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「あなたに惚れてしまった。だからどうか、わたしの妃になって欲しい」


 美しい殿方に跪かれ、手の甲にキスをされて甘い甘い求婚を受ける。

 それが、貴族令嬢たちにとって最上の求婚方法だ。

 それはおてんば令嬢と言われるルミナリエにとっても同じだった。


 そして彼女は今、そんな夢のような求婚を受けている。しかも、それはそれは美しい王太子殿下からだ。


 なのに――


(なんでこんなにも嬉しくないのッッ⁉︎)


 ぜいぜいと息を切らせながらルミナリエは、現実と理想の差に思わず遠い目をしたのだった――









 リクナスフィール王国。

 そこは、魔力資源を豊富に持つ自然豊かな大国だ。魔力資源を狙い他国との戦争が勃発したり、魔力資源に惹きつけられた魔物が多く出現するが、それを制するために独自の魔術文化や戦闘スタイルを築いてきた。


 その中でも王家はさらに独特で、年頃になると必ず竜種を従え数多もの魔物を狩るのだという。


 そんな王家だからか。婚約者を決める際も、少し変わったイベントをするのだ。

 それは年頃の貴族令嬢たちを後宮に呼び、一ヶ月ほど生活をさせて相性を決めてから婚約者を決めるというものだった。



 ――今回選ぶのは、十八歳になった王太子の婚約者だ。その風習に則り、現在十人もの貴族令嬢が集められ後宮で暮らしている。

 その貴族令嬢の中に、白銀の髪と氷のように澄んだ瞳をした十六歳の少女――ルミナリエ・ラーナ・ベルナフィスがいた。


(一ヶ月も他の令嬢たちと生活しなければならないだなんて……面倒臭い風習よね)


 欠伸がこぼれそうになるのを扇子を使って隠しつつ、ルミナリエは内心そう呟いた。

 今日も今日とて後宮では茶会が開かれ、五人もの貴族令嬢たちが楽しく談笑をしている。


 後宮生活は今日で一週間ほどだ。

 同じテーブルについてお茶や菓子をつまみながら話すのだが、今回で五度目になる茶会。こう何度も行なっているとストレスも溜まるし、全く楽しくない。

 腹の探り合いよりも体を動かすことが好きなルミナリエにとって、頻繁に開催される茶会は退屈で退屈で仕方がなかった。


 しかし他の王族の婚約者を選ぶイベントならば、彼女たちもこんなふうにピリピリしなかったであろう。


(でも今回は、王太子殿下の婚約者を選ぶために集められたわけだし)


 そう。ヴィクトール王太子殿下の妃を選ぶイベントなのだ。

 王太子妃になれるということは、次代の王妃になれるということと同義だ。貴族令嬢たちだけでなくその親たちからしても重要なイベントであろう。


 この風習に参加できる貴族も、王家直属の隠密部隊がかなりの間調査して王太子妃にふさわしい人を選んでいると言われている。

 ルミナリエが選ばれたのは、貴族令嬢として特に問題のある行動も取っておらず、家も至極誠実で、その上辺境伯令嬢という立場であるからだ。


 辺境伯というのは国防においてとても重要な立ち位置にいる。独自の戦闘部隊を持つことが許され、国を守ることも寝返ることもある貴族だからだ。侯爵位とほぼ同格かそれ以上の権力を持つのが、辺境伯位の特徴だろう。


 その娘を王太子妃にすれば、ベルナフィス辺境伯側の忠誠を王家に示すこともできるし、王家としてもベルナフィス辺境伯の首を抑えることができる。一石二鳥というわけだ。


 自分の立場を冷静に確認したが、茶会が終わることはない。

 一応令嬢たちの輪には入っているものの、置物のように笑顔で黙っていたルミナリエ。

 その間に、令嬢たちの会話は白熱する。


「王太子殿下、今日も現れませんでしたわね……」

「本当に。妃を選ぶ気があるのかしら」

(そうよね。いくら忙しいといっても、その点は同感だわ)


 令嬢たちの愚痴に、ルミナリエは内心大きく頷いた。

 食事の時間はできる限り参加できるようにしているようだが、忙しいのかあまり会えていないのが現状だ。妃選びに参加した令嬢たちとしては、放っておかれていると不満を訴えたいところだろう。


「でも、あの王太子殿下ですからね……」

「ええ、戦闘以外には全く興味を示さないって話ですものね。殿方のほうが好きという噂、本当なのかしら?」

「しっ。それは言ってはいけないわ……」

(後宮でそんな話をしている時点で、色々とまずいと思うけれど)


 だが、彼女たちが愚痴をこぼしたくなるのも無理はない。


 だって肝心の王太子の態度が、とても冷ややかなのだから。


 好意的にこちらを受け入れてくれようという態度が、まるでないのだ。


「王太子殿下、前々から思ってましたけど、とてもお怖いのですよね……あまり積極的に話をしようとなさいませんし……」

「そうなのよ。目つきも鋭くて睨まれているような気がするのよね」

(そうかしら。根っからの武人だというから、あれくらいの威圧感は普通だとは思うけれど)


「殿下、あまり笑わない方ですしね」

「何度か夜会であったことあるけど、一度も見たことないわ」

(それはなんというか……表情筋が死んでるのだと思うわ。うちの部隊長なんかがそんな感じだったもの)


「でも……とても美しい見目をしていらっしゃるのよねー」

「そう! 漆黒の髪も美しいし細身なのに美しい体つきをしていらして!」

「そして何より、あの金と赤のオッドアイですわ! 王家の方だけに現れる証と言われている瞳ですけど、本当に宝石のように美しくて……」

「「「分かりますわー!!」」」

(あ……そこは皆さん同意見なのね……)


 しかも愚痴から一変、意気投合している。

 まぁルミナリエも同意見だが、どちらかというとあの美しい体つきのほうに意識がいっていた。


(あの体は、贅肉だけでなく無駄な筋力も削いだものだったわ。綺麗かつ優美。一歩間違えれば雄々しくなってしまうところを、凛々しいと感じる程度でおさめているという王太子殿下の努力の結晶……やはり殿下、素晴らしい武人だわ)


 思い返してみたが、やはり素晴らしい。思わず吐息してしまう。


 ルミナリエが一人思い出に浸っていると、令嬢たちの話題はいつの間にか最近使っている化粧品の話に変わっていた。


(さっきまで王太子殿下の愚痴を言っていたのに……女性ってよく分からない)


 そう思いながら、ルミナリエは紅茶を一口口に含んだのだ。

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