしょう?』

『一人じゃないわ。使用人はちゃんと残します!』

『それは分かってるわよ〜でも保護者がいた方が良いでしょう? それにわたくしも、お話に興味があるし』


 ベルナフィス家の親子は、お互いに顔を見合わせニッコリ笑う。しかしその実、二人は視線のみで話をしていた。

 ルミナリエとしてはあまり参加させたくないのだが、どうすればミリーナが引いてくれるのかいい案が思い浮かばず出遅れる。

 その隙に、ミリーナが先手を打った。


「わたくしも参加して良いかしら?」

「ええ、もちろん。むしろ僕としては、夫人にもお話しておこうと思っていました。ただ国の信用問題にもなりますので、他言無用ということでよろしくお願いします」

「もちろんよ」

(また勝手に話を進めて……!)


 ルミナリエは内心頭を抱えつつ、フランシスの向かい側の椅子に腰掛けた。

 全員が席についたところで、フランシスがルミナリエを見る。


「単刀直入に用件をいいます。ベルナフィス嬢。先日後宮で起きた事件は覚えていますよね?」

「はい、もちろん」

「ならば良かった」


 そして一度ミリーナのほうを向き。


「……実を言いますとベルナフィス夫人。ベルナフィス嬢が後宮にいる間、ベルナフィス嬢の部屋に侵入者が入るという事件があったのです」


 そう説明した。

 ミリーナは「まあ」と頬に手を当て驚く。

 フランシスは一度ミリーナにルミナリエを危険に晒したことを謝罪をしてから、ルミナリエのほうを向き直った。


「今回はその件で、ベルナフィス嬢にお願いがあってこうしてやってきました」

「お願い、ですか」


 ルミナリエはじっとフランシスを見る。彼は先ほどと変わらず、穏やかな笑みを浮かべていた。

 しかし何度見ても隙がない。流石、代々有能な参謀を軍に輩出していると言われているアルファン伯爵家の嫡男だ。


「そのお話、聞いてしまったのでしたら必ず受けなくてはいけないたぐいのものでしょうか?」

「いいえ。ベルナフィス嬢に決めてもらって構いません。ただこれは、僕からというよりも殿下からのお願いですので……それはお忘れなく」

「……分かりましたわ。どうぞお話くださいまし」


 瞬間、フランシスの笑みが先ほどよりもより一層深いものになった気がした。

 彼はミリーナに対する説明も交えながら、ことのあらましを告げる。


「では、遠慮なく。――ベルナフィス嬢ならばなんとなく悟っていると思うのですが、先日の一件は脱獄犯が起こしたものです。しかし彼は主犯格ではなく、囮として外に出されたうちの一人でした。脱獄犯はもちろん捕まえて再度牢に閉じ込めてあります。しかしその中に一人、捕まえられていない人間がいるのです」

「……どなたでしょう?」

「ベルナフィス嬢なら、分かると思いますよ。彼が捕まったのは、あなたが理由ですから」

(私が理由……?)


 一瞬考えたが、すぐにピンときた。


「もしかして、チェルノ・バルフでしょうか」

「はい、そうです。チェルノは軍人のふりをして後宮に侵入し、エドナ・グランベル嬢と接触。その際ベルナフィス嬢の手で気絶した後、衛兵に捕縛されました。その後バルフ子爵が『息子を解放しろ』としつこく言ってきていたのですが、被害者の父親であるグランベル伯爵がそれはもうひどく怒っていまして、未だに釈放されていなかったのです。事件はそのときに起こりました」

「そんな……チェルノ・バルフは見つかっていないのですか?」

「はい。恐ろしいことに、見つかっていないのです。しかもなんと、バルフ子爵家の人間全員が姿をくらましました」


 ルミナリエは思わずしかめっ面をしてしまった。完全に黒だ。バルフ家は一体、裏で何をしていたのだろうか。


 しかしバルフ家が悪人であろうと、チェルノ逃亡事件はあり得ないといっていいほどの無理がある事件だ。王宮の警備は固い上に、魔術による網が幾重にも張り巡らされている。そこをくぐり抜けて外に出ることは、ほぼ不可能だ。


 だがチェルノはそれをやってのけたという。

 何者かの手を借りて。


 すると、ミリーナがふんふんと頷き始めた。


「なるほどなるほど。つまりあなたは、手引きした人が誰なのかを明確にするために、ここにいらしたのね」

「はい、そういうことになります。チェルノを手引きしたということは、彼となんらかの形で面識がある人間でしょう。僕たちは現在そのための下調べをしているというわけです」


 フランシスの引っかかる言い方に、ルミナリエは眉をひそめた。

 ルミナリエが知っている範囲でチェルノと面識があるのはただ一人。その名前を、ルミナリエは恐る恐る口にする。


「……もしかして、エドナ様を疑っているのですか?」

「これはこれはベルナフィス嬢。話が早い」


 嫌な予感が的中した。


「エドナ様は今回の被害者です。彼女がチェルノに手を貸すとは到底思えませんわ」

「ですがそれが演技だという可能性もある、ということです。先日の王宮内で唯一違った点があったとすれば、それは殿下の妃選びのためにご令嬢方が後宮にいたということ。その中でも繋がりの深いグランベル嬢なら、牢屋からチェルノを逃し自身の部屋で隠しておいてから、王宮に毎朝やってくる食料を運んだ荷車に紛れて出て行くという芸当もできます」

「それは……!」

「ああ、もしかしたら、グランベル嬢のご友人方も手を貸していたのかもしれませんね」


 エドナをはなっから疑ってかかるその口調に、カチーンときた。ルミナリエは刺々しい口調でフランシスに言い放つ。


「ですがそれならば、他の令嬢方にも同じことはできるはずです。もちろん、私も」

「そうですね。ですがベルナフィス嬢。あなただけは例外ですよ」

「……それはなぜです? 私が殿下の妃に選ばれたから?」

「そんな理由ではありませんよ」


 フランシスはくすくす笑った。


「ベルナフィス嬢は、侵入者がドアを壊したために部屋を変えているではありませんか。あれではチェルノを隠しておけません。その後に与えられた部屋とて、あなたが選んだものではなくこちら側が選んだものでした。よってベルナフィス嬢は、候補から除外されるということです」

(なるほど、その通りだわ)


 ものすごく合理的な考えである。

 だがしかし、エドナの疑いが晴れたわけではない。それどころか、エドナだけでなくアゼレアやリタにまで疑惑がかけられているのだ。


 後宮で出会っただけの、知り合い以上友人未満の彼女たちをそこまで信じるなど馬鹿馬鹿しい、と言われるかもしれない。

 しかしルミナリエは割と馬鹿正直で、一度信じた人間は最後まで信じきるという思考の持ち主だった。それは、彼女が自身の直感を信じているからだ。


 だから、彼女たちが疑われているなんて我慢できない。


 ふつふつと滾るものを感じつつ、ルミナリエは笑みを浮かべた。


「アルファン様。王太子殿下は、犯人を見つけ出したいとお考えなのですね?」

「その通りです。なのでできる限り、候補を減らしたいのですよ。そのお手伝いをベルナフィス嬢にお願いできたらな、などと僕は考えています。僕らが行くよりも、警戒されませんから」

「……分かりましたわ。そのお話、お受けいたします」


 ルミナリエはフランシスをキッと睨む。

 そして一言一言はっきりと、言葉を口にした。


「私が、エドナ様、アゼレア様、リタ様の無実を証明してみせます」

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