09 黒猫。
次に控えている行事は、体育祭だ。
月曜日になって、違和感を覚えた。挨拶をしても、毛利さん逹が素っ気なかったのだ。みやちゃんはいつも通り、私にべったりだったけれども。
「見てみてー! 土曜日に小紅芽ちゃん逹と撮ったんだぁ!」
「へぇー……」
みやちゃんは毛利さん逹にプリクラを自慢しに行くのだけれども、反応は薄かった。よく見ていない。てっきり狼くんや白銀くんが写っているから、欲しがるかと思ったけれど、そういうのはないのか。よくわからないけれど。
その日の休み時間、トイレに行っていたら、毛利さん逹の話を聞いてしまった。
「安倍さん、本当にムカつくよね」
「ね。地味なのに、大神くん逹と仲良くしちゃって」
「みやちゃんのおかげで仲良くなっているだけだろーって話だし」
ふむ。出られなくなった。
トイレの中にこもって、私は頬杖をついて聞き続ける。しょうがない。聞こえてしまっているのだもの。
「大神くんのクラスの女子も、白銀くんのクラスの女子も、目の敵にしてるってー」
「いじめちゃう?」
「そのうち近付くなって警告されるっしょ」
……考えてみれば、私は男子三人と親しくなっているのだものね。
それも学年でもっともかっこいい二人だ。そして美少女フェイスのみやちゃん。神宮先生が危惧した通り、嫉妬の的にもなる。
そうだよね、私地味ですもんねー。
ようやく毛利さん逹がトイレを出ていったので、私も出ると目の前にはあの幻獣の身体があった。ズルズルと引きずるように動く水色みたいな白銀の羽毛の身体。
この幻獣もいつまでいるのだろうか。
周りを確認してから、ぴょんと飛んで避けた私は教室に戻った。
そこで驚愕してしまう。机の上にはなんとあの黒猫が座っていたのだ。
左が水色、右が黄緑色の瞳を持つ美しい佇まいの黒猫は、間違いなくあの黒猫男だ。
「……」
みやちゃんにバレないためにも、平然を装って席につく。
ムムムッとオッドアイの黒猫と睨み合い。といっても私が一方的に睨んでいるだけ。黒猫はおかしそうに、にたりと笑っていた。
そのまま授業を行う羽目になる。
黒猫は尻尾をゆらゆらと揺らしながら、私をじっと観察するように見てきた。
授業が終わって昼休みになると、みやちゃんが真っ先にきた。
「おっと! ゴミが!」
そう言って、大きく手を振って黒猫を机の上から落とす。
ナイス! みやちゃん!
黒猫は華麗に着地した。
「小鬼ごときが」
そう吐き捨てる。
小鬼? みやちゃんは小鬼という妖なのか?
意外なことを知る。
知ってしまった。これでは一方的に知っていることになるじゃないか。
罪悪感が募った。
けれどもそのまま二人並んでお弁当を食べる。
その間も黒猫は床に座り込んで私を見ていた。やがて飽きたのか、昼休みが終わる頃にはいなくなる。ホッとした。
午後の授業は、一学年で体育祭の練習。
その練習中のことだった。
私とみやちゃんは百メートル走の選手。誘われて一緒にやることにした。でも男女別なので、一応男子のみやちゃんとは別行動。
並んでいたら、ドンと肩をぶつけられる。
「死んじゃえ」
ボソッと言われたのは、直球なもの。
正直言って驚いた。
どうやら隣のクラスの狼くんのクラスメイトの女子だ。
早速嫌がらせが始まってしまったのか。
困ったなぁ。私はそつなく友だちを作ってきたけれど、敵を作ってしまった場合の対処法なんて知らない。
とりあえず練習だけれど、ぶっちぎりで一位を獲らせてもらった。昔からお化けから逃げ回っておかげか足は早いのだ。それに運動神経もいい方だと自負している。体力テストでもまずまずの結果が出たもの。
その女子に睨まれたけれども、私は気にしない素ぶりをしてそっぽを向いた。
放課後は、当番が回ってきたので図書室で貸し出し係を務める。
もちろん、ペアは狼くんだ。
狼くんに相談するかどうか、ほんの少し迷った。
狼くんから言ってもらった方が、解決するかな。それとも火に油だろうか。
んーわからない。こういう時の対処法がわからない。
するとギョッとすることが、目の前で起きた。ドアをすり抜けて男の人が現れたからだ。心臓に悪い。直視しないように視線を泳がせる。
緑色の長い髪を靡かせて、男の人は図書室を練り歩いた。
妖、だよね? じゃなきゃすり抜けない。
「どうして眼鏡をかけているんですか? 目、悪くないのでしょう?」
黙り込んでいたけれど、狼くんから話しかけてきた。
度がない眼鏡のことだ。
「あーいや……なんとなくかけていたくって」
お化けと目を合わせないためとは言えない。
「小紅芽さん。眼鏡をかけていない方が可愛いと思いますよ」
「はぁ……それはありがとう。でもそれ女子にあんまり言っちゃだめだよ? 勘違いするから。狼くん、モテるんだし」
「心外ですね。誰にでも言っているわけではないですよ」
そういう発言も勘違いさせてしまいそうじゃないか。
自分は特別可愛いんじゃないかって。
かっこよくて綺麗で頭がいいときた狼くんに言われては、少女漫画のヒロインにでもなった気分になるだろう。
「これでも俺は女子に冷たい方ですよ?」
「そんなまさか。優しいでしょう」
私の印象では、紳士的に優しいというのが狼くんだ。
でも狼くんは、ふるふると首を振る。
「今までの経験上、優しくすると勘違いさせてしまうから、冷たくしているのですよ」
「そうなの?」
「ええ、小紅芽さんは特別な友だちですから」
「……」
特別な友だち、か。
微笑む狼くんの綺麗な顔を見て、私はまたもやしんみりしてしまう。
そんな私の隙をついて、狼くんは私の眼鏡を取った。
私は前髪を下ろして、顔を隠す。
「眼鏡の話に戻しますが」
そう言って自分にかけると、上目遣いでこっちを見てくる。
不覚にも、可愛いとときめいてしまった。眼鏡をずらして見上げるなんて、なんてあざと可愛い。
「ーーもしかして、視たくなものを視ないためですか?」
翡翠の瞳が、じっと私を見据える。
え、まさか、バレてる……?
少しの間、沈黙して見つめ合った。
するとバンッと乱暴に本が、私達の目の前のカウンターに置かれる。
一年生らしき女子生徒が「これ借りたいんですけど」と笑みを狼くんに向けた。狼くんは、私の眼鏡をかけたまま対応をする。
いや返して。
その女子生徒に帰り際、ギッと睨まれた。
どうやらやり取りを見られてしまったらしい。敵が増えたかな。
私は狼くんから眼鏡を取り返して、かけ直した。ふぅ、落ち着く。
立て続けに貸りていく生徒が来たので、話はあやふやになった。
けれども、安心は出来ない。戸締りまで一緒にいるのだから。
でも狼くんは、話題を戻さなかった。
「ではまた明日」
そう言って駅の手前まで一緒に帰っては別れる。
「んー……」
私は唸りながら、トボトボと家路につく。
私の沈黙が、肯定になってしまったのだろうか。
バレたかな? バレたのかな? バレたのか?
肩が重いまま家に入ったら、急に軽くなった。
「お前の部屋は? 二階か」
「!?」
いつの間にか黒猫がいて、スンスンと鼻を鳴らすと階段を上がっていく。
驚愕のあまり立ち尽くしたけれども、慌てて追いかけた。
「な、なんでいるの!? どうやった入ったの!?」
部屋を開けて入ってから、問い詰める。
「お前の肩に乗ってそのまま入った」
「なっ……」
私に憑いていけば、入って来れてしまうのか!?
私はその場に崩れ落ちて、油断したことを悔しく思った。
あれやこれ考えていて、肩に猫が乗っていることにも気付かずに帰ってしまうなんて、なんたる失態!
「何が目的なの……?」
「お前に興味がある。どれほどの霊力か、確かめてやる」
しぶしぶ顔を上げて問う。
ニヤリ、と黒猫は笑った。
なんでこうも私は人ではない者を惹きつけてしまうのだ!
私は頭を抱えて、床の上で悶えた。
次回、狼くん視点!